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翻訳【17】

第一の悦楽の経

「比丘たちよ、わたしは、世の悦楽を遍く探し求めるために歩みました。それが、世における悦楽であるなら、それに、〔わたしは〕到達しました。すなわち、世にあるかぎりの悦楽は、それは、わたしによって、智慧によって善く見られました。比丘たちよ、わたしは、世の危険を遍く探し求めるために歩みました。それが、世における危険であるなら、それに、〔わたしは〕到達しました。すなわち、世にあるかぎりの危険は、それは、わたしによって、智慧によって善く見られました。比丘たちよ、わたしは、世の出離を遍く探し求めるために歩みました。それが、世における出離であるなら、それに、〔わたしは〕到達しました。すなわち、世にあるかぎりの出離は、それは、わたしによって、智慧によって善く見られました。比丘たちよ、さてまた、何はともあれ、わたしが、世の、そして、悦楽を悦楽として、かつまた、危険を危険として、さらに、出離を出離として、事実のとおりに証知しなかったあいだは、比丘たちよ、それまで、わたしは、天を含み、魔を含み、梵を含み、沙門や婆羅門を含む、世において、天〔の神〕や人間を含む人々において、『無上なる正等覚を現正覚したのだ』と明言することは、まさしく、ありませんでした。比丘たちよ、しかしながら、すなわち、まさに、わたしが、世の、そして、悦楽を悦楽として、かつまた、危険を危険として、さらに、出離を出離として、事実のとおりに証知したことから、比丘たちよ、そこで、わたしは、天を含み、魔を含み、梵を含み、沙門や婆羅門を含む、世において、天〔の神〕や人間を含む人々において、『無上なる正等覚を現正覚したのだ』と明言しました。また、そして、わたしに、知見が生起しました。『わたしには、不動なる解脱がある。これは、最後の生である。今や、さらなる生存は存在しない』」と。〔以上が〕第二となる。

注釈【0】