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翻訳【14】

マハーリの経

或る時のことです。世尊は、ヴェーサーリーに住んでおられます。マハー林の楼閣堂重閣講堂において。そこで、まさに、リッチャヴィ〔族〕のマハーリが、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、リッチャヴィ〔族〕のマハーリは、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、いったい、まさに、何を因として、何を縁として、悪しき行為の所作があり、悪しき行為の転起があるのですか」と。「(1)マハーリよ、まさに、貪欲を因として、貪欲を縁として、悪しき行為の所作があり、悪しき行為の転起があります。(2)マハーリよ、まさに、憤怒を因として、憤怒を縁として、悪しき行為の所作があり、悪しき行為の転起があります。(3)マハーリよ、まさに、迷妄を因として、迷妄を縁として、悪しき行為の所作があり、悪しき行為の転起があります。(4)マハーリよ、まさに、根源のままならずに意を為すこと非如理作意を因として、根源のままならずに意を為すことを縁として、悪しき行為の所作があり、悪しき行為の転起があります。(5)マハーリよ、まさに、誤って向けられた心を因として、誤って向けられた心を縁として、悪しき行為の所作があり、悪しき行為の転起があります。マハーリよ、まさに、これを因として、これを縁として、悪しき行為の所作があり、悪しき行為の転起があります」と。

「尊き方よ、また、何を因として、何を縁として、善き行為の所作があり、善き行為の転起があるのですか」と。「(6)マハーリよ、まさに、貪欲なき〔あり方〕無貪を因として、貪欲なき〔あり方〕を縁として、善き行為の所作があり、善き行為の転起があります。(7)マハーリよ、まさに、憤怒なき〔あり方〕無瞋を因として、憤怒なき〔あり方〕を縁として、善き行為の所作があり、善き行為の転起があります。(8)マハーリよ、まさに、迷妄なき〔あり方〕無痴を因として、迷妄なき〔あり方〕を縁として、善き行為の所作があり、善き行為の転起があります。(9)マハーリよ、まさに、根源のままに意を為すこと如理作意を因として、根源のままに意を為すことを縁として、善き行為の所作があり、善き行為の転起があります。(10)マハーリよ、まさに、正しく向けられた心を因として、正しく向けられた心を縁として、善き行為の所作があり、善き行為の転起があります。マハーリよ、まさに、これを因として、これを縁として、善き行為の所作があり、善き行為の転起があります。マハーリよ、そして、これらの十の法(性質)が、世において等しく見出されないなら、ここに、あるいは、『法(正義)の行ないならざるゆえに不正の行ないである』と、あるいは、『法(正義)の行ないなるゆえに正義の行ないである』と、覚知されないでしょう。マハーリよ、しかしながら、すなわち、まさに、これらの十の法(性質)が、世において等しく見出されることから、それゆえに、あるいは、『法(正義)の行ないならざるゆえに不正の行ないである』と、あるいは、『法(正義)の行ないなるゆえに正義の行ないである』と、覚知されます」と。〔以上が〕第七となる。

注釈【0】