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翻訳【14】

獅子吼の経

或る時のことです。世尊は、サーヴァッティーに住んでおられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の林園において。そこで、まさに、尊者サーリプッタが、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、尊者サーリプッタは、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、サーヴァッティーにおける雨季の居住は、わたしの住するところとなりました。尊き方よ、わたしは、地方への遊行〔の旅〕に出ることを求めます」と。「サーリプッタよ、今が、そのための時と、あなたが思うのなら〔思いのままに〕」と。そこで、まさに、尊者サーリプッタは、坐から立ち上がって、世尊を敬拝して、右回り〔の礼〕を為して、立ち去りました。そこで、まさに、或るひとりの比丘が、尊者サーリプッタが立ち去ったすぐあと、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、尊者サーリプッタは、わたしを攻撃して、謝罪せずして、遊行〔の旅〕に出たのです」と。そこで、まさに、世尊は、或るひとりの比丘に告げました。「比丘よ、さあ、あなたは、わたしの言葉でもって、サーリプッタに告げなさい。『友よ、サーリプッタよ、教師が、あなたを呼んでいます』」と。「尊き方よ、わかりました」と、まさに、その比丘は、世尊に答えて、尊者サーリプッタのいるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、尊者サーリプッタに、こう言いました。「友よ、サーリプッタよ、教師が、あなたを呼んでいます」と。「友よ、わかりました」と、まさに、尊者サーリプッタは、その比丘に答えました。

また、まさに、その時点にあって、かつまた、尊者マハー・モッガッラーナは、かつまた、尊者アーナンダは、鍵を取って、精舎のなかを巡ります。「尊者たちは、出で来たれ。尊者たちは、出で来たれ。今や、尊者サーリプッタが、世尊の面前で獅子吼を吼え叫ぶでしょう」と。そこで、まさに、尊者サーリプッタが、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、尊者サーリプッタに、世尊は、こう言いました。「サーリプッタよ、ここに、あなたに、或るひとりの梵行を共にする者が、憤慨の法(性質)を惹起したのです。『尊き方よ、尊者サーリプッタは、わたしを攻撃して、謝罪せずして、遊行〔の旅〕に出たのです』」と。

「尊き方よ、たしかに、或る者に、身体の在り方についての気づき身至念:時々刻々の身体の状態についての気づき)が現起なきものとして存するなら、その者は、ここに、或るひとりの梵行を共にする者を攻撃して、謝罪せずして、遊行〔の旅〕に出るでしょう。

(1)尊き方よ、それは、たとえば、また、〔人々が〕地のうえに、浄美なるものをもまた捨て置き、不浄なるものをもまた捨て置き、糞となるに至ったものをもまた捨て置き、尿となるに至ったものをもまた捨て置き、唾液となるに至ったものをもまた捨て置き、膿となるに至ったものをもまた捨て置き、血となるに至ったものをもまた捨て置くとして、しかしながら、地は、それによって、あるいは、苦悩することも、あるいは、自責することも、あるいは、忌避することもないように、尊き方よ、まさしく、このように、まさに、わたしは、広大で莫大で無量にして怨念〔の思い〕なく憎悪〔の思い〕なく地に等しき心で〔世に〕住みます。尊き方よ、たしかに、或る者に、身体の在り方についての気づきが現起なきものとして存するなら、その者は、ここに、或るひとりの梵行を共にする者を攻撃して、謝罪せずして、遊行〔の旅〕に出るでしょう。

