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翻訳【17】

智慧の経

「比丘たちよ、これらの、八つのものを因として、八つのものを縁として、初等の梵行たる智慧の、〔いまだ〕獲得していないものの獲得のために、〔すでに〕獲得しているものの、より一層の状態のために、広大のために、修行の円満成就のために、等しく転起します。どのようなものが、八つのものなのですか。(1)比丘たちよ、ここに、比丘が、教師に⸺あるいは、導師の地位にあり梵行を共にする或る誰かに⸺依拠して〔世に〕住み、そこにおいて、彼に、強き恥〔の思い〕と良心〔の咎め〕が⸺そして、愛慕〔の思い〕が、さらに、尊重〔の思い〕が⸺現起されたものとして有ります。比丘たちよ、これが、第一の因として、第一の縁として、初等の梵行たる智慧の、〔いまだ〕獲得していないものの獲得のために、〔すでに〕獲得しているものの、より一層の状態のために、広大のために、修行の円満成就のために、等しく転起します。

(2)その〔比丘〕が、その教師に⸺あるいは、導師の地位にあり梵行を共にする或る誰かに⸺依拠して〔世に〕住みながら、そこにおいて、彼に、強き恥〔の思い〕と良心〔の咎め〕が⸺そして、愛慕〔の思い〕が、さらに、尊重〔の思い〕が⸺現起されたものとして有り、彼らに、〔その〕〔その〕時に近づいて行って、『尊き方よ、これは、どのようにあるのですか。これに、どのような義(意味)があるのですか』と、遍く問い尋ね、遍く質問し、それらの尊者たちは、その〔比丘〕のために、まさしく、そして、開顕されていないものを開顕し、かつまた、明瞭と為されていないものを明瞭と為し、さらに、無数〔の流儀〕に関した疑いの状況ある法(性質)において疑いを除去します。比丘たちよ、これが、第二の因として、第二の縁として、初等の梵行たる智慧の、〔いまだ〕獲得していないものの獲得のために、〔すでに〕獲得しているものの、より一層の状態のために、広大のために、修行の円満成就のために、等しく転起します。

(3)その〔比丘〕が、その法(教え)を、聞いて〔そののち〕、両者の隠棲によって成就させます⸺かつまた、身体の隠棲によって、かつまた、心の隠棲によって。比丘たちよ、これが、第三の因として、第三の縁として、初等の梵行たる智慧の、〔いまだ〕獲得していないものの獲得のために、〔すでに〕獲得しているものの、より一層の状態のために、広大のために、修行の円満成就のために、等しく転起します。

(4)戒ある者として〔世に〕有り、戒条波羅提木叉:戒律条項)による統御によって統御された者として〔世に〕住み、〔正しい〕習行と〔正しい〕境涯を成就した者として、諸々の微量の罪過について恐怖を見る者として、〔戒を〕受持して、諸々の学びの境処(戒律)において学びます。比丘たちよ、これが、第四の因として、第四の縁として、初等の梵行たる智慧の、〔いまだ〕獲得していないものの獲得のために、〔すでに〕獲得しているものの、より一層の状態のために、広大のために、修行の円満成就のために、等しく転起します。

(5)多聞の者として、所聞の保持ある者として、所聞の蓄積ある者として、〔世に〕有ります⸺すなわち、それらの法(教え)が、最初が善きものとして、中間において善きものとして、結末が善きものとしてあり、義(意味)を有するものとして、文(文型)を有するものとしてあり、全一にして円満成就した完全なる清浄の梵行を宣説するなら、彼には、そのような形態の諸々の法(教え)が有ります⸺多聞のものとして、充足のものとして、言葉によって蓄積されたものとして、意によって点検されたものとして、〔正しい〕見解によって善く理解されたものとして。比丘たちよ、これが、第五の因として、第五の縁として、初等の梵行たる智慧の、〔いまだ〕獲得していないものの獲得のために、〔すでに〕獲得しているものの、より一層の状態のために、広大のために、修行の円満成就のために、等しく転起します。

