そこで、まさに、或るひとりの婆羅門が、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を相手に共に挨拶しました。共に挨拶し記憶されるべき話を交わして、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、その婆羅門は、世尊に、こう言いました。「貴君ゴータマよ、いったい、まさに、何を因として、何を縁として、それによって、ここに、一部の有情たちは、身体の破壊ののち、死後において、悪所に、悪趣に、堕所に、地獄に、再生するのですか」と。「婆羅門よ、法(教え)ならざる性行と正義ならざる性行を因として、まさに、このように、ここに、一部の有情たちは、身体の破壊ののち、死後において、悪所に、悪趣に、堕所に、地獄に、再生します」と。
「貴君ゴータマよ、また、何を因として、何を縁として、それによって、ここに、一部の有情たちは、身体の破壊ののち、死後において、善き境遇に、天上の世に、再生するのですか」と。「婆羅門よ、法(教え)の性行と正義の性行を因として、まさに、このように、ここに、一部の有情たちは、身体の破壊ののち、死後において、善き境遇に、天上の世に、再生します」と。
「まさに、わたしは、貴君ゴータマの、簡略〔の観点〕によって語られた、このことの義(意味)を、詳細〔の観点〕によって了知しません。貴君ゴータマは、どうか、わたしに、すなわち、わたしが、貴君ゴータマの、簡略〔の観点〕によって語られた、このことの義(意味)を、詳細〔の観点〕によって了知できるように、そのように、法(教え)を説示してください」と。「婆羅門よ、まさに、それでは、聞きなさい。善くしっかりと、意を為しなさい。〔では〕語ります」と。「君よ、わかりました」と、まさに、その婆羅門は、世尊に答えました。世尊は、こう言いました。
「婆羅門よ、まさに、三種類の身体による法(教え)ならざる性行と正義ならざる性行が有り、四種類の言葉による法(教え)ならざる性行と正義ならざる性行が有り、三種類の意による法(教え)ならざる性行と正義ならざる性行が有ります。
婆羅門よ、では、どのように、三種類の身体による法(教え)ならざる性行と正義ならざる性行が有るのですか。……略……。婆羅門よ、このように、まさに、三種類の身体による法(教え)ならざる性行と正義ならざる性行が有ります。
婆羅門よ、では、どのように、四種類の言葉による法(教え)ならざる性行と正義ならざる性行が有るのですか。……略……。婆羅門よ、このように、まさに、四種類の言葉による法(教え)ならざる性行と正義ならざる性行が有ります。
婆羅門よ、では、どのように、三種類の意による法(教え)ならざる性行と正義ならざる性行が有るのですか。……略……。婆羅門よ、このように、まさに、三種類の意による法(教え)ならざる性行と正義ならざる性行が有ります。婆羅門よ、このように、法(教え)ならざる性行と正義ならざる性行を因として、まさに、このように、ここに、一部の有情たちは、身体の破壊ののち、死後において、悪所に、悪趣に、堕所に、地獄に、再生します。
婆羅門よ、まさに、三種類の身体による法(教え)の性行と正義の性行が有り、四種類の言葉による法(教え)の性行と正義の性行が有り、三種類の意による法(教え)の性行と正義の性行が有ります。
婆羅門よ、では、どのように、三種類の身体による法(教え)の性行と正義の性行が有るのですか。……略……。婆羅門よ、このように、まさに、三種類の身体による法(教え)の性行と正義の性行が有ります。
婆羅門よ、では、どのように、四種類の言葉による法(教え)の性行と正義の性行が有るのですか。……略……。婆羅門よ、このように、まさに、四種類の言葉による法(教え)の性行と正義の性行が有ります。
婆羅門よ、では、どのように、三種類の意による法(教え)の性行と正義の性行が有るのですか。……略……。婆羅門よ、このように、まさに、三種類の意による法(教え)の性行と正義の性行が有ります。婆羅門よ、このように、法(教え)の性行と正義の性行を因として、まさに、このように、ここに、一部の有情たちは、身体の破壊ののち、死後において、善き境遇に、天上の世に、再生します」と。
「貴君ゴータマよ、すばらしいことです。貴君ゴータマよ、すばらしいことです。……略……。貴君ゴータマは、わたしを、在俗信者として認めてください⸺今日以後、命ある限り、帰依所に赴いた者として」と。〔以上が〕第十となる。
〔行為を〕為すことから生じる身体の章が第一となる。
注釈【0】