(2)尊き方よ、それは、たとえば、また、〔人々が〕水のなかで、浄美なるものをもまた洗い清め、不浄なるものをもまた洗い清め、糞となるに至ったものをもまた……尿となるに至ったものをもまた……唾液となるに至ったものをもまた……膿となるに至ったものをもまた……血となるに至ったものをもまた洗い清めるとして、しかしながら、水は、それによって、あるいは、苦悩することも、あるいは、自責することも、あるいは、忌避することもないように、尊き方よ、まさしく、このように、まさに、わたしは、広大で莫大で無量にして怨念〔の思い〕なく憎悪〔の思い〕なく水に等しき心で〔世に〕住みます。尊き方よ、たしかに、或る者に、身体の在り方についての気づきが現起なきものとして存するなら、その者は、ここに、或るひとりの梵行を共にする者を攻撃して、謝罪せずして、遊行〔の旅〕に出るでしょう。

(3)尊き方よ、それは、たとえば、また、火が、浄美なるものをもまた焼き、不浄なるものをもまた焼き、糞となるに至ったものをもまた……尿となるに至ったものをもまた……唾液となるに至ったものをもまた……膿となるに至ったものをもまた……血となるに至ったものをもまた焼くとして、しかしながら、火は、それによって、あるいは、苦悩することも、あるいは、自責することも、あるいは、忌避することもないように、尊き方よ、まさしく、このように、まさに、わたしは、広大で莫大で無量にして怨念〔の思い〕なく憎悪〔の思い〕なく火に等しき心で〔世に〕住みます。尊き方よ、たしかに、或る者に、身体の在り方についての気づきが現起なきものとして存するなら、その者は、ここに、或るひとりの梵行を共にする者を攻撃して、謝罪せずして、遊行〔の旅〕に出るでしょう。

(4)尊き方よ、それは、たとえば、また、風が、浄美なるものにもまた吹き、不浄なるものにもまた吹き、糞となるに至ったものにもまた……尿となるに至ったものにもまた……唾液となるに至ったものにもまた……膿となるに至ったものにもまた……血となるに至ったものにもまた吹くとして、しかしながら、風は、それによって、あるいは、苦悩することも、あるいは、自責することも、あるいは、忌避することもないように、尊き方よ、まさしく、このように、まさに、わたしは、広大で莫大で無量にして怨念〔の思い〕なく憎悪〔の思い〕なく風に等しき心で〔世に〕住みます。尊き方よ、たしかに、或る者に、身体の在り方についての気づきが現起なきものとして存するなら、その者は、ここに、或るひとりの梵行を共にする者を攻撃して、謝罪せずして、遊行〔の旅〕に出るでしょう。

(5)尊き方よ、それは、たとえば、また、雑巾が、清らかなものをもまた拭い、清らかならざるものをもまた拭い、糞となるに至ったものをもまた……尿となるに至ったものをもまた……唾液となるに至ったものをもまた……膿となるに至ったものをもまた……血となるに至ったものをもまた拭うとして、しかしながら、雑巾は、それによって、あるいは、苦悩することも、あるいは、自責することも、あるいは、忌避することもないように、尊き方よ、まさしく、このように、まさに、わたしは、広大で莫大で無量にして怨念〔の思い〕なく憎悪〔の思い〕なく雑巾に等しき心で〔世に〕住みます。尊き方よ、たしかに、或る者に、身体の在り方についての気づきが現起なきものとして存するなら、その者は、ここに、或るひとりの梵行を共にする者を攻撃して、謝罪せずして、遊行〔の旅〕に出るでしょう。

(6)尊き方よ、それは、たとえば、また、あるいは、チャンダーラ(賎民)の少年が、あるいは、チャンダーラの少女が、壺を手にし、ぼろ布をまとい、あるいは、村に、あるいは、町に、入りつつあるなら、まさしく、低き心を現起させて入るように、尊き方よ、まさしく、このように、まさに、わたしは、広大で莫大で無量にして怨念〔の思い〕なく憎悪〔の思い〕なくチャンダーラの少年とチャンダーラの少女に等しき心で〔世に〕住みます。尊き方よ、たしかに、或る者に、身体の在り方についての気づきが現起なきものとして存するなら、その者は、ここに、或るひとりの梵行を共にする者を攻撃して、謝罪せずして、遊行〔の旅〕に出るでしょう。