(6)精進に励む者として〔世に〕住みます⸺諸々の善ならざる法(性質)の捨棄のために、諸々の善なる法(性質)の成就のために、諸々の善なる法(性質)において、強靭なる者となり、断固たる勤勉ある者となり、重荷を捨て置かない者となり。比丘たちよ、これが、第六の因として、第六の縁として、初等の梵行たる智慧の、〔いまだ〕獲得していないものの獲得のために、〔すでに〕獲得しているものの、より一層の状態のために、広大のために、修行の円満成就のために、等しく転起します。

(7)また、まさに、僧団に赴き、種々なる議論なき者として、畜生の議論(無用論・無駄話)なき者として、〔世に〕有り、あるいは、自ら、法(教え)を語り、あるいは、他者に、〔説示を〕要請し、あるいは、聖なる沈黙の状態を軽んじません。比丘たちよ、これが、第七の因として、第七の縁として、初等の梵行たる智慧の、〔いまだ〕獲得していないものの獲得のために、〔すでに〕獲得しているものの、より一層の状態のために、広大のために、修行の円満成就のために、等しく転起します。

(8)また、まさに、五つの〔心身を構成する〕執取の範疇五取蘊における生成と衰失の随観ある者として〔世に〕住みます⸺『かくのごとく、形態があり、かくのごとく、形態の集起があり、かくのごとく、形態の滅至がある』『かくのごとく、感受〔作用〕があり、かくのごとく、感受〔作用〕の集起があり、かくのごとく、感受〔作用〕の滅至がある』『かくのごとく、表象〔作用〕があり、かくのごとく、表象〔作用〕の集起があり、かくのごとく、表象〔作用〕の滅至がある』『かくのごとく、諸々の形成〔作用〕があり、かくのごとく、諸々の形成〔作用〕の集起があり、かくのごとく、諸々の形成〔作用〕の滅至がある』『かくのごとく、識知〔作用〕があり、かくのごとく、識知〔作用〕の集起があり、かくのごとく、識知〔作用〕の滅至がある』と。比丘たちよ、これが、第八の因として、第八の縁として、初等の梵行たる智慧の、〔いまだ〕獲得していないものの獲得のために、〔すでに〕獲得しているものの、より一層の状態のために、広大のために、修行の円満成就のために、等しく転起します。

(1)〔まさに〕その、この〔比丘〕を、梵行を共にする者たちは、このように敬愛します。『まさに、この尊者は、教師に⸺あるいは、導師の地位にあり梵行を共にする或る誰かに⸺依拠して〔世に〕住み、そこにおいて、彼に、強き恥〔の思い〕と良心〔の咎め〕が⸺そして、愛慕〔の思い〕が、さらに、尊重〔の思い〕が⸺現起されたものとして有る。たしかに、この尊者は、〔あるがままに〕知っている者として知り、〔あるがままに〕見ている者として見る』と。この法(性質)もまた、愛慕〔の思い〕あるために、尊重〔の思い〕あるために、敬愛のために、沙門の資質のために、一なる状態のために、等しく転起します。

(2)『また、まさに、この尊者は、その教師に⸺あるいは、導師の地位にあり梵行を共にする或る誰かに⸺依拠して〔世に〕住みながら、そこにおいて、彼に、強き恥〔の思い〕と良心〔の咎め〕が⸺そして、愛慕〔の思い〕が、さらに、尊重〔の思い〕が⸺現起されたものとして有り、彼らに、〔その〕〔その〕時に近づいて行って、「尊き方よ、これは、どのようにあるのですか。これに、どのような義(意味)があるのですか」と、遍く問い尋ね、遍く質問し、それらの尊者たちは、その〔比丘〕のために、まさしく、そして、開顕されていないものを開顕し、かつまた、明瞭と為されていないものを明瞭と為し、さらに、無数〔の流儀〕に関した疑いの状況ある法(性質)において疑いを除去する。たしかに、この尊者は、〔あるがままに〕知っている者として知り、〔あるがままに〕見ている者として見る』と。この法(性質)もまた、愛慕〔の思い〕あるために、尊重〔の思い〕あるために、敬愛のために、沙門の資質のために、一なる状態のために、等しく転起します。

