このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、コーサラ〔国〕において、大いなる比丘の僧団と共に、遊行〔の旅〕を歩みながら、ダンダカッパカという名のコーサラ〔国〕の村のあるところに、そこへと至り着きました。そこで、まさに、世尊は、道から外れて、或るどこかの木の根元に設けられた坐に坐りました。そして、それらの比丘たちは、ダンダカッパカ〔村〕に入りました⸺居住所を遍く探し求めるために。
そこで、まさに、尊者アーナンダは、大勢の比丘たちと共に、アチラヴァティー川のあるところに、そこへと近づいて行きました⸺五体を洗い流すために。アチラヴァティー川において、五体を洗い流して、一衣の者となり、〔その場に〕立ちました⸺五体を乾かしながら。そこで、まさに、或るひとりの比丘が、尊者アーナンダのいるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、尊者アーナンダに、こう言いました。「友よ、アーナンダよ、いったい、まさに、どうなのでしょう、心の全てをもって集中して、いったい、まさに、デーヴァダッタは、世尊によって授記されたのですか。『デーヴァダッタは、悪所にある者であり、地獄にある者であり、カッパ(劫:時間の単位・極めて長い時間)のあいだ〔地獄に〕止住する者であり(一劫のあいだ地獄に住む)、治癒なき者である』と。それとも、何らかの或る教相によってですか」と。「友よ、また、まさに、このように、このことはあり、世尊によって授記されたのです」と。
そこで、まさに、尊者アーナンダは、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、尊者アーナンダは、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、今や、わたしは、大勢の比丘たちと共に、アチラヴァティー川のあるところに、そこへと近づいて行きました⸺五体を洗い流すために。アチラヴァティー川において、五体を洗い流して、一衣の者となり、〔その場に〕立ちました⸺五体を乾かしながら。尊き方よ、そこで、まさに、或るひとりの比丘が、わたしのいるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、わたしに、こう言いました。『友よ、アーナンダよ、いったい、まさに、どうなのでしょう、心の全てをもって集中して、いったい、まさに、デーヴァダッタは、世尊によって授記されたのですか。「デーヴァダッタは、悪所にある者であり、地獄にある者であり、カッパのあいだ〔地獄に〕止住する者であり、治癒なき者である」と。それとも、何らかの或る教相によってですか』と。尊き方よ、このように説かれたとき、わたしは、その比丘に、こう言いました。『友よ、また、まさに、このように、このことはあり、世尊によって授記されたのです』」と。
「アーナンダよ、あるいは、まさに、その比丘は、新参者であり、出家したばかりであるか、また、あるいは、愚者にして明敏ならざる長老であるか、〔そのような者として〕有るのでしょう。まさに、どうして、まさに、すなわち、わたしによって、一定して授記されたものが、そこにおいて、二様に惹起するというのでしょう。アーナンダよ、わたしは、すなわち、このように、心をもって、全てに集中して、わたしによって授記された者として、〔これより〕他に、一者の人でさえも、等しく随観することがありません。すなわち、この、デーヴァダッタです。アーナンダよ、さてまた、何はともあれ、わたしが、デーヴァダッタに、たとえ、毛の先端を突き刺すほどのものであれ、白の法(性質)を見たなら、それだけで、わたしは、デーヴァダッタのことを、『デーヴァダッタは、悪所にある者であり、地獄にある者であり、カッパのあいだ〔地獄に〕止住する者であり、治癒なき者である』と授記することは、まさしく、ありませんでした。アーナンダよ、しかしながら、すなわち、まさに、わたしが、デーヴァダッタに、たとえ、毛の先端を突き刺すほどのものであれ、白の法(性質)を見なかったことから、そこで、わたしは、デーヴァダッタのことを、『デーヴァダッタは、悪所にある者であり、地獄にある者であり、カッパのあいだ〔地獄に〕止住する者であり、治癒なき者である』と授記したのです。
