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翻訳【20】

遍き衰退とならないものの経

「比丘たちよ、四つのものがあります。〔これらの〕(性質)を具備した比丘は、遍き衰退の可能なき者であり、まさしく、涅槃の現前にあります。どのようなものが、四つのものなのですか。比丘たちよ、ここに、比丘が、戒を成就した者として〔世に〕有り、諸々の〔感官の〕機能において門が守られている者として〔世に〕有り、食において量を知る者として〔世に〕有り、〔眠らずに〕起きていることに専念する者として〔世に〕有ります。

比丘たちよ、では、どのように、比丘は、戒を成就した者として〔世に〕有るのですか。比丘たちよ、ここに、比丘が、戒ある者として〔世に〕有り、戒条による統御によって統御された者として〔世に〕住み、〔正しい〕習行と〔正しい〕境涯を成就した者として、諸々の微量の罪過について恐怖を見る者として、〔戒を〕受持して、諸々の学びの境処において学びます。比丘たちよ、このように、まさに、比丘は、戒を成就した者として〔世に〕有ります。

比丘たちよ、では、どのように、比丘は、諸々の〔感官の〕機能において門が守られている者として〔世に〕有るのですか。比丘たちよ、ここに、比丘が、眼によって、形態を見て、形相を収め取る者と成らず、付随する特徴を収め取る者と〔成り〕ません。すなわち、眼の機能が統御されず、〔世に〕住んでいると、諸々の悪しき善ならざる法(性質)である強欲〔の思い〕や失意〔の思い〕が流れ込むことから、これを事因として、その〔眼〕の統御のために実践し、眼の機能を守護し、眼の機能における統御を惹起します。耳によって、音声を聞いて……。鼻によって、臭気を嗅いで……。舌によって、味感を味わって……。身によって、感触と接触して……。意によって、法(意の対象)を識知して、形相を収め取る者と成らず、付随する特徴を収め取る者と〔成り〕ません。すなわち、意の機能が統御されず、〔世に〕住んでいると、諸々の悪しき善ならざる法(性質)である強欲〔の思い〕や失意〔の思い〕が流れ込むことから、これを事因として、その〔意〕の統御のために実践し、意の機能を守護し、意の機能における統御を惹起します。比丘たちよ、このように、まさに、比丘は、諸々の〔感官の〕機能において門が守られている者として〔世に〕有ります。

比丘たちよ、では、どのように、比丘は、食において量を知る者として〔世に〕有るのですか。比丘たちよ、ここに、比丘が、根源のままに審慮して〔そののち〕、食を食します⸺まさしく、戯れのためではなく、驕りのためではなく、装うことのためではなく、飾ることのためではなく、この身体の、止住のために、存続のために、悩害の止息のために、梵行の資助のために、まさしく、そのかぎりにおいて。『かくのごとく、そして、〔わたしは〕古い〔空腹の〕感受を打破するであろうし、さらに、新しい〔空腹の〕感受を生起させないであろう。そして、〔生命の〕続行が、わたしに有るであろう⸺かつまた、罪過なき〔生〕が、かつまた、平穏の住が』と。比丘たちよ、このように、まさに、比丘は、食において量を知る者として〔世に〕有ります。

比丘たちよ、では、どのように、比丘は、〔眠らずに〕起きていることに専念する者として〔世に〕有るのですか。比丘たちよ、ここに、比丘が、昼のあいだ、歩行〔瞑想〕と坐禅〔瞑想〕によって、諸々の〔修行の〕妨害となる法(性質)から、心を完全に清めます。夜の初更(宵の内)のあいだ、歩行〔瞑想〕と坐禅〔瞑想〕によって、諸々の〔修行の〕妨害となる法(性質)から、心を完全に清めます。夜の中更(真夜中)のあいだ、足に足を重ねて、右脇をもって獅子の臥を営みます(右脇を下にして獅子のように臥す)⸺気づきと正知の者として、〔次に〕起き上がることへの表象に意を為して。夜の後更(明け方)のあいだ、起きて〔そののち〕、歩行〔瞑想〕と坐禅〔瞑想〕によって、諸々の〔修行の〕妨害となる法(性質)から、心を完全に清めます。比丘たちよ、このように、まさに、比丘は、〔眠らずに〕起きていることに専念する者として〔世に〕有ります。比丘たちよ、まさに、これらの四つの法(性質)を具備した比丘は、遍き衰退の可能なき者であり、まさしく、涅槃の現前にあります」と。

〔そこで、詩偈に言う〕「比丘が、戒において確立した者となり、そして、諸々の〔感官の〕機能において統御された者となり、さらに、食において量を知る者となり、〔眠らずに〕起きていることに専念する。

このような住ある熱情ある者となり、昼に、夜に、休みなく、束縛からの平安に至り得るために善なる法(性質)を修めているなら⸺

不放逸を喜ぶ比丘は、あるいは、放逸に恐怖を見る〔比丘〕は、遍き衰退の可能なき者であり、まさしく、涅槃の現前にある」と。

〔以上が〕第七となる。

注釈【0】