そこで、まさに、或るひとりの婆羅門が、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を相手に共に挨拶しました。共に挨拶し記憶されるべき話を交わして、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、その婆羅門は、世尊に、こう言いました。
「貴君ゴータマよ、いったい、まさに、一つの法(性質)が存在しますか。〔それが〕修められ、多く為されたなら、それは、両者の義(利益)を正しく収め取って〔世に〕止住します⸺そして、すなわち、所見の法(現世)における義(利益)であり、さらに、すなわち、未来の義(利益)です」と。「婆羅門よ、まさに、一つの法(性質)が存在します。〔それが〕修められ、多く為されたなら、それは、両者の義(利益)を正しく収め取って〔世に〕止住します⸺そして、すなわち、所見の法(現世)における義(利益)であり、さらに、すなわち、未来の義(利益)です」と。
「貴君ゴータマよ、また、どのようなものが、一つの法(性質)なのですか。〔それが〕修められ、多く為されたなら、それは、両者の義(利益)を正しく収め取って〔世に〕止住します⸺そして、すなわち、所見の法(現世)における義(利益)であり、さらに、すなわち、未来の義(利益)です」と。「婆羅門よ、まさに、不放逸が、一つの法(性質)です。〔それが〕修められ、多く為されたなら、両者の義(利益)を正しく収め取って〔世に〕止住します⸺そして、すなわち、所見の法(現世)における義(利益)であり、さらに、すなわち、未来の義(利益)です。
婆羅門よ、それは、たとえば、また、それらが何であれ、陸の命あるものたちの足跡の類であるなら、それらの全てが、象の足跡において結集に赴き、すなわち、この、大きさとしては、象の足跡が、それらのなかの至高のものと告げ知らされるように、婆羅門よ、まさしく、このように、まさに、不放逸が、一つの法(性質)です。〔それが〕修められ、多く為されたなら、両者の義(利益)を正しく収め取って〔世に〕止住します⸺そして、すなわち、所見の法(現世)における義(利益)であり、さらに、すなわち、未来の義(利益)です。
婆羅門よ、それは、たとえば、また、屋頂ある家の、それらが何であれ、諸々の垂木は、それらの全てが、屋頂に至るものであり、屋頂に向かい行くものであり、屋頂に集結するものであり、屋頂が、それらのなかの至高のものと告げ知らされるように、婆羅門よ、まさしく、このように、まさに……略……。
婆羅門よ、それは、たとえば、また、葦の刈り手が、葦を刈って、先端を収め取って、振り落とし、振り払い、振り捨てるように、婆羅門よ、まさしく、このように、まさに……略……。
婆羅門よ、それは、たとえば、また、アンバ〔果〕の房ある茎が切断されたなら、それらが何であれ、茎と連結している諸々のアンバ〔果〕は、それらの全てが、その〔茎〕に付属するものとして有るように、婆羅門よ、まさしく、このように、まさに……略……。
婆羅門よ、それは、たとえば、また、彼らが誰であれ、小なる王たちは、彼らの全てが、転輪王に従い行く者たちと成り、転輪王が、彼らのなかの至高のものと告げ知らされるように、婆羅門よ、まさしく、このように、まさに……略……。
婆羅門よ、それは、たとえば、また、それらが何であれ、諸々の星の形態あるものの光は、それらの全てが、月の光の十六分の一にも値せず、月の光が、それらのなかの至高のものと告げ知らされるように、婆羅門よ、まさしく、このように、まさに、不放逸が、一つの法(性質)です。〔それが〕修められ、多く為されたなら、両者の義(利益)を正しく収め取って〔世に〕止住します⸺そして、すなわち、所見の法(現世)における義(利益)であり、さらに、すなわち、未来の義(利益)です。
婆羅門よ、まさに、これが、一つの法(性質)です。〔それが〕修められ、多く為されたなら、両者の義(利益)を正しく収め取って〔世に〕止住します⸺そして、すなわち、所見の法(現世)における義(利益)であり、さらに、すなわち、未来の義(利益)です」と。
「貴君ゴータマよ、すばらしいことです。貴君ゴータマよ、すばらしいことです。……略……。貴君ゴータマは、わたしを、在俗信者として認めてください⸺今日以後、命ある限り、帰依所に赴いた者として」と。〔以上が〕第十一となる。
注釈【0】