読み込み中

翻訳【16】

サラバの経

このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、ラージャガハ王舎城に住んでおられます。ギッジャクータ山霊鷲山において。また、まさに、その時点にあって、サラバという名の遍歴遊行者が、この法(教え)と律から立ち去ったすぐあとの者として〔世に〕有ります。彼は、ラージャガハの衆のなかで、このような言葉を語ります。「わたしによって、釈子たる沙門たちの法(教え)が了知された。また、そして、わたしは、釈子たる沙門たちの法(教え)を了知して〔そののち〕、このように、わたしは、その法(教え)と律から立ち去ったのだ」と。そこで、まさに、大勢の比丘たちが、早刻時に、着衣して鉢と衣料を取って、ラージャガハに〔行乞の〕食のために入りました。まさに、それらの比丘たちは、サラバ遍歴遊行者が、ラージャガハの衆のなかで、このような言葉を語っているのを耳にしました。「わたしによって、釈子たる沙門たちの法(教え)が了知された。また、そして、わたしは、釈子たる沙門たちの法(教え)を了知して〔そののち〕、このように、わたしは、その法(教え)と律から立ち去ったのだ」と。

そこで、まさに、それらの比丘たちは、ラージャガハにおいて〔行乞の〕食のために歩んで、食事のあと、〔行乞の〕施食から戻り、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、それらの比丘たちは、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、サラバという名の遍歴遊行者が、この法(教え)と律から立ち去ったすぐあと、彼は、ラージャガハの衆のなかで、このような言葉を語ります。『わたしによって、釈子たる沙門たちの法(教え)が了知された。また、そして、わたしは、釈子たる沙門たちの法(教え)を了知して〔そののち〕、このように、わたしは、その法(教え)と律から立ち去ったのだ』と。尊き方よ、どうか、世尊は、シッピニー〔川〕の岸辺にある遍歴遊行者の林園のあるところに、サラバ遍歴遊行者のいるところに、そこへと近づいて行きたまえ⸺慈しみ〔の思い〕を抱いて」と。世尊は、沈黙の状態をもって承諾しました。

そこで、まさに、世尊は、夕刻時に、静坐から出起し、シッピニー〔川〕の岸辺にある遍歴遊行者の林園のあるところに、サラバ遍歴遊行者のいるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、設けられた坐に坐りました。坐って、まさに、世尊は、サラバ遍歴遊行者に、こう言いました。「サラバよ、本当に、まさに、あなたは、このように説くのですか。『わたしによって、釈子たる沙門たちの法(教え)が了知された。また、そして、わたしは、釈子たる沙門たちの法(教え)を了知して〔そののち〕、このように、わたしは、その法(教え)と律から立ち去ったのだ』」と。このように説かれたとき、サラバ遍歴遊行者は、沈黙の者と成りました。

再度また、まさに、世尊は、サラバ遍歴遊行者に、こう言いました。「サラバよ、説きなさい。どのようなものとして、あなたによって、釈子たる沙門たちの法(教え)が了知されたのですか。それで、もし、あなたに、〔いまだ〕円満成就なきものが有るなら、わたしが、〔それを〕円満成就させましょう。また、それで、もし、あなたに、〔すでに〕円満成就あるものが有るなら、わたしは、〔あなたに〕随喜しましょう」と。再度また、まさに、サラバ遍歴遊行者は、沈黙の者と成りました。

三度また、まさに、世尊は、サラバ遍歴遊行者に、こう言いました。「サラバよ、すなわち、まさに、釈子たる沙門たちの法(教え)が覚知されるなら、サラバよ、説きなさい。どのようなものとして、あなたによって、釈子たる沙門たちの法(教え)が了知されたのですか。それで、もし、あなたに、〔いまだ〕円満成就なきものが有るなら、わたしが、〔それを〕円満成就させましょう。また、それで、もし、あなたに、〔すでに〕円満成就あるものが有るなら、わたしは、〔あなたに〕随喜しましょう」と。三度また、まさに、サラバ遍歴遊行者は、沈黙の者と成りました。

そこで、まさに、それらの遍歴遊行者たちは、サラバ遍歴遊行者に、こう言いました。「友よ、サラバよ、まさしく、それを、まさに、あなたが、沙門ゴータマに乞い求めるなら、まさしく、それを、あなたのために、沙門ゴータマは充足します。友よ、サラバよ、説きなさい。どのようなものとして、あなたによって、釈子たる沙門たちの法(教え)が了知されたのですか。それで、もし、あなたに、〔いまだ〕円満成就なきものが有るなら、沙門ゴータマが、〔それを〕円満成就させるでしょう。また、それで、もし、あなたに、〔すでに〕円満成就あるものが有るなら、沙門ゴータマは、〔あなたに〕随喜するでしょう」と。このように説かれたとき、サラバ遍歴遊行者は、沈黙の状態で、愕然の状態で、肩を落とし、顔を下に、沈思しながら、応答なく、〔そこに〕坐りました。

