「比丘たちよ、そして、法(正義)ならざるものが知られるべきであり、かつまた、法(正義)が〔知られるべきであり〕、さらに、義(利益)ならざるものが知られるべきであり、かつまた、義(利益)が〔知られるべきです〕。そして、法(正義)ならざるものを知って、かつまた、法(正義)を〔知って〕、さらに、義(利益)ならざるものを知って、かつまた、義(利益)を〔知って〕、法(正義)のとおり、義(利益)のとおり、そのとおりに実践するべきです。
比丘たちよ、そして、どのようなものが、法(正義)ならざるものであり、かつまた、どのようなものが、法(正義)なのですか。さらに、どのようなものが、義(利益)ならざるものであり、かつまた、どのようなものが、義(利益)なのですか。
(1)比丘たちよ、誤った見解は、法(正義)ならざるものであり、正しい見解は、法(正義)です。さらに、すなわち、誤った見解という縁あることから、無数の悪しき善ならざる法(性質)が発生します。これは、義(利益)ならざるものです。そして、正しい見解という縁あることから、無数の善なる法(性質)が修行の円満成就に赴きます。これは、義(利益)です。
(2)比丘たちよ、誤った思惟は、法(正義)ならざるものであり、正しい思惟は、法(正義)です。さらに、すなわち、誤った思惟という縁あることから、無数の悪しき善ならざる法(性質)が発生します。これは、義(利益)ならざるものです。そして、正しい思惟という縁あることから、無数の善なる法(性質)が修行の円満成就に赴きます。これは、義(利益)です。
(3)比丘たちよ、誤った言葉は、法(正義)ならざるものであり、正しい言葉は、法(正義)です。さらに、すなわち、誤った言葉という縁あることから、無数の悪しき善ならざる法(性質)が発生します。これは、義(利益)ならざるものです。そして、正しい言葉という縁あることから、無数の善なる法(性質)が修行の円満成就に赴きます。これは、義(利益)です。
(4)比丘たちよ、誤った行業は、法(正義)ならざるものであり、正しい行業は、法(正義)です。さらに、すなわち、誤った行業という縁あることから、無数の悪しき善ならざる法(性質)が発生します。これは、義(利益)ならざるものです。そして、正しい行業という縁あることから、無数の善なる法(性質)が修行の円満成就に赴きます。これは、義(利益)です。
(5)比丘たちよ、誤った生き方は、法(正義)ならざるものであり、正しい生き方は、法(正義)です。さらに、すなわち、誤った生き方という縁あることから、無数の悪しき善ならざる法(性質)が発生します。これは、義(利益)ならざるものです。そして、正しい生き方という縁あることから、無数の善なる法(性質)が修行の円満成就に赴きます。これは、義(利益)です。
(6)比丘たちよ、誤った努力は、法(正義)ならざるものであり、正しい努力は、法(正義)です。さらに、すなわち、誤った努力という縁あることから、無数の悪しき善ならざる法(性質)が発生します。これは、義(利益)ならざるものです。そして、正しい努力という縁あることから、無数の善なる法(性質)が修行の円満成就に赴きます。これは、義(利益)です。
(7)比丘たちよ、誤った気づきは、法(正義)ならざるものであり、正しい気づきは、法(正義)です。さらに、すなわち、誤った気づきという縁あることから、無数の悪しき善ならざる法(性質)が発生します。これは、義(利益)ならざるものです。そして、正しい気づきという縁あることから、無数の善なる法(性質)が修行の円満成就に赴きます。これは、義(利益)です。
(8)比丘たちよ、誤った禅定は、法(正義)ならざるものであり、正しい禅定は、法(正義)です。さらに、すなわち、誤った禅定という縁あることから、無数の悪しき善ならざる法(性質)が発生します。これは、義(利益)ならざるものです。そして、正しい禅定という縁あることから、無数の善なる法(性質)が修行の円満成就に赴きます。これは、義(利益)です。
(9)比丘たちよ、誤った知恵は、法(正義)ならざるものであり、正しい知恵は、法(正義)です。さらに、すなわち、誤った知恵という縁あることから、無数の悪しき善ならざる法(性質)が発生します。これは、義(利益)ならざるものです。そして、正しい知恵という縁あることから、無数の善なる法(性質)が修行の円満成就に赴きます。これは、義(利益)です。
(10)比丘たちよ、誤った解脱は、法(正義)ならざるものであり、正しい解脱は、法(正義)です。さらに、すなわち、誤った解脱という縁あることから、無数の悪しき善ならざる法(性質)が発生します。これは、義(利益)ならざるものです。そして、正しい解脱という縁あることから、無数の善なる法(性質)が修行の円満成就に赴きます。これは、義(利益)です。
『比丘たちよ、そして、法(正義)ならざるものが知られるべきであり、かつまた、法(正義)が〔知られるべきであり〕、さらに、義(利益)ならざるものが知られるべきであり、かつまた、義(利益)が〔知られるべきです〕。そして、法(正義)ならざるものを知って、かつまた、法(正義)を〔知って〕、さらに、義(利益)ならざるものを知って、かつまた、義(利益)を〔知って〕、法(正義)のとおり、義(利益)のとおり、そのとおりに実践するべきです』と、かくのごとく、〔わたしによって〕説かれた、すなわち、その〔言葉〕ですが、この〔言葉〕は、これを縁として説かれました」と。〔以上が〕第二となる。
注釈【0】