或る時のことです。世尊は、コーサラ〔国〕において、大いなる比丘の僧団と共に、遊行〔の旅〕を歩んでおられます。まさに、旅の道を行く世尊は、或るどこかの地域において、大いなるサーラ〔樹〕の林を見ました。見て、道から外れて、そのサーラ〔樹〕の林のあるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、そのサーラ〔樹〕の林に深く分け入って、或るどこかの地域において、笑みを浮かべました。
そこで、まさに、尊者アーナンダに、この〔思い〕が有りました。「世尊の笑みの表明には、いったい、まさに、どのような因があり、どのような縁があるのだろう。契機なしに、如来たちが笑みを浮かべることはない」と。そこで、まさに、尊者アーナンダは、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、世尊の笑みの表明には、いったい、まさに、どのような因があり、どのような縁があるのですか。契機なしに、如来たちが笑みを浮かべることはありません」と。
「アーナンダよ、過去の事(過去世)ですが、この地域において、城市が有りました⸺まさしく、そして、繁栄し、さらに、興隆し、多くの人々がいて、人間たちで満ち溢れる〔城市〕が。アーナンダよ、また、まさに、阿羅漢にして正等覚者たるカッサパ世尊は、その城市に近しく依拠して〔世に〕住みました。アーナンダよ、また、まさに、阿羅漢にして正等覚者たるカッサパ世尊には、ガヴェーシンという名の在俗信者が、諸戒における円満成就を為さない者として〔世に〕有りました。アーナンダよ、まさに、ガヴェーシン在俗信者によって、五百ばかりの在俗信者たちが懺悔させられ勧誘されたのですが、諸戒における円満成就を為さない者たちとして〔世に〕有りました。(1)アーナンダよ、そこで、まさに、ガヴェーシン在俗信者に、この〔思い〕が有りました。『わたしは、まさに、これらの五百の在俗信者たちにとって、多くの資益ある者であり、先行者であり、勧誘者である。そして、〔わたしは〕諸戒における円満成就を為さない者として〔世に〕存している。さらに、これらの五百の在俗信者たちも、諸戒における円満成就を為さない者たちである。かくのごとく、これは、等しく同等なることであり、何であれ、超過のものは存在しない。超過のものあるために、さあ、わたしは〔実践するのだ〕』と。
アーナンダよ、そこで、まさに、ガヴェーシン在俗信者は、それらの五百の在俗信者たちのいるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、それらの五百の在俗信者たちに、こう言いました。『今日以後、尊者たちは、わたしを、諸戒における円満成就を為す者として認めたまえ』と。アーナンダよ、そこで、まさに、それらの五百の在俗信者たちに、この〔思い〕が有りました。『尊貴なるガヴェーシンは、まさに、わたしたちにとって、多くの資益ある者であり、先行者であり、勧誘者である。まさに、尊貴なるガヴェーシンが、まさに、諸戒における円満成就を為す者と成るのだ。また、ましてや、わたしたちにあっては、なおさらのこと』と。アーナンダよ、そこで、まさに、それらの五百の在俗信者たちは、ガヴェーシン在俗信者のいるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、ガヴェーシン在俗信者に、こう言いました。『今日以後、尊貴なるガヴェーシンは、これらの五百の在俗信者たちをもまた、諸戒における円満成就を為す者たちとして認めたまえ』と。(2)アーナンダよ、そこで、まさに、ガヴェーシン在俗信者に、この〔思い〕が有りました。『わたしは、まさに、これらの五百の在俗信者たちにとって、多くの資益ある者であり、先行者であり、勧誘者である。そして、〔わたしは〕諸戒における円満成就を為す者として〔世に〕存している。これらの五百の在俗信者たちもまた、諸戒における円満成就を為す者たちである。かくのごとく、これは、等しく同等なることであり、何であれ、超過のものは存在しない。超過のものあるために、さあ、わたしは〔実践するのだ〕』と。