アーナンダよ、それは、たとえば、また、糞坑があり、人〔の高さ〕を優に超え、縁まで一杯に糞で満ちているとします。そこに、頭に至るまで潜っている人が存在し、誰かしらの或る者が、彼の、義(利益)を欲し、益を欲し、束縛からの平安を欲し、その糞坑から引き上げることを欲する者として現われるとします。彼は、その糞坑を遍きにわたり歩き回りながら、その人に、毛の先端を突き刺すほどのものであれ、糞にまみれていないところを、まさしく、見ません⸺そこにおいて、彼を掴んで、引き上げようとしても。アーナンダよ、まさしく、このように、まさに、すなわち、わたしが、デーヴァダッタに、たとえ、毛の先端を突き刺すほどのものであれ、白の法(性質)を見なかったことから、そこで、わたしは、デーヴァダッタのことを、『デーヴァダッタは、悪所にある者であり、地獄にある者であり、カッパのあいだ〔地獄に〕止住する者であり、治癒なき者である』と授記したのです。アーナンダよ、それで、もし、あなたたちが聞くであろうなら、如来の、諸々の人の機能についての知恵を、〔わたしは〕区分するでしょう」と。
「世尊よ、このための時です。善き至達者たる方よ、このための時です。すなわち、世尊が、諸々の人の機能についての知恵を区分するなら、世尊の〔言葉を〕聞いて、比丘たちは、〔それを〕保持するでしょう」と。「アーナンダよ、まさに、それでは、聞きなさい。善くしっかりと、意を為しなさい。〔では〕語ります」と。「尊き方よ、わかりました」と、まさに、尊者アーナンダは、世尊に答えました。世尊は、こう言いました。
「(1)アーナンダよ、ここに、わたしは、一部の人のことを、このように、〔自らの〕心をとおして、〔彼の〕心を探知して、〔あるがままに〕覚知します。『まさに、この人には、諸々の善なる法(性質)もまた見出され、諸々の善ならざる法(性質)もまた〔見出される〕』と。〔まさに〕その、この者のことを、他時にあって、このように、〔自らの〕心をとおして、〔彼の〕心を探知して、〔あるがままに〕覚知します。『まさに、この人には、諸々の善なる法(性質)が消没し、諸々の善ならざる法(性質)が面前の状態にある。そして、まさに、彼の善なるものの根元は〔いまだ〕断絶されずに存在し、その善なるもの〔の根元〕から、彼に善なるものが出現するであろう。このように、この人は、未来に、遍き衰退とならない法(性質)ある者と成るであろう』と。アーナンダよ、それは、たとえば、また、破断せず、腐敗せず、熱風に打破されず、しっかりと保管された、諸々の未熟の種が、善き田畑において、完全無欠の行為が為された地面に置かれたとします。アーナンダよ、あなたは知るでしょうか。『これらの種は、増大を〔惹起し〕、成長を〔惹起し〕、広大を惹起するであろう』」と。「尊き方よ、そのとおりです」〔と〕。「アーナンダよ、まさしく、このように、まさに、わたしは、一部の人のことを、このように、〔自らの〕心をとおして、〔彼の〕心を探知して、〔あるがままに〕覚知します。『まさに、この人には、諸々の善なる法(性質)もまた見出され、諸々の善ならざる法(性質)もまた〔見出される〕』と。〔まさに〕その、この者のことを、他時にあって、このように、〔自らの〕心をとおして、〔彼の〕心を探知して、〔あるがままに〕覚知します。