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翻訳【16】

第二の忍耐の経

「比丘たちよ、四つのものがあります。これらの〔実践の〕道です。どのようなものが、四つのものなのですか。忍耐なき〔実践の〕道であり、忍耐ある〔実践の〕道であり、調御ある〔実践の〕道であり、平静ある〔実践の〕道です。

比丘たちよ、では、どのようなものが、忍耐なき〔実践の〕道なのですか。比丘たちよ、ここに、一部の者は、寒さや暑さに、飢えや渇きに、諸々の虻や蚊や風や熱や蛇類の接触に、諸々の悪しく言われ悪しく言及された言葉の道に、忍耐なき者として〔世に〕有り、諸々の生起した強烈で粗野で辛辣で不快にして意に適わない命を奪い去る肉体的な苦痛の感受を耐え忍ばない類の者として〔世に〕有ります。比丘たちよ、これは、忍耐なき〔実践の〕道と説かれます。

比丘たちよ、では、どのようなものが、忍耐ある〔実践の〕道なのですか。比丘たちよ、ここに、一部の者は、寒さや暑さに、飢えや渇きに、諸々の虻や蚊や風や熱や蛇類の接触に、諸々の悪しく言われ悪しく言及された言葉の道に、忍耐ある者として〔世に〕有り、諸々の生起した強烈で粗野で辛辣で不快にして意に適わない命を奪い去る肉体的な苦痛の感受を耐え忍ぶ類の者として〔世に〕有ります。比丘たちよ、これは、忍耐ある〔実践の〕道と説かれます。

比丘たちよ、では、どのようなものが、調御ある〔実践の〕道なのですか。比丘たちよ、ここに、比丘が、眼によって、形態を見て、形相を収め取る者と成らず……略……。耳によって、音声を聞いて……略……。鼻によって、臭気を嗅いで……略……。舌によって、味感を味わって……略……。身によって、感触と接触して……略……。意によって、法(意の対象)を識知して、形相を収め取る者と成らず、付随する特徴を収め取る者たちと〔成り〕ません。すなわち、意の機能が統御されず、〔世に〕住んでいると、諸々の悪しき善ならざる法(性質)である強欲〔の思い〕や失意〔の思い〕が流れ込むことから、これを事因として、その〔意〕の統御のために実践し、意の機能を守護し、意の機能における統御を惹起します。比丘たちよ、これは、調御ある〔実践の〕道と説かれます。

比丘たちよ、では、どのようなものが、平静ある〔実践の〕道なのですか。比丘たちよ、ここに、比丘が、生起した欲望の思考を甘受せず、捨棄し、除去し、平静ならしめ、終息を為し、状態なきへと至らしめ、生起した憎悪の思考を……略……生起した悩害の思考を……諸々の生起しては生起した悪しき善ならざる法(性質)を甘受せず、捨棄し、除去し、平静ならしめ、終息を為し、状態なきへと至らしめます。比丘たちよ、これは、平静ある〔実践の〕道と説かれます。比丘たちよ、まさに、これらの四つの〔実践の〕道があります」と。〔以上が〕第五となる。

注釈【0】