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翻訳【14】

不動なるものの経

「比丘たちよ、三つのものがあります。これらの人たちが、世において等しく見出されつつ存しています。どのようなものが、三つのものなのですか。比丘たちよ、ここに、一部の人は、全てにわたり、諸々の形態の表象色想の超越あることから、諸々の敵対の表象有対想:自己に対峙対立する表象)の滅至あることから、諸々の種々なる表象異想に意を為さないことから、『虚空は、終極なきものである』と、虚空無辺なる〔認識の〕場所空無辺処を成就して〔世に〕住みます。彼は、それを味わい、それを欲し、さらに、それによって歓悦を体験し、そこにおいて止住した者として、それを信念した者として、それが多くある住者として、遍き衰退なき者として、命を終えつつ、虚空無辺なる〔認識の〕場所に近しく赴く天〔の神々〕たちの同類として再生します。比丘たちよ、虚空無辺なる〔認識の〕場所に近しく赴く天〔の神々〕たちには、二万カッパ:時間の単位・極めて長い時間)の寿命の量があります。そこにおいて、凡夫は、寿命のあるかぎり止住して、すなわち、それらの天〔の神々〕たちの寿命の量のあるかぎり、その全てを過ごして、地獄にもまた赴き、畜生の胎にもまた赴き、餓鬼の境域にもまた赴きます。いっぽう、世尊の弟子は、そこにおいて、寿命のあるかぎり止住して、すなわち、それらの天〔の神々〕たちの寿命の量のあるかぎり、その全てを過ごして、まさしく、その生存において、完全なる涅槃に到達します。比丘たちよ、無聞の凡夫と有聞の聖なる弟子には、まさに、この差異があり、この格差があり、この多様性があります⸺すなわち、この、〔未来の〕境遇において、〔未来の〕再生において。

比丘たちよ、さらに、また、他に、ここに、一部の人は、全てにわたり、虚空無辺なる〔認識の〕場所を超越して、『識知〔作用〕は、終極なきものである』と、識知無辺なる〔認識の〕場所識無辺処を成就して〔世に〕住みます。彼は、それを味わい、それを欲し、さらに、それによって歓悦を体験し、そこにおいて止住した者として、それを信念した者として、それが多くある住者として、遍き衰退なき者として、命を終えつつ、識知無辺なる〔認識の〕場所に近しく赴く天〔の神々〕たちの同類として再生します。比丘たちよ、識知無辺なる〔認識の〕場所に近しく赴く天〔の神々〕たちには、四万カッパの寿命の量があります。そこにおいて、凡夫は、寿命のあるかぎり止住して、すなわち、それらの天〔の神々〕たちの寿命の量のあるかぎり、その全てを過ごして、地獄にもまた赴き、畜生の胎にもまた赴き、餓鬼の境域にもまた赴きます。いっぽう、世尊の弟子は、そこにおいて、寿命のあるかぎり止住して、すなわち、それらの天〔の神々〕たちの寿命の量のあるかぎり、その全てを過ごして、まさしく、その生存において、完全なる涅槃に到達します。比丘たちよ、無聞の凡夫と有聞の聖なる弟子には、まさに、この差異があり、この格差があり、この多様性があります⸺すなわち、この、〔未来の〕境遇において、〔未来の〕再生において。

比丘たちよ、さらに、また、他に、ここに、一部の人は、全てにわたり、識知無辺なる〔認識の〕場所を超越して、『何であれ、存在しない』と、無所有なる〔認識の〕場所無所有処を成就して〔世に〕住みます。彼は、それを味わい、それを欲し、さらに、それによって歓悦を体験し、そこにおいて止住した者として、それを信念した者として、それが多くある住者として、遍き衰退なき者として、命を終えつつ、無所有なる〔認識の〕場所に近しく赴く天〔の神々〕たちの同類として再生します。比丘たちよ、無所有なる〔認識の〕場所に近しく赴く天〔の神々〕たちには、六万カッパの寿命の量があります。そこにおいて、凡夫は、寿命のあるかぎり止住して、すなわち、それらの天〔の神々〕たちの寿命の量のあるかぎり、その全てを過ごして、地獄にもまた赴き、畜生の胎にもまた赴き、餓鬼の境域にもまた赴きます。いっぽう、世尊の弟子は、そこにおいて、寿命のあるかぎり止住して、すなわち、それらの天〔の神々〕たちの寿命の量のあるかぎり、その全てを過ごして、まさしく、その生存において、完全なる涅槃に到達します。比丘たちよ、無聞の凡夫と有聞の聖なる弟子には、まさに、この差異があり、この格差があり、この多様性があります⸺すなわち、この、〔未来の〕境遇において、〔未来の〕再生において。比丘たちよ、まさに、これらの三つの人たちが、世において等しく見出されつつ存しています」と。〔以上が〕第四となる。

注釈【0】