『まさに、この人には、諸々の善なる法(性質)が消没し、諸々の善ならざる法(性質)が面前の状態にある。そして、まさに、彼の善なるものの根元は〔いまだ〕断絶されずに存在し、その善なるもの〔の根元〕から、彼に善なるものが出現するであろう。このように、この人は、未来に、遍き衰退とならない法(性質)ある者と成るであろう』と。アーナンダよ、このようにもまた、まさに、如来にとって、人士たる人は、〔自らの〕心をとおして、〔彼の〕心を探知して、見出されたものと成ります。アーナンダよ、このようにもまた、まさに、如来にとって、人の機能についての知恵は、〔自らの〕心をとおして、〔彼の〕心を探知して、見出されたものと成ります。アーナンダよ、このようにもまた、まさに、如来にとって、未来における法(性質)の集起は、〔自らの〕心をとおして、〔彼の〕心を探知して、見出されたものと成ります。
(2)アーナンダよ、また、ここに、わたしは、一部の人のことを、このように、〔自らの〕心をとおして、〔彼の〕心を探知して、〔あるがままに〕覚知します。『まさに、この人には、諸々の善なる法(性質)もまた見出され、諸々の善ならざる法(性質)もまた〔見出される〕』と。〔まさに〕その、この者のことを、他時にあって、このように、〔自らの〕心をとおして、〔彼の〕心を探知して、〔あるがままに〕覚知します。『まさに、この人には、諸々の善ならざる法(性質)が消没し、諸々の善なる法(性質)が面前の状態にある。そして、まさに、彼の善ならざるものの根元は〔いまだ〕断絶されずに存在し、その善ならざるもの〔の根元〕から、彼に善ならざるものが出現するであろう。このように、この人は、未来に、遍き衰退となる法(性質)ある者と成るであろう』と。アーナンダよ、それは、たとえば、また、破断せず、腐敗せず、熱風に打破されず、しっかりと保管された、諸々の未熟の種が、広々とした岩盤のうえに置かれたとします。アーナンダよ、あなたは知るでしょうか。『これらの種は、増大を〔惹起しないであろうし〕、成長を〔惹起しないであろうし〕、広大を惹起しないであろう』」と。「尊き方よ、そのとおりです」〔と〕。「アーナンダよ、まさしく、このように、まさに、わたしは、一部の人のことを、このように、〔自らの〕心をとおして、〔彼の〕心を探知して、〔あるがままに〕覚知します。『まさに、この人には、諸々の善なる法(性質)もまた見出され、諸々の善ならざる法(性質)もまた〔見出される〕』と。〔まさに〕その、この者のことを、他時にあって、このように、〔自らの〕心をとおして、〔彼の〕心を探知して、〔あるがままに〕覚知します。『まさに、この人には、諸々の善ならざる法(性質)が消没し、諸々の善なる法(性質)が面前の状態にある。そして、まさに、彼の善ならざるものの根元は〔いまだ〕断絶されずに存在し、その善ならざるもの〔の根元〕から、彼に善ならざるものが出現するであろう。このように、この人は、未来に、遍き衰退となる法(性質)ある者と成るであろう』と。アーナンダよ、このようにもまた、まさに、如来にとって、人士たる人は、〔自らの〕心をとおして、〔彼の〕心を探知して、見出されたものと成ります。アーナンダよ、このようにもまた、まさに、如来にとって、人の機能についての知恵は、〔自らの〕心をとおして、〔彼の〕心を探知して、見出されたものと成ります。アーナンダよ、このようにもまた、まさに、如来にとって、未来における法(性質)の集起は、〔自らの〕心をとおして、〔彼の〕心を探知して、見出されたものと成ります。
