そこで、まさに、或るひとりの比丘が、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、その比丘は、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、いったい、何によって、まさに、世〔の人々〕は導かれ、何によって、世〔の人々〕は引き回され、そして、何が生起したなら、〔その〕支配に赴くのですか」と。
「比丘よ、善きかな、善きかな。比丘よ、まさに、あなたには、幸いなる〔話の〕進め方があり、幸いなる弁才があり、善き遍問があります。比丘よ、まさに、このように、あなたは尋ねました。『尊き方よ、いったい、何によって、まさに、世〔の人々〕は導かれ、何によって、世〔の人々〕は引き回され、そして、何が生起したなら、〔その〕支配に赴くのですか』」と。「尊き方よ、そのとおりです」〔と〕。「比丘よ、心によって、まさに、世〔の人々〕は導かれ、心によって、世〔の人々〕は引き回され、心が生起したなら、〔その〕支配に赴きます」と。
「尊き方よ、善きかな」と、まさに、その比丘は、世尊の語ったことを大いに喜んで、随喜して、世尊に、さらなる問いを尋ねました。「尊き方よ、『多聞にして法(教え)を保つ者』『多聞にして法(教え)を保つ者』と説かれます。尊き方よ、いったい、まさに、どのようなことから、多聞にして法(教え)を保つ者と成るのですか」と。
「比丘よ、善きかな、善きかな。比丘よ、まさに、あなたには、幸いなる〔話の〕進め方があり、幸いなる弁才があり、善き遍問があります。比丘よ、まさに、このように、あなたは尋ねました。『尊き方よ、「多聞にして法(教え)を保つ者」「多聞にして法(教え)を保つ者」と説かれます。尊き方よ、いったい、まさに、どのようなことから、多聞にして法(教え)を保つ者と成るのですか』」と。「尊き方よ、そのとおりです」〔と〕。「比丘よ、まさに、わたしによって、多くの法(教え)が⸺経(スッタ)、頌歌(ゲイヤ)、授記(ヴェイヤーカラナ)、詩偈(ガーター)、感興語(ウダーナ)、如是語(イティヴッタカ)、本生(ジャータカ)、未曾有法(アッブタダンマ)、問答(ヴェーダッラ)が⸺説示されました。比丘よ、たとえ、もし、四つの句からなる〔一つの〕詩偈の、義(意味)を了知して、法(教え)を了知して、法(教え)を法(教え)のままに実践する者として〔世に〕有るなら、〔それだけで〕『多聞にして法(教え)を保つ者』という言葉たるに十分なるものがあります」と。
「尊き方よ、善きかな」と、まさに、その比丘は、世尊の語ったことを大いに喜んで、随喜して、世尊に、さらなる問いを尋ねました。「尊き方よ、『有聞にして洞察の智慧ある者』『有聞にして洞察の智慧ある者』と説かれます。尊き方よ、いったい、まさに、どのようなことから、有聞にして洞察の智慧ある者と成るのですか」と。
「比丘よ、善きかな、善きかな。比丘よ、まさに、あなたには、幸いなる〔話の〕進め方があり、幸いなる弁才があり、善き遍問があります。比丘よ、まさに、このように、あなたは尋ねました。『尊き方よ、「有聞にして洞察の智慧ある者」「有聞にして洞察の智慧ある者」と説かれます。尊き方よ、いったい、まさに、どのようなことから、有聞にして洞察の智慧ある者と成るのですか』」と。「尊き方よ、そのとおりです」〔と〕。「比丘よ、ここに、比丘に、『これは、苦しみである』と、聞かれたものが有り、そして、その〔聞かれたもの〕の義(意味)を、智慧によって理解して〔あるがままに〕見、『これは、苦しみの集起である』と、聞かれたものが有り、そして、その〔聞かれたもの〕の義(意味)を、智慧によって理解して〔あるがままに〕見、『これは、苦しみの止滅である』と、聞かれたものが有り、そして、その〔聞かれたもの〕の義(意味)を、智慧によって理解して〔あるがままに〕見、『これは、苦しみの止滅に至る〔実践の〕道である』と、聞かれたものが有り、そして、その〔聞かれたもの〕の義(意味)を、智慧によって理解して〔あるがままに〕見ます。比丘よ、このように、まさに、有聞にして洞察の智慧ある者と成ります」と。
「尊き方よ、善きかな」と、まさに、その比丘は、世尊の語ったことを大いに喜んで、随喜して、世尊に、さらなる問いを尋ねました。「尊き方よ、『賢者にして大いなる智慧ある者』『賢者にして大いなる智慧ある者』と説かれます。尊き方よ、いったい、まさに、どのようなことから、賢者にして大いなる智慧ある者と成るのですか」と。
「比丘よ、善きかな、善きかな。比丘よ、まさに、あなたには、幸いなる〔話の〕進め方があり、幸いなる弁才があり、善き遍問があります。比丘よ、まさに、このように、あなたは尋ねました。『尊き方よ、「賢者にして大いなる智慧ある者」「賢者にして大いなる智慧ある者」と説かれます。尊き方よ、いったい、まさに、どのようなことから、賢者にして大いなる智慧ある者と成るのですか』」と。「尊き方よ、そのとおりです」〔と〕。「比丘よ、ここに、賢者にして大いなる智慧ある者は、まさしく、自己にたいする加害〔の思い〕のために思弁せず、他者にたいする加害〔の思い〕のために思弁せず、両者にたいする加害〔の思い〕のために思弁せず、まさしく、自己の利益と他者の利益と両者の利益と一切の世〔の人々〕の利益を思い考えつつ思い考えます。比丘よ、このように、まさに、賢者にして大いなる智慧ある者と成ります」と。〔以上が〕第六となる。
注釈【0】