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翻訳【15】

意を為すことの経

そこで、まさに、尊者アーナンダが、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、尊者アーナンダは、世尊に、こう言いました。

「尊き方よ、いったい、まさに、比丘には、そのような形態の禅定の獲得が存在するのでしょうか。すなわち、眼に意を為すべくもなく、形態に意を為すべくもなく、耳に意を為すべくもなく、音声に意を為すべくもなく、鼻に意を為すべくもなく、臭気に意を為すべくもなく、舌に意を為すべくもなく、味感に意を為すべくもなく、身に意を為すべくもなく、感触に意を為すべくもなく、(1)地に意を為すべくもなく、(2)水に意を為すべくもなく、(3)火に意を為すべくもなく、(4)風に意を為すべくもなく、(5)虚空無辺なる〔認識の〕場所に意を為すべくもなく、(6)識知無辺なる〔認識の〕場所に意を為すべくもなく、(7)無所有なる〔認識の〕場所に意を為すべくもなく、(8)表象あるにもあらず表象なきにもあらざる〔認識の〕場所に意を為すべくもなく、(9)この世に意を為すべくもなく、(10)他の世に意を為すべくもなく、に意を為すべくもなく、(11)すなわち、この、見られ、聞かれ、思われ、識られ、至り得られ、遍く探し求められ、意によって点検されたものがあるとして、それにもまた意を為すべくもなく、また、しかしながら、意を為すであろう、〔そのような形態の禅定の獲得が〕」と。

「アーナンダよ、比丘には、そのような形態の禅定の獲得が存在します。すなわち、眼に意を為すべくもなく、形態に意を為すべくもなく、耳に意を為すべくもなく、音声に意を為すべくもなく、鼻に意を為すべくもなく、臭気に意を為すべくもなく、舌に意を為すべくもなく、味感に意を為すべくもなく、身に意を為すべくもなく、感触に意を為すべくもなく、地に意を為すべくもなく、水に意を為すべくもなく、火に意を為すべくもなく、風に意を為すべくもなく、虚空無辺なる〔認識の〕場所に意を為すべくもなく、識知無辺なる〔認識の〕場所に意を為すべくもなく、無所有なる〔認識の〕場所に意を為すべくもなく、表象あるにもあらず表象なきにもあらざる〔認識の〕場所に意を為すべくもなく、この世に意を為すべくもなく、他の世に意を為すべくもなく、に意を為すべくもなく、すなわち、この、見られ、聞かれ、思われ、識られ、至り得られ、遍く探し求められ、意によって点検されたものがあるとして、それにもまた意を為すべくもなく、また、しかしながら、意を為すであろう、〔そのような形態の禅定の獲得が〕」と。

「尊き方よ、また、すなわち、どのように、比丘には、そのような形態の禅定の獲得が存在するのでしょうか。すなわち、眼に意を為すべくもなく、形態に意を為すべくもなく……略……すなわち、この、見られ、聞かれ、思われ、識られ、至り得られ、遍く探し求められ、意によって点検されたものがあるとして、それにもまた意を為すべくもなく、また、しかしながら、意を為すであろう、〔そのような形態の禅定の獲得が〕」と。

「アーナンダよ、ここに、比丘が、このように意を為します。『これは、寂静である。これは、精妙である。すなわち、この、一切の形成〔作用〕の止寂であり、一切の依り所の放棄であり、渇愛の滅尽であり、離貪であり、止滅であり、涅槃である』と。アーナンダよ、このように、まさに、比丘には、そのような形態の禅定の獲得が存在します。すなわち、眼に意を為すべくもなく、形態に意を為すべくもなく……略……すなわち、この、見られ、聞かれ、思われ、識られ、至り得られ、遍く探し求められ、意によって点検されたものがあるとして、それにもまた意を為すべくもなく、また、しかしながら、意を為すであろう、〔そのような形態の禅定の獲得が〕」と。〔以上が〕第八となる。

注釈【0】