(7)尊き方よ、それは、たとえば、また、角を切断された雄牛が、温和となり、善く調御され、善く教導され、道から道へ、十字路から十字路へと巡り行きながら、あるいは、足で、あるいは、角で、何であれ害さないように、尊き方よ、まさしく、このように、まさに、わたしは、広大で莫大で無量にして怨念〔の思い〕なく憎悪〔の思い〕なく角を切断された雄牛に等しき心で〔世に〕住みます。尊き方よ、たしかに、或る者に、身体の在り方についての気づきが現起なきものとして存するなら、その者は、ここに、或るひとりの梵行を共にする者を攻撃して、謝罪せずして、遊行〔の旅〕に出るでしょう。

(8)尊き方よ、それは、たとえば、また、年少にして、若く、派手好きで、頭を洗い清めた、あるいは、女が、あるいは、男が、あるいは、蛇の死骸を、あるいは、犬の死骸を、あるいは、人間の死骸を、首に掛けられたなら、苦悩し、自責し、忌避するように、尊き方よ、まさしく、このように、まさに、わたしは、この腐敗の身体によって、苦悩し、自責し、忌避します。尊き方よ、たしかに、或る者に、身体の在り方についての気づきが現起なきものとして存するなら、その者は、ここに、或るひとりの梵行を共にする者を攻撃して、謝罪せずして、遊行〔の旅〕に出るでしょう。

(9)尊き方よ、それは、たとえば、また、人が、種々の穴があり、〔不浄物が〕滲み出ては流れ出ている、油壺を持ち運ぶように、尊き方よ、まさしく、このように、まさに、わたしは、種々の穴があり、〔不浄物が〕滲み出ては流れ出ている、この身体を持ち運びます。尊き方よ、たしかに、或る者に、身体の在り方についての気づきが現起なきものとして存するなら、その者は、ここに、或るひとりの梵行を共にする者を攻撃して、謝罪せずして、遊行〔の旅〕に出るでしょう」と。

そこで、まさに、その比丘は、坐から立ち上がって、一つの肩に上衣を掛けて、世尊の〔両の〕足に、頭をもって平伏して、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、わたしは、過誤を犯しました⸺あたかも、愚者であるかのように、あたかも、迷乱した者であるかのように、あたかも、智者ならざる者であるかのように。すなわち、わたしは、尊者サーリプッタを、正しからざることによって〔誹謗し〕、虚妄なるまま虚偽なるままに、事実ならざることによって誹謗しました。尊き方よ、世尊は、〔まさに〕その、わたしの、過誤を過誤として受け容れたまえ。未来に統御あるために」と。「比丘よ、たしかに、あなたは、過誤を犯しました⸺あたかも、愚者であるかのように、あたかも、迷乱した者であるかのように、あたかも、智者ならざる者であるかのように。すなわち、あなたは、尊者サーリプッタを、正しからざることによって〔誹謗し〕、虚妄なるまま虚偽なるままに、事実ならざることによって誹謗しました。比丘よ、しかしながら、すなわち、まさに、あなたが、過誤を過誤として〔事実のとおりに〕見て、法(教え)のとおりに懺悔することから、わたしたちは、あなたの、その〔懺悔〕を受け容れます。比丘よ、まさに、これが、聖者の律における増大なのです。すなわち、過誤を過誤として〔事実のとおりに〕見て、法(教え)のとおりに懺悔するなら、〔彼は〕未来に統御を惹起します」と。

そこで、まさに、世尊は、尊者サーリプッタに告げました。「サーリプッタよ、この愚人を許してあげなさい。彼の頭が、まさしく、その場において、七様に裂ける前に」と。「尊き方よ、わたしは、その尊者を許します。それで、もし、その尊者が、わたしに、このように言ったなら⸺『さてまた、その尊者は、わたしを許したまえ』」と。〔以上が〕第一となる。

注釈【0】