(3)『また、まさに、この尊者は、その法(教え)を、聞いて〔そののち〕、両者の隠棲によって成就させる⸺かつまた、身体の隠棲によって、かつまた、心の隠棲によって。たしかに、この尊者は、〔あるがままに〕知っている者として知り、〔あるがままに〕見ている者として見る』と。この法(性質)もまた、愛慕〔の思い〕あるために、尊重〔の思い〕あるために、敬愛のために、沙門の資質のために、一なる状態のために、等しく転起します。

(4)『また、まさに、この尊者は、戒ある者であり、戒条による統御によって統御された者として〔世に〕住み、〔正しい〕習行と〔正しい〕境涯を成就した者として、諸々の微量の罪過について恐怖を見る者として、〔戒を〕受持して、諸々の学びの境処において学ぶ。たしかに、この尊者は、〔あるがままに〕知っている者として知り、〔あるがままに〕見ている者として見る』と。この法(性質)もまた、愛慕〔の思い〕あるために、尊重〔の思い〕あるために、敬愛のために、沙門の資質のために、一なる状態のために、等しく転起します。

(5)『また、まさに、この尊者は、多聞の者であり、所聞の保持ある者であり、所聞の蓄積ある者である⸺すなわち、それらの法(教え)が、最初が善きものとして、中間において善きものとして、結末が善きものとしてあり、義(意味)を有するものとして、文(文型)を有するものとしてあり、全一にして円満成就した完全なる清浄の梵行を宣説するなら、彼には、そのような形態の諸々の法(教え)が有る⸺多聞のものとして、充足のものとして、言葉によって蓄積されたものとして、意によって点検されたものとして、〔正しい〕見解によって善く理解されたものとして。たしかに、この尊者は、〔あるがままに〕知っている者として知り、〔あるがままに〕見ている者として見る』と。この法(性質)もまた、愛慕〔の思い〕あるために、尊重〔の思い〕あるために、敬愛のために、沙門の資質のために、一なる状態のために、等しく転起します。

(6)『また、まさに、この尊者は、精進に励む者として〔世に〕住む⸺諸々の善ならざる法(性質)の捨棄のために、諸々の善なる法(性質)の成就のために、諸々の善なる法(性質)において、強靭なる者となり、断固たる勤勉ある者となり、重荷を捨て置かない者となり。たしかに、この尊者は、〔あるがままに〕知っている者として知り、〔あるがままに〕見ている者として見る』と。この法(性質)もまた、愛慕〔の思い〕あるために、尊重〔の思い〕あるために、敬愛のために、沙門の資質のために、一なる状態のために、等しく転起します。

(7)『また、まさに、この尊者は、僧団に赴き、種々なる議論なき者として、畜生の議論なき者として、〔世に〕有り、あるいは、自ら、法(教え)を語り、あるいは、他者に、〔説示を〕要請し、あるいは、聖なる沈黙の状態を軽んじない。たしかに、この尊者は、〔あるがままに〕知っている者として知り、〔あるがままに〕見ている者として見る』と。この法(性質)もまた、愛慕〔の思い〕あるために、尊重〔の思い〕あるために、敬愛のために、沙門の資質のために、一なる状態のために、等しく転起します。

(8)『また、まさに、この尊者は、五つの〔心身を構成する〕執取の範疇における生成と衰失の随観ある者として〔世に〕住む⸺『かくのごとく、形態があり、かくのごとく、形態の集起があり、かくのごとく、形態の滅至がある』『かくのごとく、感受〔作用〕があり……略……』『かくのごとく、表象〔作用〕があり……略……』『かくのごとく、諸々の形成〔作用〕があり……略……』『かくのごとく、識知〔作用〕があり、かくのごとく、識知〔作用〕の集起があり、かくのごとく、識知〔作用〕の滅至がある』と。たしかに、この尊者は、〔あるがままに〕知っている者として知り、〔あるがままに〕見ている者として見る』と。この法(性質)もまた、愛慕〔の思い〕あるために、尊重〔の思い〕あるために、敬愛のために、沙門の資質のために、一なる状態のために、等しく転起します。

比丘たちよ、まさに、これらの、八つのものを因として、八つのものを縁として、初等の梵行たる智慧の、〔いまだ〕獲得していないものの獲得のために、〔すでに〕獲得しているものの、より一層の状態のために、広大のために、修行の円満成就のために、等しく転起します」と。〔以上が〕第二となる。

注釈【0】