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翻訳【18】

忿激する者の経

「比丘たちよ、七つのものがあります。これらの法(性質)が、敵の欲するものとして、敵の〔利益を〕作り為すものとして、忿激する者に⸺あるいは、女であれ、あるいは、男であれ⸺やってきます。どのようなものが、七つのものなのですか。比丘たちよ、ここに、敵は、敵に、このように求めます。『ああ、まさに、この者は、悪しき色艶の者として存するべきである』と。それは、何を因とするのですか。比丘たちよ、敵は、敵の色艶あることを喜ばないからです。比丘たちよ、忿激する者としてある、この人士たる人は、忿激〔の思い〕に征服された者であり、忿激〔の思い〕に打ち負かされた者であり、たとえ、何であれ、彼が、善く沐浴し、善く塗油し、髪と髭を整え、白い衣をまとう者と成るも、そこで、まさに、彼は、忿激〔の思い〕に征服された者としてあり、まさしく、悪しき色艶の者と成ります。比丘たちよ、この第一の法(性質)が、敵の欲するものとして、敵の〔利益を〕作り為すものとして、忿激する者に⸺あるいは、女であれ、あるいは、男であれ⸺やってきます。

比丘たちよ、さらに、また、他に、敵は、敵に、このように求めます。『ああ、まさに、この者は、苦痛のうちに臥すべきである』と。それは、何を因とするのですか。比丘たちよ、敵は、敵が安楽のうちに臥ことを喜ばないからです。比丘たちよ、忿激する者としてある、この人士たる人は、忿激〔の思い〕に征服された者であり、忿激〔の思い〕に打ち負かされた者であり、たとえ、何であれ、彼が、毛布が敷かれ、敷布が敷かれ、綿布が敷かれ、カダリー鹿の最も優れた敷物があり、天蓋を有し、両端に赤い枕がある、寝台に臥すも、そこで、まさに、彼は、忿激〔の思い〕に征服された者としてあり、まさしく、苦痛のうちに臥します。比丘たちよ、この第二の法(性質)が、敵の欲するものとして、敵の〔利益を〕作り為すものとして、忿激する者に⸺あるいは、女であれ、あるいは、男であれ⸺やってきます。

比丘たちよ、さらに、また、他に、敵は、敵に、このように求めます。『ああ、まさに、この者は、多岐にわたる義(利益)ある者として存するべきにあらず』と。それは、何を因とするのですか。比丘たちよ、敵は、敵に多岐にわたる義(利益)あることを喜ばないからです。比丘たちよ、忿激する者としてある、この人士たる人は、忿激〔の思い〕に征服された者であり、忿激〔の思い〕に打ち負かされた者であり、たとえ、義(利益)ならざるものを収め取っても、『わたしによって、義(利益)が収め取られた』と思い、たとえ、義(利益)を収め取っても、『わたしによって、義(利益)ならざるものが収め取られた』と思います。彼の、これらの法(性質)は、互いに他と正反対に収め取られ、忿激〔の思い〕に征服された者にとって、長夜にわたり、利益ならざるもののために、苦痛のために、等しく転起します。比丘たちよ、この第三の法(性質)が、敵の欲するものとして、敵の〔利益を〕作り為すものとして、忿激する者に⸺あるいは、女であれ、あるいは、男であれ⸺やってきます。

比丘たちよ、さらに、また、他に、敵は、敵に、このように求めます。『ああ、まさに、この者は、財物ある者として存するべきにあらず』と。それは、何を因とするのですか。比丘たちよ、敵は、敵の財物あることを喜ばないからです。比丘たちよ、忿激する者としてある、この人士たる人は、忿激〔の思い〕に征服された者であり、忿激〔の思い〕に打ち負かされた者であり、たとえ、彼に、すなわち、それらの財物が有り、奮起と精進によって到達し、腕の力によって遍く蓄積され、汗が流され、法(正義)にかない、法(正義)によって得たものであれ、忿激〔の思い〕に征服された者の、それら〔の財物〕をもまた、王たちは、王の蔵に運び入れます。比丘たちよ、この第四の法(性質)が、敵の欲するものとして、敵の〔利益を〕作り為すものとして、忿激する者に⸺あるいは、女であれ、あるいは、男であれ⸺やってきます。

比丘たちよ、さらに、また、他に、敵は、敵に、このように求めます。『ああ、まさに、この者は、盛名ある者として存するべきにあらず』と。それは、何を因とするのですか。比丘たちよ、敵は、敵の盛名あることを喜ばないからです。比丘たちよ、忿激する者としてある、この人士たる人は、忿激〔の思い〕に征服された者であり、忿激〔の思い〕に打ち負かされた者であり、たとえ、彼に、すなわち、その盛名が有り、不放逸によって到達したものであれ、忿激〔の思い〕に征服された者は、その〔盛名〕からもまた転落します。比丘たちよ、この第五の法(性質)が、敵の欲するものとして、敵の〔利益を〕作り為すものとして、忿激する者に⸺あるいは、女であれ、あるいは、男であれ⸺やってきます。

