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翻訳【13】

第二の神通の足場の経

「比丘たちよ、正覚より、まさしく、過去において、〔いまだ〕現正覚していない、まさしく、菩薩として存しているわたしは、五つの法(性質)を修め、五つの法(性質)を多く為しました。どのようなものが、五つのものなのですか。比丘たちよ、ここに、比丘が、欲〔の思い〕の禅定と精励の形成〔作用〕を具備した神通の足場を修めました。精進の禅定と……。心の禅定と……。考察の禅定と精励の形成〔作用〕を具備した神通の足場を修めました。まさしく、勤勇を、第五のものとして〔修めました〕。比丘たちよ、それで、まさに、わたしは、これらの、勤勇を第五のものとする法(性質)を修め、多く為したことから、証知神知・神通による実証のために、証知によって実証されるべき、その〔法〕その法(性質)に、心を向かわせたなら、気づき〔の場所〕気づきの場所において、まさしく、その場その場において、実証の可能性に至り得ました。

それで、もし、その〔わたし〕が、『無数〔の流儀〕に関した〔種々なる〕神通の種類を体現するのだ。……略……。梵の世に至るまでもまた、身体によって自在に転起させるのだ』と望んだなら、気づき〔の場所〕気づきの場所において、まさしく、その場その場において、実証の可能性に至り得ました。

それで、もし、その〔わたし〕が、『諸々の煩悩の滅尽あることから、煩悩なきものとして、〔止寂の〕心による解脱を、〔観察の〕智慧による解脱を、まさしく、所見の法(現世)において、自ら、証知して、実証して、成就して、〔世に〕住むのだ』と望んだなら、気づき〔の場所〕気づきの場所において、まさしく、その場その場において、実証の可能性に至り得ました」と。〔以上が〕第八となる。

注釈【0】