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翻訳【14】

ナンダマータルの経

このように、わたしは聞きました。或る時のことです。かつまた、尊者サーリプッタは、かつまた、尊者マハー・モッガッラーナは、ダッキナーギリにおいて、大いなる比丘の僧団と共に、遊行〔の旅〕を歩んでいます。また、まさに、その時点にあって、ヴェールカンダ〔の住者〕たるナンダマータル女性在俗信者が、夜の早朝の時分に起きて、「彼岸に至るもの」(スッタニパータ第五章)を音読します。

また、まさに、その時点にあって、ヴェッサヴァナ大王毘沙門天が、北の方角から南の方角に赴きます⸺何らかの或る用事があって。まさに、ヴェッサヴァナ大王は、ヴェールカンダ〔の住者〕たるナンダマータル女性在俗信者の⸺夜の早朝の時分に起きて、「彼岸に至るもの」を音読している〔彼女〕の⸺〔その声を〕聞きました。聞いて、話の終了を待ちながら、〔その場に〕立ちました。

そこで、まさに、ナンダマータル女性在俗信者は、「彼岸に至るもの」を音読して、沈黙の者と成りました。そこで、まさに、ヴェッサヴァナ大王は、ナンダマータル女性在俗信者の話の終了を知って、大いに随喜しました。「姉妹よ、善きかな。姉妹よ、善きかな」と。「また、誰なのですか、この幸顔なる方は」と。「姉妹よ、わたしは、あなたの兄弟である、ヴェッサヴァナ大王です」と。「幸顔なる方よ、善きかな。まさに、それでは、すなわち、わたしが話した、この法(教え)の教相が、これが、あなたへの贈物と成れ」と。「姉妹よ、善きかな。まさしく、さらに、これも、わたしへの贈物と成れ。まさしく、明日、サーリプッタとモッガッラーナを筆頭とする比丘の僧団が、朝食を為さずに、ヴェールカンダ〔村〕にやってきます。そして、その比丘の僧団に給仕して、わたしのためにと、施物を献じるのです。まさしく、さらに、これも、わたしへの贈物と成るでしょう」と。

そこで、まさに、ナンダマータル女性在俗信者は、その夜が明けると、自らの住居地において、上質の固形の食料や軟らかい食料を準備しました。そこで、まさに、サーリプッタとモッガッラーナを筆頭とする比丘の僧団が、朝食を為さずに、ヴェールカンダ〔村〕のあるところに、そこへと至り着きました。そこで、まさに、ナンダマータル女性在俗信者は、或るひとりの下僕に告げました。「さて、下僕よ、さあ、あなたは、林園に赴いて、比丘の僧団に、時を告げなさい。『尊き方たちよ、時です。貴婦ナンダマータルの住居地において、食事ができました』」と。「尊貴なる方よ、わかりました」と、まさに、その下僕は、ナンダマータル女性在俗信者に答えて、林園に赴いて、比丘の僧団に、時を告げました。「尊き方たちよ、時です。貴婦ナンダマータルの住居地において、食事ができました」と。そこで、まさに、サーリプッタとモッガッラーナを筆頭とする比丘の僧団は、早刻時に、着衣して鉢と衣料を取って、ナンダマータル女性在俗信者の住居地のあるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、設けられた坐に坐りました。そこで、まさに、ナンダマータル女性在俗信者は、サーリプッタとモッガッラーナを筆頭とする比丘の僧団を、上質の固形の食料や軟らかい食料で満足させ、自らの手で給仕しました。

そこで、まさに、ナンダマータル女性在俗信者は、尊者サーリプッタが食事を終え、鉢から手を離すと、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、ナンダマータル女性在俗信者に、尊者サーリプッタは、こう言いました。「ナンダマータルよ、また、誰が、あなたに、比丘の僧団の到来を告げたのですか」と。

(1)「尊き方よ、ここに、わたしは、夜の早朝の時分に起きて、『彼岸に至るもの』を音読して、沈黙の者と成りました。尊き方よ、そこで、まさに、ヴェッサヴァナ大王が、わたしの話の終了を知って、大いに随喜しました。『姉妹よ、善きかな。姉妹よ、善きかな』と。『また、誰なのですか、この幸顔なる方は』と。『姉妹よ、わたしは、あなたの兄弟である、ヴェッサヴァナ大王です』と。『幸顔なる方よ、善きかな。まさに、それでは、すなわち、わたしが話した、この法(教え)の教相が、これが、あなたへの贈物と成れ』と。『姉妹よ、善きかな。まさしく、さらに、これも、わたしへの贈物と成れ。まさしく、明日、サーリプッタとモッガッラーナを筆頭とする比丘の僧団が、朝食を為さずに、ヴェールカンダ〔村〕にやってきます。そして、その比丘の僧団に給仕して、わたしのためにと、施物を献じるのです。まさしく、さらに、これも、わたしへの贈物と成るでしょう』と。尊き方よ、すなわち、この、布施において、そして、功徳があり、さらに、功徳の大地があるなら、それは、ヴェッサヴァナ大王にとって、安楽のために成れ」と。

「ナンダマータルよ、めったにないことです。ナンダマータルよ、はじめてのことです。なぜなら、そこで、まさに、このように大いなる神通があり、このように大いなる威力がある、天子のヴェッサヴァナ大王と、面前で会話するとは」と。