そこで、まさに、世尊は、サラバ遍歴遊行者が、沈黙の状態で、愕然の状態で、肩を落とし、顔を下に、沈思しながら、応答なくあるのを見出して、それらの遍歴遊行者たちに、こう言いました。

「遍歴遊行者たちよ、或る者が、まさに、わたしのことを、このように説くとします。『正等覚者と明言しているあなたの、これらの法(教え)は、現正覚されたものにあらず』と。彼に、わたしは、そこにおいて、善くしっかりと、尋問し、審問し、査問します。彼が、まさに、わたしによって、善くしっかりと、尋問され、審問され、査問されているなら、このことは、状況なきことであり、機会なきことです。すなわち、彼が、三つの状況のなかのどれか一つの状況に遭遇せずにいることです。あるいは、他から他へとはぐらかし、議論を外に移します。そして、激情を、かつまた、憤怒を、さらに、不興を、明らかと為します。沈黙の状態で、愕然の状態で、肩を落とし、顔を下に、沈思しながら、応答なく、〔そこに〕坐ります。それは、たとえば、また、サラバ遍歴遊行者のように。

遍歴遊行者たちよ、或る者が、まさに、わたしのことを、このように説くとします。『煩悩の滅尽者と明言しているあなたの、これらの煩悩は、完全に滅尽されていない』と。彼に、わたしは、そこにおいて、善くしっかりと、尋問し、審問し、査問します。彼が、まさに、わたしによって、善くしっかりと、尋問され、審問され、査問されているなら、このことは、状況なきことであり、機会なきことです。すなわち、彼が、三つの状況のなかのどれか一つの状況に遭遇せずにいることです。あるいは、他から他へとはぐらかし、議論を外に移します。そして、激情を、かつまた、憤怒を、さらに、不興を、明らかと為します。沈黙の状態で、愕然の状態で、肩を落とし、顔を下に、沈思しながら、応答なく、〔そこに〕坐ります。それは、たとえば、また、サラバ遍歴遊行者のように。

遍歴遊行者たちよ、或る者が、まさに、わたしのことを、このように説くとします。『また、まさに、その義(目的)のために、あなたによって、法(教え)が説示されたなら、それは、それを為す者のために、正しく苦しみの滅尽への出脱とならず』と。彼に、わたしは、そこにおいて、善くしっかりと、尋問し、審問し、査問します。彼が、まさに、わたしによって、善くしっかりと、尋問され、審問され、査問されているなら、このことは、状況なきことであり、機会なきことです。すなわち、彼が、三つの状況のなかのどれか一つの状況に遭遇せずにいることです。あるいは、他から他へとはぐらかし、議論を外に移します。そして、激情を、かつまた、憤怒を、さらに、不興を、明らかと為します。沈黙の状態で、愕然の状態で、肩を落とし、顔を下に、沈思しながら、応答なく、〔そこに〕坐ります。それは、たとえば、また、サラバ遍歴遊行者のように」と。そこで、まさに、世尊は、シッピニー〔川〕の岸辺にある遍歴遊行者の林園において、三回、獅子吼を吼え叫んで、宙に立ち去りました。

そこで、まさに、それらの遍歴遊行者たちは、世尊が立ち去ったすぐあと、サラバ遍歴遊行者に、遍きにわたり、嘲笑の言葉でもって皮肉を為しました。「友よ、サラバよ、それは、たとえば、また、密林のなかで、老いた野狐が、『獅子吼を吼え叫ぶのだ』と、まさしく、野狐のままに吼え叫ぶように、まさしく、山犬のままに吼え叫ぶように、友よ、サラバよ、まさしく、このように、まさに、おまえは、まさしく、沙門ゴータマから他にあるところで、『獅子吼を吼え叫ぶのだ』と、まさしく、野狐のままに吼え叫び、まさしく、山犬のままに吼え叫ぶ。友よ、サラバよ、それは、たとえば、また、幼いひよこが、『雄鶏の鳴き方で鳴くのだ』と、まさしく、幼いひよこの鳴き方で鳴くように、友よ、サラバよ、まさしく、このように、まさに、おまえは、まさしく、沙門ゴータマから他にあるところで、『雄鶏の鳴き方で鳴くのだ』と、まさしく、幼いひよこの鳴き方で鳴く。友よ、サラバよ、それは、たとえば、また、雄牛が、空の牛舎で、大きく鳴かねばと思うように、サラバよ、まさしく、このように、まさに、おまえは、まさしく、沙門ゴータマから他にあるところで、大きく鳴かねばと思う」と。そこで、まさに、それらの遍歴遊行者たちは、サラバ遍歴遊行者に、遍きにわたり、嘲笑の言葉でもって皮肉を為した、ということです。〔以上が〕第四となる。

注釈【0】