或る時のことです。世尊は、コーサラ〔国〕において、遊行〔の旅〕を歩みながら、カピラヴァットゥのあるところに、そこへと至り着きました。まさに、釈迦〔族〕のマハー・ナーマは、「どうやら、世尊が、カピラヴァットゥに到着したらしい」と耳にしました。そこで、まさに、釈迦〔族〕のマハー・ナーマは、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に立ちました。一方に立った、まさに、釈迦〔族〕のマハー・ナーマに、世尊は、こう言いました。
「マハー・ナーマよ、赴きなさい。カピラヴァットゥにおいて、そこにおいて、今日、わたしたちが一夜を住むことになる、そのような形態の居住所を見つけてきておくれ」と。「尊き方よ、わかりました」と、まさに、釈迦〔族〕のマハー・ナーマは、世尊に答えて、カピラヴァットゥに入って、全面あまねくカピラヴァットゥを徘徊しながら、カピラヴァットゥにおいて、そこにおいて、今日、世尊が一夜を住むことになる、そのような形態の居住所を見ませんでした。
そこで、まさに、釈迦〔族〕のマハー・ナーマは、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、カピラヴァットゥにおいて、そこにおいて、今日、世尊が一夜を住むことになる、そのような形態の居住所は存在しません。尊き方よ、この者は、カーラーマ〔族〕のバランドゥは、世尊にとって、以前に梵行を共にした者です。世尊は、彼の庵所において、今日、一夜を住みたまえ」と。「マハー・ナーマよ、赴きなさい。敷物を設けなさい」と。「尊き方よ、わかりました」と、まさに、釈迦〔族〕のマハー・ナーマは、世尊に答えて、カーラーマ〔族〕のバランドゥの庵所のあるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、敷物を設けて、〔両の〕足を洗い清めるための水を据え置いて、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、敷物が広げられ、〔両の〕足を洗い清めるための水が据え置かれました。尊き方よ、今が、そのための時と、世尊がお思いになるのなら〔思いのままに〕」と。
そこで、まさに、世尊は、カーラーマ〔族〕のバランドゥの庵所のあるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、設けられた坐に坐りました。坐って、まさに、世尊は、〔両の〕足を洗いました。そこで、まさに、釈迦〔族〕のマハー・ナーマに、この〔思い〕が有りました。「まさに、今日は、世尊に奉侍するための時にあらず。世尊は、お疲れである。明日、まさに、わたしは、世尊に奉侍するのだ」と。〔彼は〕世尊を敬拝して、右回り〔の礼〕を為して、立ち去りました。
そこで、まさに、釈迦〔族〕のマハー・ナーマは、その夜が明けると、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、釈迦〔族〕のマハー・ナーマに、世尊は、こう言いました。「マハー・ナーマよ、三つのものがあります。まさに、これらの教師たちが、世において等しく見出されつつ存しています。どのようなものが、三つのものなのですか。マハー・ナーマよ、ここに、一部の教師は、諸々の欲望の遍知を報知し、諸々の形態の遍知を報知せず、諸々の感受の遍知を報知しません。ここに、一部の教師は、諸々の欲望の遍知を報知し、諸々の形態の遍知を報知し、諸々の感受の遍知を報知しません。ここに、一部の教師は、諸々の欲望の遍知を報知し、諸々の形態の遍知を報知し、諸々の感受の遍知を報知します。マハー・ナーマよ、まさに、これらの三つの教師たちが、世において等しく見出されつつ存しています。マハー・ナーマよ、これらの三つの教師たちには、同一の結論がありますか、それとも、多々なる結論がありますか」と。
このように説かれたとき、カーラーマ〔族〕のバランドゥは、釈迦〔族〕のマハー・ナーマに、こう言いました。「マハー・ナーマよ、『同一のものがある』と説きなさい」と。このように説かれたとき、世尊は、釈迦〔族〕のマハー・ナーマに、こう言いました。「マハー・ナーマよ、『種々なるものがある』と説きなさい」と。再度また、まさに、カーラーマ〔族〕のバランドゥは、釈迦〔族〕のマハー・ナーマに、こう言いました。「マハー・ナーマよ、『同一のものがある』と説きなさい」と。再度また、まさに、世尊は、釈迦〔族〕のマハー・ナーマに、こう言いました。「マハー・ナーマよ、『種々なるものがある』と説きなさい」と。三度また、まさに、カーラーマ〔族〕のバランドゥは、釈迦〔族〕のマハー・ナーマに、こう言いました。「マハー・ナーマよ、『同一のものがある』と説きなさい」と。三度また、まさに、世尊は、釈迦〔族〕のマハー・ナーマに、こう言いました。「マハー・ナーマよ、『種々なるものがある』と説きなさい」と。
そこで、まさに、カーラーマ〔族〕のバランドゥに、この〔思い〕が有りました。「まさに、〔わたしは〕存している⸺大いなる権能ある釈迦〔族〕のマハー・ナーマの面前で、沙門ゴータマによって、三度に至るまで指弾された者として。それなら、さあ、わたしは、カピラヴァットゥから立ち去るべきだ」と。そこで、まさに、カーラーマ〔族〕のバランドゥは、カピラヴァットゥから立ち去りました。すなわち、カピラヴァットゥから立ち去った、そのままに、まさしく、立ち去った者として有り、ふたたび戻り来ることはなかった、ということです。〔以上が〕第四となる。
注釈【0】