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翻訳【22】

ハッタカの経

このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、アーラヴィーに住んでおられます。牛の道のうえ、シンサパー〔樹〕の林のなか、葉の敷物において。そこで、まさに、アーラヴィー〔の住者〕たるハッタカは、ゆったりした歩調で、こちらを歩いては、あちらを歩みつつ、世尊が、牛の道のうえ、シンサパー〔樹〕の林のなか、葉の敷物において、坐っているのを見ました。見て、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、アーラヴィー〔の住者〕たるハッタカは、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、どうでしょう、世尊は、安楽のうちに臥されましたか」と。「王子よ、このように、安楽のうちに臥しました。また、そして、わたしは、すなわち、世において、安楽のうちに臥す者たちの、彼らのなかの随一の者です」と。

「尊き方よ、冬の夜は寒く、八日ごとに降雪のある時分です。牛の蹄に踏み荒らされた地面は固く、葉の敷物は薄く、木の葉はまばらで、黄褐色の衣は寒く、そして、寒い季節の風が吹きます。そこで、また、しかしながら、世尊は、このように言いました。『王子よ、このように、安楽のうちに臥しました。そして、また、わたしは、すなわち、世において、安楽のうちに臥す者たちの、彼らのなかの随一の者です』」と。

「王子よ、まさに、それでは、まさしく、あなたに、ここにおいて問い返しましょう。すなわち、あなたのよろしいように、そのとおりに、それを説き明かしてください。王子よ、それを、どう思いますか。ここに、あるいは、家長に、あるいは、家長の子に、彼に、楼閣があり、内と外が塗装され、無風で、閂が掛かり、窓が閉められています。そこで、彼には、寝台があり、毛布が敷かれ、敷布が敷かれ、綿布が敷かれ、カダリー鹿の最も優れた敷物があり、天蓋を有し、両端には赤い枕があります。そして、ここにおいて、油の灯明が燃やされ、さらに、意に適う者たちであり、意に適うことによって奉仕する者たちである、四者の夫人が存するとします。王子よ、それを、どう思いますか。彼は、あるいは、安楽のうちに臥しますか、あるいは、〔そのようなことは〕ないですか。あるいは、ここにおいて、あなたに、どのような〔思いが〕有りますか」と。「尊き方よ、彼は、安楽のうちに臥すでしょう。そして、また、彼は、すなわち、世において、安楽のうちに臥す者たちの、彼らのなかの随一の者です」と。

「王子よ、それを、どう思いますか。さて、いったい、あるいは、家長に、あるいは、家長の子に、彼に、あるいは、身体についての、あるいは、心についての、貪欲から生じる諸々の苦悶が生起するとして、彼は、それらの、貪欲から生じる諸々の苦悶によって遍く焼かれながら、苦痛のうちに臥すでしょうか」と。「尊き方よ、そのとおりです」と。

「王子よ、まさに、あるいは、家長が、あるいは、家長の子が、彼が、それらの、貪欲から生じる諸々の苦悶によって遍く焼かれながら、苦痛のうちに臥すとして、如来の、その貪欲は〔すでに〕捨棄され、根が断ち切られ、基盤なきターラ〔樹〕のように作り為され、状態なきものに作り為され、未来に生起なき法(性質)としてあります。それゆえに、わたしは、安楽のうちに臥したのです。

王子よ、それを、どう思いますか。さて、いったい、あるいは、家長に、あるいは、家長の子に、彼に、あるいは、身体についての、あるいは、心についての、憤怒から生じる諸々の苦悶が……略……迷妄から生じる諸々の苦悶が生起するとして、彼は、それらの、迷妄から生じる諸々の苦悶によって遍く焼かれながら、苦痛のうちに臥すでしょうか」と。「尊き方よ、そのとおりです」と。

「王子よ、まさに、あるいは、家長が、あるいは、家長の子が、彼が、それらの、迷妄から生じる諸々の苦悶によって遍く焼かれながら、苦痛のうちに臥すとして、如来の、その迷妄は〔すでに〕捨棄され、根が断ち切られ、基盤なきターラ〔樹〕のように作り為され、状態なきものに作り為され、未来に生起なき法(性質)としてあります。それゆえに、わたしは、安楽のうちに臥したのです」と。

〔そこで、詩偈に言う〕「完全なる涅槃に到達した婆羅門は、一切時において、まさに、安楽のうちに臥す。彼が、諸々の欲望〔の対象〕にたいし汚れなくあるなら、〔心が〕清涼と成った者であり、〔生存の〕依り所(依存の対象)なき者であり⸺

一切の執着を断ち切って、心臓(心)のうちなる懊悩を取り除いて、寂静なる者となり、心の寂静に至り得て、安楽のうちに臥す」と。

〔以上が〕第五となる。

注釈【0】