(3)アーナンダよ、また、ここに、わたしは、一部の人のことを、このように、〔自らの〕心をとおして、〔彼の〕心を探知して、〔あるがままに〕覚知します。『まさに、この人には、諸々の善なる法(性質)もまた見出され、諸々の善ならざる法(性質)もまた〔見出される〕』と。〔まさに〕その、この者のことを、他時にあって、このように、〔自らの〕心をとおして、〔彼の〕心を探知して、〔あるがままに〕覚知します。『この人には、毛の先端を突き刺すほどのものであれ、白の法(性質)は存在しない。諸々の絶対的に黒にして善ならざる法(性質)を具備した者として、この人は、身体の破壊ののち、死後において、悪所に、悪趣に、堕所に、地獄に、再生するであろう』と。アーナンダよ、それは、たとえば、また、破断し、腐敗し、熱風に打破された、諸々の種が、善き田畑において、完全無欠の行為が為された地面に置かれたとします。アーナンダよ、あなたは知るでしょうか。『これらの種は、増大を〔惹起しないであろうし〕、成長を〔惹起しないであろうし〕、広大を惹起しないであろう』」と。「尊き方よ、そのとおりです」〔と〕。「アーナンダよ、まさしく、このように、まさに、わたしは、一部の人のことを、このように、〔自らの〕心をとおして、〔彼の〕心を探知して、〔あるがままに〕覚知します。『まさに、この人には、諸々の善なる法(性質)もまた見出され、諸々の善ならざる法(性質)もまた〔見出される〕』と。〔まさに〕その、この者のことを、他時にあって、このように、〔自らの〕心をとおして、〔彼の〕心を探知して、〔あるがままに〕覚知します。『この人には、毛の先端を突き刺すほどのものであれ、白の法(性質)は存在しない。諸々の絶対的に黒にして善ならざる法(性質)を具備した者として、この人は、身体の破壊ののち、死後において、悪所に、悪趣に、堕所に、地獄に、再生するであろう』と。アーナンダよ、このようにもまた、まさに、如来にとって、人士たる人は、〔自らの〕心をとおして、〔彼の〕心を探知して、見出されたものと成ります。アーナンダよ、このようにもまた、まさに、如来にとって、人の機能についての知恵は、〔自らの〕心をとおして、〔彼の〕心を探知して、見出されたものと成ります。アーナンダよ、このようにもまた、まさに、如来にとって、未来における法(性質)の集起は、〔自らの〕心をとおして、〔彼の〕心を探知して、見出されたものと成ります」と。
このように説かれたとき、尊者アーナンダは、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、いったい、まさに、これらの三つの人たちの他にもまた、三つの人たちを、相似を有するものとして報知することができますか」と。「アーナンダよ、できます」と、世尊は言いました。(4)アーナンダよ、ここに、わたしは、一部の人のことを、このように、〔自らの〕心をとおして、〔彼の〕心を探知して、〔あるがままに〕覚知します。『まさに、この人には、諸々の善なる法(性質)もまた見出され、諸々の善ならざる法(性質)もまた〔見出される〕』と。〔まさに〕その、この者のことを、他時にあって、このように、〔自らの〕心をとおして、〔彼の〕心を探知して、〔あるがままに〕覚知します。『まさに、この人には、諸々の善なる法(性質)が消没し、諸々の善ならざる法(性質)が面前の状態にある。そして、まさに、彼の善なるものの根元は〔いまだ〕断絶されずに存在するも、それもまた、全てもろともに、全てが根絶に赴く。このように、この人は、未来に、遍き衰退となる法(性質)ある者と成るであろう』と。アーナンダよ、それは、たとえば、また、燃え盛り、光り輝き、光を有するものと成った、諸々の炭が、広々とした岩盤のうえに置かれたとします。アーナンダよ、あなたは知るでしょうか。『これらの炭は、増大を〔惹起しないであろうし〕、成長を〔惹起しないであろうし〕、広大を惹起しないであろう』」と。「尊き方よ、そのとおりです」〔と〕。「アーナンダよ、また、あるいは、それは、たとえば、また、夕刻時に、太陽が沈み行くときのようなものです。アーナンダよ、あなたは知るでしょうか。『光明が消没するであろうし、暗黒が出現するであろう』」と。「尊き方よ、そのとおりです」〔と〕。