アーナンダよ、そこで、まさに、ガヴェーシン在俗信者は、それらの五百の在俗信者たちのいるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、それらの五百の在俗信者たちに、こう言いました。『今日以後、尊者たちは、わたしを、梵行者(禁欲清浄行の実践者)として認めたまえ⸺淫事から、村の法(淫習)から、離れた離行者として』と。アーナンダよ、そこで、まさに、それらの五百の在俗信者たちに、この〔思い〕が有りました。『尊貴なるガヴェーシンは、まさに、わたしたちにとって、多くの資益ある者であり、先行者であり、勧誘者である。まさに、尊貴なるガヴェーシンが、まさに、梵行者と成るのだ⸺淫事から、村の法(淫習)から、離れた離行者として。また、ましてや、わたしたちにあっては、なおさらのこと』と。アーナンダよ、そこで、まさに、それらの五百の在俗信者たちは、ガヴェーシン在俗信者のいるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、ガヴェーシン在俗信者に、こう言いました。『今日以後、尊貴なるガヴェーシンは、これらの五百の在俗信者たちをもまた、梵行者たちとして認めたまえ⸺淫事から、村の法(淫習)から、離れた離行者たちとして』と。(3)アーナンダよ、そこで、まさに、ガヴェーシン在俗信者に、この〔思い〕が有りました。『わたしは、まさに、これらの五百の在俗信者たちにとって、多くの資益ある者であり、先行者であり、勧誘者である。そして、〔わたしは〕諸戒における円満成就を為す者として〔世に〕存している。これらの五百の在俗信者たちもまた、諸戒における円満成就を為す者たちである。そして、〔わたしは〕梵行者として〔世に〕存している⸺淫事から、村の法(淫習)から、離れた離行者として。これらの五百の在俗信者たちもまた、梵行者たちである⸺淫事から、村の法(淫習)から、離れた離行者たちとして。かくのごとく、これは、等しく同等なることであり、何であれ、超過のものは存在しない。超過のものあるために、さあ、わたしは〔実践するのだ〕』と。
アーナンダよ、そこで、まさに、ガヴェーシン在俗信者は、それらの五百の在俗信者たちのいるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、それらの五百の在俗信者たちに、こう言いました。『今日以後、尊者たちは、わたしを、一食の者として認めたまえ⸺夜〔の食事〕を止めた者として、非時に食事することから離れた者として』と。アーナンダよ、そこで、まさに、それらの五百の在俗信者たちに、この〔思い〕が有りました。『尊貴なるガヴェーシンは、まさに、わたしたちにとって、多くの資益ある者であり、先行者であり、勧誘者である。まさに、尊貴なるガヴェーシンが、まさに、一食の者と成るのだ⸺夜〔の食事〕を止めた者として、非時に食事することから離れた者として。また、ましてや、わたしたちにあっては、なおさらのこと』と。アーナンダよ、そこで、まさに、それらの五百の在俗信者たちは、ガヴェーシン在俗信者のいるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、ガヴェーシン在俗信者に、こう言いました。『今日以後、尊貴なるガヴェーシンは、これらの五百の在俗信者たちをもまた、一食の者たちとして認めたまえ⸺夜〔の食事〕を止めた者たちとして、非時に食事することから離れた者たちとして』と。(4)アーナンダよ、そこで、まさに、ガヴェーシン在俗信者に、この〔思い〕が有りました。『わたしは、まさに、これらの五百の在俗信者たちにとって、多くの資益ある者であり、先行者であり、勧誘者である。そして、〔わたしは〕諸戒における円満成就を為す者として〔世に〕存している。これらの五百の在俗信者たちもまた、諸戒における円満成就を為す者たちである。そして、〔わたしは〕梵行者として〔世に〕存している⸺淫事から、村の法(淫習)から、離れた離行者として。これらの五百の在俗信者たちもまた、梵行者たちである⸺淫事から、村の法(淫習)から、離れた離行者たちとして。そして、〔わたしは〕一食の者として〔世に〕存している⸺夜〔の食事〕を止めた者として、非時に食事することから離れた者として。これらの五百の在俗信者たちもまた、一食の者たちである⸺夜〔の食事〕を止めた者たちとして、非時に食事することから離れた者たちとして。かくのごとく、これは、等しく同等なることであり、何であれ、超過のものは存在しない。超過のものあるために、さあ、わたしは〔実践するのだ〕』と。
