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翻訳【16】

第二の安楽の経

或る時のことです。尊者サーリプッタは、マガダ〔国〕に住んでいます。ナーラカ村において。そこで、まさに、サーマンダカーニ遍歴遊行者が、尊者サーリプッタのいるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、尊者サーリプッタを相手に共に挨拶しました。共に挨拶し記憶されるべき話を交わして、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、サーマンダカーニ遍歴遊行者は、尊者サーリプッタに、こう言いました。

「友よ、サーリプッタよ、いったい、まさに、この法(教え)と律において、何が安楽であり、何が苦痛なのですか」と。「友よ、まさに、この法(教え)と律において、喜びなくあることは苦痛であり、喜びは安楽です。友よ、喜びなくあることが存しているとき、この苦痛が待っています⸺(1)赴きつつあるもまた、安楽と快楽に到達せず、(2)立ちつつあるもまた……(3)坐りつつあるもまた……(4)臥しつつあるもまた……(5)村に赴いてもまた……(6)林に赴いてもまた……(7)木の根元に赴いてもまた……(8)空家に赴いてもまた……(9)野外に赴いてもまた……(10)比丘たちの中に赴いてもまた、安楽と快楽に到達しません。友よ、喜びなくあることが存しているとき、この苦痛が待っています。

友よ、喜びが存しているとき、この安楽が待っています⸺(1)赴きつつあるもまた、安楽と快楽に到達し、(2)立ちつつあるもまた……(3)坐りつつあるもまた……(4)臥しつつあるもまた……(5)村に赴いてもまた……(6)林に赴いてもまた……(7)木の根元に赴いてもまた……(8)空家に赴いてもまた……(9)野外に赴いてもまた……(10)比丘たちの中に赴いてもまた、安楽と快楽に到達します。友よ、喜びが存しているとき、この安楽が待っています」と。〔以上が〕第六となる。

注釈【0】