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翻訳【18】

驢馬の経

「比丘たちよ、それは、たとえば、また、驢馬が、牛たちの群れに、背後から背後へと付き従う者として有るようなものです⸺『わたしもまた、牛である』『わたしもまた、牛である』と。彼には、それは、たとえば、また、牛たちのような、そのような色が有ることはなく、それは、たとえば、また、牛たちのような、そのような声が有ることはなく、それは、たとえば、また、牛たちのような、そのような足が有ることはなく、その〔驢馬〕は、まさしく、牛たちの群れに、背後から背後へと付き従う者として有ります⸺『わたしもまた、牛である』『わたしもまた、牛である』と。

比丘たちよ、まさしく、このように、ここに、一部の比丘は、比丘の僧団に、背後から背後へと付き従う者として〔世に〕有ります⸺『わたしもまた、比丘である』『わたしもまた、比丘である』と。彼には、それは、たとえば、また、他の比丘たちのような、卓越の戒の学びを受持することにたいする、そのような欲〔の思い〕が有ることはなく、それは、たとえば、また、他の比丘たちのような、卓越の心の学びを受持することにたいする、そのような欲〔の思い〕が有ることはなく、それは、たとえば、また、他の比丘たちのような、卓越の智慧の学びを受持することにたいする、そのような欲〔の思い〕が有ることはなく、彼は、まさしく、比丘の僧団に、背後から背後へと付き従う者として〔世に〕有ります⸺『わたしもまた、比丘である』『わたしもまた、比丘である』と。

比丘たちよ、それゆえに、ここに、このように学ぶべきです。『卓越の戒の学びを受持することにたいし、わたしたちの欲〔の思い〕は、強きものと成るのだ。卓越の心の学びを受持することにたいし、わたしたちの欲〔の思い〕は、強きものと成るのだ。卓越の智慧の学びを受持することにたいし、わたしたちの欲〔の思い〕は、強きものと成るのだ』と。比丘たちよ、まさに、このように、あなたたちは学ぶべきです」と。〔以上が〕第二となる。

注釈【0】