「アーナンダよ、また、あるいは、それは、たとえば、また、夜半近く、食事時の時分におけるようなものです。アーナンダよ、あなたは知るでしょうか。『光明は消没し、暗黒が出現している』」と。「尊き方よ、そのとおりです」〔と〕。「アーナンダよ、まさしく、このように、まさに、わたしは、一部の人のことを、このように、〔自らの〕心をとおして、〔彼の〕心を探知して、〔あるがままに〕覚知します。『まさに、この人には、諸々の善なる法(性質)もまた見出され、諸々の善ならざる法(性質)もまた〔見出される〕』と。〔まさに〕その、この者のことを、他時にあって、このように、〔自らの〕心をとおして、〔彼の〕心を探知して、〔あるがままに〕覚知します。『まさに、この人には、諸々の善なる法(性質)が消没し、諸々の善ならざる法(性質)が面前の状態にある。そして、まさに、彼の善なるものの根元は〔いまだ〕断絶されずに存在するも、それもまた、全てもろともに、全てが根絶に赴く。このように、この人は、未来に、遍き衰退となる法(性質)ある者と成るであろう』と。アーナンダよ、このようにもまた、まさに、如来にとって、人士たる人は、〔自らの〕心をとおして、〔彼の〕心を探知して、見出されたものと成ります。アーナンダよ、このようにもまた、まさに、如来にとって、人の機能についての知恵は、〔自らの〕心をとおして、〔彼の〕心を探知して、見出されたものと成ります。アーナンダよ、このようにもまた、まさに、如来にとって、未来における法(性質)の集起は、〔自らの〕心をとおして、〔彼の〕心を探知して、見出されたものと成ります。
(5)アーナンダよ、また、ここに、わたしは、一部の人のことを、このように、〔自らの〕心をとおして、〔彼の〕心を探知して、〔あるがままに〕覚知します。『まさに、この人には、諸々の善なる法(性質)もまた見出され、諸々の善ならざる法(性質)もまた〔見出される〕』と。〔まさに〕その、この者のことを、他時にあって、このように、〔自らの〕心をとおして、〔彼の〕心を探知して、〔あるがままに〕覚知します。『まさに、この人には、諸々の善ならざる法(性質)が消没し、諸々の善なる法(性質)が面前の状態にある。そして、まさに、彼の善ならざるものの根元は〔いまだ〕断絶されずに存在するも、それもまた、全てもろともに、全てが根絶に赴く。このように、この人は、未来に、遍き衰退とならない法(性質)ある者と成るであろう』と。アーナンダよ、それは、たとえば、また、燃え盛り、光り輝き、光を有するものと成った、諸々の炭が、乾いた、あるいは、草の堆積のうえに、あるいは、薪の堆積のうえに、置かれたとします。アーナンダよ、あなたは知るでしょうか。『これらの炭は、増大を〔惹起し〕、成長を〔惹起し〕、広大を惹起するであろう』」と。「尊き方よ、そのとおりです」〔と〕。「アーナンダよ、また、あるいは、それは、たとえば、また、夜明けの早朝に、太陽が昇り行くときのようなものです。アーナンダよ、あなたは知るでしょうか。『暗黒が消没するであろうし、光明が出現するであろう』」と。「尊き方よ、そのとおりです」〔と〕。「アーナンダよ、また、あるいは、それは、たとえば、また、正午近く、食事時の時分におけるようなものです。アーナンダよ、あなたは知るでしょうか。『暗黒は消没し、光明が出現している』」と。「尊き方よ、そのとおりです」〔と〕。「アーナンダよ、まさしく、このように、まさに、わたしは、一部の人のことを、このように、〔自らの〕心をとおして、〔彼の〕心を探知して、〔あるがままに〕覚知します。『まさに、この人には、諸々の善なる法(性質)もまた見出され、諸々の善ならざる法(性質)もまた〔見出される〕』と。〔まさに〕その、この者のことを、他時にあって、このように、〔自らの〕心をとおして、〔彼の〕心を探知して、〔あるがままに〕覚知します。