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翻訳【15】

瞑想の経

(1)比丘たちよ、比丘が、そして、信ある者として〔世に〕有ります⸺しかしながら、戒ある者ではありません。このように、彼は、その支分によって、円満成就なき者と成ります。彼は、その支分を、円満成就させるべきです⸺『どのようなわけであれ、わたしは、そして、信ある者として、さらに、戒ある者として、〔世に〕存するべきである』と。比丘たちよ、しかしながら、すなわち、まさに、比丘が、そして、信ある者として、さらに、戒ある者として、〔世に〕有ることから、このように、彼は、その支分によって、円満成就ある者と成ります。

(2)比丘たちよ、比丘が、そして、信ある者として、さらに、戒ある者として、〔世に〕有ります⸺しかしながら、多聞の者ではありません。……略……(3)さらに、多聞の者として、〔世に〕有ります⸺しかしながら、法(教え)の講話者ではありません。……(4)さらに、法(教え)の講話者として、〔世に〕有ります⸺しかしながら、衆を行境とする者ではありません。……(5)さらに、衆を行境とする者として、〔世に〕有ります⸺しかしながら、〔道の〕熟達者として、衆に、法(教え)を説示しません。……(6)さらに、〔道の〕熟達者として、衆に、法(教え)を説示します⸺しかしながら、律の保持者ではありません。……(7)さらに、律の保持者として、〔世に〕有ります⸺しかしながら、林にある者にして、辺地の臥坐所にある者ではありません。……(8)さらに、林にある者として、辺地の臥坐所にある者として、〔世に〕有ります⸺しかしながら、卓越の心のあり方であり、所見の法(現世)における安楽の住現法楽住である、四つの瞑想四禅を、欲するままに得る者として、苦難なく得る者として、困難なく得る者として、〔世に〕有りません。……(9)卓越の心のあり方であり、所見の法(現世)における安楽の住である、四つの瞑想を、欲するままに得る者として、苦難なく得る者として、困難なく得る者として、〔世に〕有ります⸺しかしながら、諸々の煩悩の滅尽あることから、煩悩なきものとして、〔止寂の〕心による解脱を、〔観察の〕智慧による解脱を、まさしく、所見の法(現世)において、自ら、証知して、実証して、成就して、〔世に〕住みません。このように、彼は、その支分によって、円満成就なき者と成ります。彼は、その支分を、円満成就させるべきです⸺『どのようなわけであれ、わたしは、そして、信ある者として、かつまた、戒ある者として、かつまた、多聞の者として、かつまた、法(教え)の講話者として、かつまた、衆を行境とする者として、〔世に〕存するべきであり、かつまた、〔道の〕熟達者として、衆に、法(教え)を説示するべきであり、かつまた、律の保持者として、かつまた、林にある者として、辺地の臥坐所にある者として、かつまた、卓越の心のあり方であり、所見の法(現世)における安楽の住である、四つの瞑想を、欲するままに得る者として、苦難なく得る者として、困難なく得る者として、〔世に〕存するべきであり、さらに、諸々の煩悩の滅尽あることから、煩悩なきものとして、〔止寂の〕心による解脱を、〔観察の〕智慧による解脱を、まさしく、所見の法(現世)において、自ら、証知して、実証して、成就して、〔世に〕住むべきである』と。

(10)比丘たちよ、しかしながら、すなわち、まさに、比丘が、そして、信ある者として、かつまた、戒ある者として、かつまた、多聞の者として、かつまた、法(教え)の講話者として、かつまた、衆を行境とする者として、〔世に〕有り、かつまた、〔道の〕熟達者として、衆に、法(教え)を説示し、かつまた、律の保持者として、かつまた、林にある者として、辺地の臥坐所にある者として、かつまた、卓越の心のあり方であり、所見の法(現世)における安楽の住である、四つの瞑想を、欲するままに得る者として、苦難なく得る者として、困難なく得る者として、〔世に〕有り、さらに、諸々の煩悩の滅尽あることから、煩悩なきものとして、〔止寂の〕心による解脱を、〔観察の〕智慧による解脱を、まさしく、所見の法(現世)において、自ら、証知して、実証して、成就して、〔世に〕住むことから、このように、彼は、その支分によって、円満成就ある者と成ります。比丘たちよ、まさに、これらの十の法(性質)を具備した比丘は、そして、遍きにわたり清信ある者として、さらに、一切の行相の円満成就ある者として、〔世に〕有ります」と。〔以上が〕第八となる。

注釈【0】