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翻訳【17】

結縛の経

「比丘たちよ、五つのものがあります。これらの心の結縛です。どのようなものが、五つのものなのですか。(1)比丘たちよ、ここに、比丘が、諸々の欲望〔の対象〕にたいし、貪り〔の思い〕を離れていない者として〔世に〕有ります⸺欲〔の思い〕を離れ去っていない者として、愛情〔の思い〕を離れ去っていない者として、涸渇〔の思い〕を離れ去っていない者として、苦悶〔の思い〕を離れ去っていない者として、渇愛〔の思い〕を離れ去っていない者として。比丘たちよ、すなわち、その比丘が、諸々の欲望〔の対象〕にたいし、貪り〔の思い〕を離れていない者として〔世に〕有るなら⸺欲〔の思い〕を離れ去っていない者として、愛情〔の思い〕を離れ去っていない者として、涸渇〔の思い〕を離れ去っていない者として、苦悶〔の思い〕を離れ去っていない者として、渇愛〔の思い〕を離れ去っていない者として⸺彼の心は、熱情に、専念に、堅忍に、精励に、傾きません。彼の心が、熱情に、専念に、堅忍に、精励に、傾かないなら、これは、第一の心の結縛です。

(2)比丘たちよ、さらに、また、他に、比丘が、身体にたいし、貪り〔の思い〕を離れていない者として〔世に〕有ります……略……(3)形態にたいし、貪り〔の思い〕を離れていない者として〔世に〕有ります……略……(4)〔欲の思いで〕(目的)とするだけ腹一杯に食べて、横臥の楽しみに、休憩の楽しみに、睡眠の楽しみに、専念する者として〔世に〕住みます。……略……(5)或るどこかの天の衆〔への再生〕を誓願して、梵行を歩みます。『わたしは、この、あるいは、戒によって、あるいは、掟によって、あるいは、苦行によって、あるいは、梵行によって、あるいは、天〔の神〕と成るのだ、あるいは、天〔の神々〕たちの或るひとり(天神の従者)〔成るのだ〕』と。比丘たちよ、すなわち、その比丘が、或るどこかの天の衆〔への再生〕を誓願して、梵行を歩むなら、『わたしは、この、あるいは、戒によって、あるいは、掟によって、あるいは、苦行によって、あるいは、梵行によって、あるいは、天〔の神〕と成るのだ、あるいは、天〔の神々〕たちの或るひとりと〔成るのだ〕』と、彼の心は、熱情に、専念に、堅忍に、精励に、傾きません。彼の心が、熱情に、専念に、堅忍に、精励に、傾かないなら、これは、第五の心の結縛です。比丘たちよ、まさに、これらの五つの心の結縛があります」と。〔以上が〕第六となる。

注釈【0】