比丘たちよ、さらに、また、他に、敵は、敵に、このように求めます。『ああ、まさに、この者は、朋友ある者として存するべきにあらず』と。それは、何を因とするのですか。比丘たちよ、敵は、敵の朋友あることを喜ばないからです。比丘たちよ、忿激する者としてある、この人士たる人は、忿激〔の思い〕に征服された者であり、忿激〔の思い〕に打ち負かされた者であり、たとえ、彼に、すなわち、それらの、朋友や僚友たちが〔有り〕、親族や血縁たちが有るも、忿激〔の思い〕に征服された者を、それらの者たちもまた、遠く離れて遍く避けます。比丘たちよ、この第六の法(性質)が、敵の欲するものとして、敵の〔利益を〕作り為すものとして、忿激する者に⸺あるいは、女であれ、あるいは、男であれ⸺やってきます。

比丘たちよ、さらに、また、他に、敵は、敵に、このように求めます。『ああ、まさに、この者は、身体の破壊ののち、死後において、悪所に、悪趣に、堕所に、地獄に、再生するべきである』と。それは、何を因とするのですか。比丘たちよ、敵は、敵が善趣に赴くことを喜ばないからです。比丘たちよ、忿激する者としてある、この人士たる人は、忿激〔の思い〕に征服された者であり、忿激〔の思い〕に打ち負かされた者であり、身体による悪しき行ないを行ない、言葉による悪しき行ないを行ない、意による悪しき行ないを行ないます。彼は、身体による悪しき行ないを行なって、言葉による……略……忿激〔の思い〕に征服された者は、身体の破壊ののち、死後において、悪所に、悪趣に、堕所に、地獄に、再生します。比丘たちよ、この第七の法(性質)が、敵の欲するものとして、敵の〔利益を〕作り為すものとして、忿激する者に⸺あるいは、女であれ、あるいは、男であれ⸺やってきます。比丘たちよ、まさに、これらの七つの法(性質)が、敵の欲するものとして、敵の〔利益を〕作り為すものとして、忿激する者に⸺あるいは、女であれ、あるいは、男であれ⸺やってきます。

〔そこで、詩偈に言う〕「忿激する者は、悪しき色艶の者と成る。そこで、また、彼は、苦痛のうちに臥す。そこで、義(利益)を収め取っても、義(利益)ならざるものに至り着く。

そののち、忿激する者は、身体によって、言葉によって、殺戮を為して、忿激〔の思い〕に征服された人は、財の衰退に遭遇する。

忿激の驕慢に驕慢した者は、盛名なきに遭遇する。親族と朋友たちは、さらに、知人たちは、忿激する者を遍く避ける。

(道理)ならざるものを生むのが、忿激〔の思い〕である。〔人の〕心を乱すのが、忿激〔の思い〕である。〔心の〕内から生じた恐怖を、それを、人は覚らない。

忿激した者は、義(道理)を知らない。忿激した者は、法(真理)を見ない。すなわち、人を、忿激〔の思い〕が打ち負かすなら、そのとき、暗愚の闇と成る。

為し難いようで為し易く、忿激〔の思い〕が、彼を破滅させるなら、のちに、彼は、忿激〔の思い〕が離れ去ったとき、火に焼かれたように悩み苦しむ。

煙ある火が煙を〔出す〕ように、茫然自失〔の姿〕を見示する⸺すなわち、忿激〔の思い〕が広がることから、それによって、人間たちが憤激するなら。

彼に、恥〔の思い〕がなく、〔良心の〕咎めがなく、言葉が尊重〔の思い〕なく有るなら、忿激〔の思い〕に征服された者に、〔依り所となる〕洲は、何ひとつ有りはしない。

諸々の悩み苦しめられるべき行為を、すなわち、諸々の法(教え)から遠く離れてある、それら〔の行為〕を、〔あなたたちに〕告げるであろう。それを聞きなさい⸺真実のとおりに。

まさに、忿激した者は、父を殺す。忿激した者は、自らの母を殺す。まさに、忿激した者は、婆羅門を殺す。忿激した者は、凡夫を殺す。

すなわち、母によって、人は養われ、この世を注視する。命を与える者として存している、その〔母〕をもまた、忿激した凡夫は殺す。

まさに、自己の如き者たちとして、それらの有情たちはある。なぜなら、最高に愛しいものとして、自己はあるからである。種々なる形態にたいし耽溺し忿激した者は、多々に自己を殺す。

剣で自己を殺す。耽溺する者たちは、毒を喰らう。縄で縛って死ぬ。山からもまた峡谷に〔飛び降りる〕

生類を殺し、さらに、自己を死なせる、諸々の行為を為しながら、〔耽溺する者たちは〕覚らない⸺『忿激〔の思い〕が生じた者は、滅びの者である』〔と〕

かくのごとく、これは、忿激の形態をもって胸に臥す、死魔の罠である。それを、調御によって、智慧と精進によって、〔正しい〕見解によって、断絶するべきである。

すなわち、この善ならざるものを、賢者が断絶するように、まさしく、そのように、法(教え)において学ぶべきである。わたしたちに、茫然自失〔の思い〕が有ってはならない。

忿激〔の思い〕を離れ、〔所作に〕苦労なき者たち⸺貪欲〔の思い〕を離れ、思い入れなき者たち⸺〔自己が〕調御された者たちは、忿激〔の思い〕を捨棄して、煩悩なき者たちとなり、完全なる涅槃に到達する」と。

〔以上が〕第十一となる。

説き明かされないものの章が第六となる。

その〔章〕のための摂頌となる。

〔そこで、詩偈に言う〕「説き明かされないもの、人の境遇、ティッサ、シーハ、守護されようもないもの、キミラ、七つのものと居眠り、慈愛、妻、忿激があり、〔それらの〕十一がある」と。

注釈【0】