『まさに、この人には、諸々の善ならざる法(性質)が消没し、諸々の善なる法(性質)が面前の状態にある。そして、まさに、彼の善ならざるものの根元は〔いまだ〕断絶されずに存在するも、それもまた、全てもろともに、全てが根絶に赴く。このように、この人は、未来に、遍き衰退とならない法(性質)ある者と成るであろう』と。アーナンダよ、このようにもまた、まさに、如来にとって、人士たる人は、〔自らの〕心をとおして、〔彼の〕心を探知して、見出されたものと成ります。アーナンダよ、このようにもまた、まさに、如来にとって、人の機能についての知恵は、〔自らの〕心をとおして、〔彼の〕心を探知して、見出されたものと成ります。アーナンダよ、このようにもまた、まさに、如来にとって、未来における法(性質)の集起は、〔自らの〕心をとおして、〔彼の〕心を探知して、見出されたものと成ります。
(6)アーナンダよ、また、ここに、わたしは、一部の人のことを、このように、〔自らの〕心をとおして、〔彼の〕心を探知して、〔あるがままに〕覚知します。『まさに、この人には、諸々の善なる法(性質)もまた見出され、諸々の善ならざる法(性質)もまた〔見出される〕』と。〔まさに〕その、この者のことを、他時にあって、このように、〔自らの〕心をとおして、〔彼の〕心を探知して、〔あるがままに〕覚知します。『この人には、毛の先端を突き刺すほどのものであれ、善ならざる法(性質)は存在しない。諸々の絶対的に白にして罪過なき法(性質)を具備した者として、この人は、まさしく、所見の法(現世)において、完全なる涅槃に到達するであろう』と。アーナンダよ、それは、たとえば、また、冷たく、消えた、諸々の炭が、乾いた、あるいは、草の堆積のうえに、あるいは、薪の堆積のうえに、置かれたとします。アーナンダよ、あなたは知るでしょうか。『これらの炭は、増大を〔惹起しないであろうし〕、成長を〔惹起しないであろうし〕、広大を惹起しないであろう』」と。「尊き方よ、そのとおりです」〔と〕。「アーナンダよ、まさしく、このように、まさに、わたしは、一部の人のことを、このように、〔自らの〕心をとおして、〔彼の〕心を探知して、〔あるがままに〕覚知します。『まさに、この人には、諸々の善なる法(性質)もまた見出され、諸々の善ならざる法(性質)もまた〔見出される〕』と。〔まさに〕その、この者のことを、他時にあって、このように、〔自らの〕心をとおして、〔彼の〕心を探知して、〔あるがままに〕覚知します。『この人には、毛の先端を突き刺すほどのものであれ、善ならざる法(性質)は存在しない。諸々の絶対的に白にして罪過なき法(性質)を具備した者として、この人は、まさしく、所見の法(現世)において、完全なる涅槃に到達するであろう』と。アーナンダよ、このようにもまた、まさに、如来にとって、人士たる人は、〔自らの〕心をとおして、〔彼の〕心を探知して、見出されたものと成ります。アーナンダよ、このようにもまた、まさに、如来にとって、人の機能についての知恵は、〔自らの〕心をとおして、〔彼の〕心を探知して、見出されたものと成ります。アーナンダよ、このようにもまた、まさに、如来にとって、未来における法(性質)の集起は、〔自らの〕心をとおして、〔彼の〕心を探知して、見出されたものと成ります。
アーナンダよ、そこで、すなわち、それらの前の三つの人たちですが、それらの三つの人たちのなか、一者は遍き衰退とならない法(性質)ある者であり、一者は遍き衰退となる法(性質)ある者であり、一者は悪所にある者であり、地獄にある者です。アーナンダよ、そこで、すなわち、これらの後の三つの人たちですが、これらの三つの人たちのなか、一者は遍き衰退となる法(性質)ある者であり、一者は遍き衰退とならない法(性質)ある者であり、一者は完全なる涅槃の法(性質)ある者です」と。〔以上が〕第八となる。
注釈【0】