(2)「尊き方よ、まさに、わたしにとって、これだけが、めったにないはじめての法(性質)ではありません。わたしには、他にもまた、めったにないはじめての法(性質)が存在します。尊き方よ、ここに、わたしには、ナンダという名の愛らしく意に適う独り子があり、彼を、王の者たちが、何らかの或る名目のもとに、無理やり連れ去って、生命を奪いました。尊き方よ、また、まさに、その少年が、あるいは、捕らえられたときも、あるいは、捕らえられつつあるときも、あるいは、打たれたときも、あるいは、打たれつつあるときも、あるいは、殺されたときも、あるいは、殺されつつあるときも、わたしは、心の他化を証知しません(平静を保ち不動だった)」と。「ナンダマータルよ、めったにないことです。ナンダマータルよ、はじめてのことです。なぜなら、そこで、まさに、心の生起をもまた完全に清めるとは」と。

(3)「尊き方よ、まさに、わたしにとって、これだけが、めったにないはじめての法(性質)ではありません。わたしには、他にもまた、めったにないはじめての法(性質)が存在します。尊き方よ、ここに、わたしには、命を終え或るどこかの夜叉の胎に再生した夫があり、その〔夫〕が、わたしのもとに、まさしく、彼の以前の自己状態(個我的あり方・身体)で出現しました。尊き方よ、また、まさに、わたしは、それを因縁として、心の他化を証知しません」と。「ナンダマータルよ、めったにないことです。ナンダマータルよ、はじめてのことです。なぜなら、そこで、まさに、心の生起をもまた完全に清めるとは」と。

(4)「尊き方よ、まさに、わたしにとって、これだけが、めったにないはじめての法(性質)ではありません。わたしには、他にもまた、めったにないはじめての法(性質)が存在します。尊き方よ、すなわち、少女のわたしが、まさしく、少年の夫のもとに嫁いだあと、夫に、意によってであろうが、背いたことを証知しません(記憶しない)。また、どうして、身体によって〔背いたことがあるというのでしょう〕」と。「ナンダマータルよ、めったにないことです。ナンダマータルよ、はじめてのことです。なぜなら、そこで、まさに、心の生起をもまた完全に清めるとは」と。

(5)「尊き方よ、まさに、わたしにとって、これだけが、めったにないはじめての法(性質)ではありません。わたしには、他にもまた、めったにないはじめての法(性質)が存在します。尊き方よ、すなわち、女性在俗信者のわたしが懺悔したとき、何であれ、学びの境処(戒律)に、思弁して〔そののち〕違犯したこと(意図的な破戒)を証知しません」と。「ナンダマータルよ、めったにないことです。ナンダマータルよ、はじめてのことです。なぜなら、そこで、まさに、心の生起をもまた完全に清めるとは」と。

(6)「尊き方よ、まさに、わたしにとって、これだけが、めったにないはじめての法(性質)ではありません。わたしには、他にもまた、めったにないはじめての法(性質)が存在します。尊き方よ、ここに、わたしは、〔自らが〕望む、まさしく、そのかぎりにおいて、まさしく、諸々の欲望〔の対象〕から離れて、諸々の善ならざる法(性質)から離れて、〔粗雑なる〕思考を有し有尋〔微細なる〕想念を有し有伺、遠離から生じる喜悦と安楽喜楽がある、第一の瞑想初禅第一禅を成就して〔世に〕住みます。〔粗雑なる〕思考と〔微細なる〕想念の寂止あることから、内なる清信あり、心の専一なる状態あり、思考なく無尋、想念なく無伺、禅定から生じる喜悦と安楽がある、第二の瞑想第二禅を成就して〔世に〕住みます。さらに、喜悦の離貪あることから、そして、放捨の者として〔世に〕住み、かつまた、気づきと正知の者として〔世に住み〕、そして、身体による安楽を得知し、すなわち、その者のことを、聖者たちが、『放捨の者であり、気づきある者であり、安楽の住ある者である』と告げ知らせるところの、第三の瞑想第三禅を成就して〔世に〕住みます。かつまた、安楽の捨棄あることから、かつまた、苦痛の捨棄あることから、まさしく、過去において、悦意と失意の滅至あることから、苦でもなく楽でもない、放捨による気づきの完全なる清浄たる、第四の瞑想第四禅を成就して〔世に〕住みます」と。「ナンダマータルよ、めったにないことです。ナンダマータルよ、はじめてのことです」と。

(7)「尊き方よ、まさに、わたしにとって、これだけが、めったにないはじめての法(性質)ではありません。わたしには、他にもまた、めったにないはじめての法(性質)が存在します。尊き方よ、すなわち、これらの五つの下なる域に束縛するものが、世尊によって説示されました。それらのなかで捨棄されていないものを、何であれ、わたしのうちに等しく随観しません」と。「ナンダマータルよ、めったにないことです。ナンダマータルよ、はじめてのことです」と。

そこで、まさに、尊者サーリプッタは、ナンダマータル女性在俗信者に、法(教え)の講話によって、〔教えを〕見示し、受持させ、激励し、感動させて、坐から立ち上がって、立ち去った、ということです。〔以上が〕第十となる。

大いなる祭祀の章が第五となる。

その〔章〕のための摂頌となる。

〔そこで、詩偈に言う〕「そして、止住、必需品、二つの火、さらに、他に、二つの表象、淫事、束縛するもの、布施があり、ナンダマータルとともに、それらの十がある」と。

第一の五十なるものは〔以上で〕完結となる。

注釈【0】