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翻訳【20】

ケーシの経

そこで、まさに、調御されるべき馬の馭者たるケーシが、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、調御されるべき馬の馭者たるケーシに、世尊は、こう言いました。「ケーシよ、まさに、あなたは存しています。『調御されるべき馬の馭者たる者』と覚知された者として。ケーシよ、また、どのように、あなたは、調御されるべき馬を教導するのですか」と。「尊き方よ、わたしは、まさに、調御されるべき馬を、優しい〔手段〕によってもまた教導し、粗暴な〔手段〕によってもまた教導し、優しい〔手段〕と粗暴な〔手段〕によってもまた教導します」と。「ケーシよ、それで、もし、調御されるべき馬が、あなたの、優しい〔手段〕によって教導に近づかず、粗暴な〔手段〕によって教導に近づかず、優しい〔手段〕と粗暴な〔手段〕によって教導に近づかないなら、何をどう、その〔馬〕に為しますか」と。「尊き方よ、それで、もし、調御されるべき馬が、わたしの、優しい〔手段〕によって教導に近づかず、粗暴な〔手段〕によって教導に近づかず、優しい〔手段〕と粗暴な〔手段〕によって教導に近づかないなら、尊き方よ、〔わたしは〕その〔馬〕を殺します。それは、何を因とするのですか。わたしの師匠としての家系に、栄誉ならざることが有ってはならないからです」と。

「尊き方よ、また、世尊は、無上なる者であり、調御されるべき人の馭者です。尊き方よ、また、どのように、世尊は、調御されるべき人を教導するのですか」と。「ケーシよ、わたしは、まさに、調御されるべき人を、優しい〔手段〕によってもまた教導し、粗暴な〔手段〕によってもまた教導し、優しい〔手段〕と粗暴な〔手段〕によってもまた教導します。ケーシよ、そこで、この、優しい〔手段〕においては、『かくのごとく、身体による善き行為があり、かくのごとく、身体による善き行為の報いがある。かくのごとく、言葉による善き行為があり、かくのごとく、言葉による善き行為の報いがある。かくのごとく、意による善き行為があり、かくのごとく、意による善き行為の報いがある。かくのごとく、天〔の神々〕たちであり、かくのごとく、人間たちである』と。ケーシよ、そこで、この、粗暴な〔手段〕においては、『かくのごとく、身体による悪しき行為があり、かくのごとく、身体による悪しき行為の報いがある。かくのごとく、言葉による悪しき行為があり、かくのごとく、言葉による悪しき行為の報いがある。かくのごとく、意による悪しき行為があり、かくのごとく、意による悪しき行為の報いがある。かくのごとく、地獄であり、かくのごとく、畜生の胎であり、かくのごとく、餓鬼の境域である』と。

ケーシよ、そこで、この、優しい〔手段〕と粗暴な〔手段〕においては、『かくのごとく、身体による善き行為があり、かくのごとく、身体による善き行為の報いがある。かくのごとく、身体による悪しき行為があり、かくのごとく、身体による悪しき行為の報いがある。かくのごとく、言葉による善き行為があり、かくのごとく、言葉による善き行為の報いがある。かくのごとく、言葉による悪しき行為があり、かくのごとく、言葉による悪しき行為の報いがある。かくのごとく、意による善き行為があり、かくのごとく、意による善き行為の報いがある。かくのごとく、意による悪しき行為があり、かくのごとく、意による悪しき行為の報いがある。かくのごとく、天〔の神々〕たちであり、かくのごとく、人間たちであり、かくのごとく、地獄であり、かくのごとく、畜生の胎であり、かくのごとく、餓鬼の境域である』」と。

「尊き方よ、それで、もし、調御されるべき人が、あなたの、優しい〔手段〕によって教導に近づかず、粗暴な〔手段〕によって教導に近づかず、優しい〔手段〕と粗暴な〔手段〕によって教導に近づかないなら、何をどう、その〔人〕に為しますか」と。「ケーシよ、それで、もし、調御されるべき人が、わたしの、優しい〔手段〕によって教導に近づかず、粗暴な〔手段〕によって教導に近づかず、優しい〔手段〕と粗暴な〔手段〕によって教導に近づかないなら、ケーシよ、〔わたしは〕その〔人〕を殺します」と。「尊き方よ、まさに、世尊にとって、命あるものを殺すことは、適確ならず。そこで、また、しかしながら、世尊は、このように言いました。『ケーシよ、〔わたしは〕その〔人〕を殺します』」と。「ケーシよ、そのとおり。如来にとって、命あるものを殺すことは、適確ならず。そして、また、すなわち、調御されるべき人が、優しい〔手段〕によって教導に近づかず、粗暴な〔手段〕によって教導に近づかず、優しく粗暴な〔手段〕によって教導に近づかないなら、その〔人〕のことを、如来は、説くべき者と〔思い考えず〕、教示するべき者と思い考えず、梵行を共にする識者たちもまた、説くべき者と〔思い考えず〕、教示するべき者と思い考えません。ケーシよ、まさに、これは、聖者の律における殺戮です。その〔人〕のことを、如来が、説くべき者と〔思い考えず〕、教示するべき者と思い考えず、梵行を共にする識者たちもまた、説くべき者と〔思い考えず〕、教示するべき者と思い考えないなら」と。

「尊き方よ、まさに、その〔人〕は、たしかに、見事に殺された者として〔世に〕有ります。その〔人〕のことを、如来が、説くべき者と〔思い考えず〕、教示するべき者と思い考えず、梵行を共にする識者たちもまた、説くべき者と〔思い考えず〕、教示するべき者と思い考えないなら」と。「尊き方よ、すばらしいことです。尊き方よ、すばらしいことです。……略……。尊き方よ、世尊は、わたしを、在俗信者として認めてください⸺今日以後、命ある限り、帰依所に赴いた者として」と。〔以上が〕第一となる。

注釈【0】