アーナンダよ、そこで、まさに、ガヴェーシン在俗信者は、阿羅漢にして正等覚者たるカッサパ世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、阿羅漢にして正等覚者たるカッサパ世尊に、こう言いました。『尊き方よ、わたしが、世尊の現前において、出家を得られますように⸺〔戒の〕成就(具足戒)を得られますように』と。アーナンダよ、まさに、ガヴェーシン在俗信者は、阿羅漢にして正等覚者たるカッサパ世尊の現前において、出家を得ました⸺〔戒の〕成就を得ました。アーナンダよ、また、まさに、〔戒を〕成就したばかりのガヴェーシン比丘は、独り、〔静所に〕隠棲し、〔気づきを〕怠らず、熱情ある者となり、自己を精励する者として〔世に〕住んでいると、まさしく、長からずして⸺その義(目的)のために、良家の子息たちが、まさしく、正しく、家から家なきへと出家する、〔まさに〕その、梵行の結末という無上なるものを、まさしく、所見の法(現世)において、自ら、証知して、実証して、成就して、〔世に〕住みました。『生は滅尽し、梵行は完成された。為すべきことは為された。〔もはや〕他に、この場へと〔赴くことは〕ない』と証知しました。また、そして、ガヴェーシン比丘は、阿羅漢たちのなかの或るひとりと成りました。
アーナンダよ、そこで、まさに、それによって、それらの五百の在俗信者たちに、この〔思い〕が有りました。『尊貴なるガヴェーシンは、まさに、わたしたちにとって、多くの資益ある者であり、先行者であり、勧誘者である。まさに、尊貴なるガヴェーシンが、まさに、髪と髭を剃り落として、諸々の黄褐色の衣(袈裟)をまとって、家から家なきへと出家するのだ。また、ましてや、わたしたちにあっては、なおさらのこと』と。アーナンダよ、そこで、まさに、それらの五百の在俗信者たちは、阿羅漢にして正等覚者たるカッサパ世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、阿羅漢にして正等覚者たるカッサパ世尊に、こう言いました。『尊き方よ、わたしたちが、世尊の現前において、出家を得られますように⸺〔戒の〕成就を得られますように』と。アーナンダよ、まさに、それらの五百の在俗信者たちは、阿羅漢にして正等覚者たるカッサパ世尊の現前において、出家を得ました⸺〔戒の〕成就を得ました。
(5)アーナンダよ、そこで、まさに、ガヴェーシン比丘に、この〔思い〕が有りました。『わたしは、まさに、この無上なる解脱の安楽を、欲するままに得る者として、苦難なく得る者として、困難なく得る者として、〔世に〕有る。ああ、まさに、これらの五百の比丘たちもまた、この無上なる解脱の安楽を、欲するままに得る者たちとして、苦難なく得る者たちとして、困難なく得る者たちとして、〔世に〕存するべきである』と。アーナンダよ、そこで、まさに、それらの五百の比丘たちは、〔静所に〕隠棲し、〔気づきを〕怠らず、熱情ある者たちとなり、自己を精励する者たちとして〔世に〕住んでいると、まさしく、長からずして⸺その義(目的)のために、良家の子息たちが、まさしく、正しく、家から家なきへと出家する、〔まさに〕その、梵行の結末という無上なるものを、まさしく、所見の法(現世)において、自ら、証知して、実証して、成就して、〔世に〕住みました。『生は滅尽し、梵行は完成された。為すべきことは為された。〔もはや〕他に、この場へと〔赴くことは〕ない』と証知しました。
アーナンダよ、かくのごとく、まさに、ガヴェーシンを筆頭とする、それらの五百の比丘たちは、より上にもより上に、より精妙にもより精妙に、努め励みながら、無上なる解脱を実証しました。アーナンダよ、それゆえに、ここに、このように学ぶべきです。『より上にもより上に、より精妙にもより精妙に、努め励みながら、〔わたしたちは〕無上なる解脱を実証するのだ』と。アーナンダよ、まさに、このように、あなたたちは学ぶべきです」と。〔以上が〕第十となる。
在俗信者の章が第三となる。
その〔章〕のための摂頌となる。
〔そこで、詩偈に言う〕「恐れおののき、恐れおののきを離れた者、地獄、怨念、第五のものとして、チャンダーラ、喜悦、商売、王たち、まさしく、そして、在家者があり、ガヴェーシンとともに、〔章となる〕」と。
注釈【0】