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翻訳【16】

渇愛の生起の経

「比丘たちよ、四つのものがあります。これらの渇愛の生起です。そこにおいて、比丘に、渇愛が生起しつつ生起します。どのようなものが、四つのものなのですか。比丘たちよ、あるいは、衣料を因として、比丘に、渇愛が生起しつつ生起します。比丘たちよ、あるいは、〔行乞の〕施食を因として、比丘に、渇愛が生起しつつ生起します。比丘たちよ、あるいは、臥坐具を因として、比丘に、渇愛が生起しつつ生起します。比丘たちよ、あるいは、かく有り〔かく〕無し〔の思い〕を因として、比丘に、渇愛が生起しつつ生起します。比丘たちよ、まさに、これらの四つの渇愛の生起があります。そこにおいて、比丘に、渇愛が生起しつつ生起します」と。

〔そこで、詩偈に言う〕「渇愛を伴侶とする人は、長時にわたり輪廻しながら、〔今〕この場の〔迷いの〕状態(現世)と他の〔迷いの〕状態(来世)を、〔生と死の〕輪廻を超克しない。

この危険患・過患を知って、渇愛〔の思い〕を苦しみの発生と〔知って〕、渇愛〔の思い〕を離れ、執取〔の思い〕なく、〔常に〕気づきある比丘として、遍歴遊行するがよい」と。

〔以上が〕第九となる。

注釈【0】