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翻訳【14】

明知の経

(1)比丘たちよ、比丘が、そして、信ある者として〔世に〕有ります⸺しかしながら、戒ある者ではありません。このように、彼は、その支分によって、円満成就なき者と成ります。彼は、その支分を、円満成就させるべきです⸺『どのようなわけであれ、わたしは、そして、信ある者として、さらに、戒ある者として、〔世に〕存するべきである』と。比丘たちよ、しかしながら、すなわち、まさに、比丘が、そして、信ある者として、さらに、戒ある者として、〔世に〕有ることから、このように、彼は、その支分によって、円満成就ある者と成ります。

(2)比丘たちよ、比丘が、そして、信ある者として、さらに、戒ある者として、〔世に〕有ります⸺しかしながら、多聞の者ではありません。……略……(3)さらに、多聞の者として、〔世に〕有ります⸺しかしながら、法(教え)の講話者ではありません。……(4)さらに、法(教え)の講話者として、〔世に〕有ります⸺しかしながら、衆を行境とする者ではありません。……(5)さらに、衆を行境とする者として、〔世に〕有ります⸺しかしながら、〔道の〕熟達者として、衆に、法(教え)を説示しません。……(6)さらに、〔道の〕熟達者として、衆に、法(教え)を説示します⸺しかしながら、律の保持者ではありません。……(7)さらに、律の保持者として、〔世に〕有ります⸺しかしながら、無数〔の流儀〕に関した過去における居住を随念しません。それは、すなわち、この、一生をもまた、二生をもまた……略……かくのごとく、行相を有し、素性を有する、無数〔の流儀〕に関した過去における居住を随念しません。……(8)さらに、無数〔の流儀〕に関した……過去における居住を随念します⸺しかしながら、人間を超越した清浄の天眼によって……略……。〔為した〕行為のとおり〔報いに〕近しく赴く者たちとして、有情たちを覚知しません。……(9)さらに、人間を超越した清浄の天眼によって……略……。〔為した〕行為のとおり〔報いに〕近しく赴く者たちとして、有情たちを覚知します⸺しかしながら、諸々の煩悩の滅尽あることから、煩悩なきものとして、〔止寂の〕心による解脱を、〔観察の〕智慧による解脱を、まさしく、所見の法(現世)において、自ら、証知して、実証して、成就して、〔世に〕住みません。このように、彼は、その支分によって、円満成就なき者と成ります。彼は、その支分を、円満成就させるべきです⸺『どのようなわけであれ、わたしは、そして、信ある者として、かつまた、戒ある者として、かつまた、多聞の者として、かつまた、法(教え)の講話者として、かつまた、衆を行境とする者として、〔世に〕存するべきであり、かつまた、〔道の〕熟達者として、衆に、法(教え)を説示するべきであり、かつまた、律の保持者として〔存するべきであり〕、かつまた、無数〔の流儀〕に関した過去における居住を随念するべきであり、それは、すなわち、この、一生をもまた、二生をもまた……略……かくのごとく、行相を有し、素性を有する、無数〔の流儀〕に関した過去における居住を随念するべきであり、かつまた、人間を超越した清浄の天眼によって……略……〔為した〕行為のとおり〔報いに〕近しく赴く者たちとして、有情たちを覚知するべきであり、さらに、諸々の煩悩の滅尽あることから、煩悩なきものとして、〔止寂の〕心による解脱を、〔観察の〕智慧による解脱を、まさしく、所見の法(現世)において、自ら、証知して、実証して、成就して、〔世に〕住むべきである』と。

(10)比丘たちよ、しかしながら、すなわち、まさに、比丘が、そして、信ある者として、かつまた、戒ある者として、かつまた、多聞の者として、かつまた、法(教え)の講話者として、かつまた、衆を行境とする者として、〔世に〕有り、かつまた、〔道の〕熟達者として、衆に、法(教え)を説示し、かつまた、律の保持者として、かつまた、無数〔の流儀〕に関した過去における居住を随念し、それは、すなわち、この、一生をもまた、二生をもまた……略……かくのごとく、行相を有し、素性を有する、無数〔の流儀〕に関した過去における居住を随念し、かつまた、人間を超越した清浄の天眼によって……略……〔為した〕行為のとおり〔報いに〕近しく赴く者たちとして、有情たちを覚知し、さらに、諸々の煩悩の滅尽あることから、煩悩なきものとして、〔止寂の〕心による解脱を、〔観察の〕智慧による解脱を、まさしく、所見の法(現世)において、自ら、証知して、実証して、成就して、〔世に〕住むことから、このように、彼は、その支分によって、円満成就ある者と成ります。比丘たちよ、まさに、これらの十の法(性質)を具備した比丘は、そして、遍きにわたり清信ある者として、さらに、一切の行相の円満成就ある者として、〔世に〕有ります」と。〔以上が〕第十となる。

福利の章が第一となる。

その〔章〕のための摂頌となる。

〔そこで、詩偈に言う〕「『何を義として』があり、そして、思欲、そして、三つの機縁、禅定、そして、サーリプッタ、瞑想があり、寂静ともに、明知ともに、〔章となる〕」と。

注釈【0】