自己を洲とし帰依所とすること
このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、マガダ〔国〕に住んでおられます。マートゥラーにおいて。そこで、まさに、世尊は、比丘たちに告げました。「比丘たちよ」と。「あなたに、幸せ〔有れ〕」と、それらの比丘たちは、世尊に答えました。世尊は、こう言いました。「比丘たちよ、〔あなたたちは〕自己を洲とする者たちとして、自己を帰依所とする者たちとして、他のものを帰依所としない者たちとして、法(教え)を洲とする者たちとして、法(教え)を帰依所とする者たちとして、他のものを帰依所としない者たちとして、〔世に〕住みなさい。比丘たちよ、また、では、どのように、比丘は、自己を洲とする者として、自己を帰依所とする者として、他のものを帰依所としない者として、法(教え)を洲とする者として、法(教え)を帰依所とする者として、他のものを帰依所としない者として、〔世に〕住むのですか。比丘たちよ、ここに、比丘が、身体(身)における身体の随観ある者として〔世に〕住みます──熱情ある者となり、正知の者となり、気づきある者となり、世における強欲〔の思い〕と失意〔の思い〕を取り除いて。諸々の感受(受)における……略……。心における……略……。諸々の法(性質)における法(性質)の随観ある者として〔世に〕住みます──熱情ある者となり、正知の者となり、気づきある者となり、世における強欲〔の思い〕と失意〔の思い〕を取り除いて。比丘たちよ、このように、まさに、比丘は、自己を洲とする者として、自己を帰依所とする者として、他のものを帰依所としない者として、法(教え)を洲とする者として、法(教え)を帰依所とする者として、他のものを帰依所としない者として、〔世に〕住みます。
比丘たちよ、〔自己の〕境涯である自らの父祖の境域を歩みなさい。比丘たちよ、〔自己の〕境涯である自らの父祖の境域を歩んでいる者たちに、悪魔は、侵入〔の機会〕を得ないでしょうし、悪魔は、〔侵入の〕対象を得ないでしょう。比丘たちよ、諸々の善なる法(性質)の受持を因として、このように、この功徳は増大します。
ダラネーミ転輪王
比丘たちよ、過去の事(過去世)ですが、ダラネーミという名の王が、転輪〔王〕として、法(正義)にかなう法(正義)の王として、四辺の征圧者として、地方の安定に至り得た者として、七つの宝を具備した者として、〔世に〕有りました。彼には、これらの七つの宝が有りました。それは、すなわち、この、車輪の宝であり、象の宝であり、馬の宝であり、宝珠の宝であり、婦女の宝であり、家長の宝であり、第七のものとして、まさしく、参謀の宝が。また、まさに、彼には、千を超える子たちが有りました──勇者の肢体と形姿があり、他軍を撃破する、勇士たちが。彼は、海洋を極限とする、この地を、棒によらず、刃によらず、法(正義)によって征圧して、〔家に〕居住しました。
比丘たちよ、そこで、まさに、ダラネーミ王は、数年、数百年、数千年が経過して、或るひとりの家来に告げました。『さて、家来よ、すなわち、あなたは、天の車輪の宝が後退し、〔その〕箇所から移行したのを見るとき、そこで、わたしに告げなさい』と。比丘たちよ、『陛下よ、わかりました』と、まさに、その家来は、ダラネーミ王に答えました。比丘たちよ、まさに、その家来は、数年、数百年、数千年が経過して、天の車輪の宝が後退し、〔その〕箇所から移行したのを見ました。見て、ダラネーミ王のいるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、ダラネーミ王に、こう言いました。『陛下よ、どうか、お知りください。あなたの天の車輪の宝が後退し、〔その〕箇所から移行したのです』と。比丘たちよ、そこで、まさに、ダラネーミ王は、長子の王子を呼び寄せて、こう言いました。『息子よ、王子よ、どうやら、わたしの天の車輪の宝が後退し、〔その〕箇所から移行したらしい。また、まさに、このことを、わたしは聞いた。「その転輪王の天の車輪の宝が後退し、〔その〕箇所から移行するなら、今や、その王は、長きに生きるべきと成らず」と。また、まさに、諸々の人間の欲望〔の対象〕は、わたしの受益するところである。今や、わたしにとって、諸々の天の欲望〔の対象〕を遍く探し求めるための時である。息子よ、王子よ、さあ、おまえは、海を極限とする、この地を治めよ。いっぽう、わたしは、髪と髭を剃り落として、諸々の黄褐色の衣(袈裟)をまとって、家から家なきへと出家するであろう』と。
比丘たちよ、そこで、まさに、ダラネーミ王は、長子の王子に、善くしっかりと、王国のことについて正しく教示して、髪と髭を剃り落として、諸々の黄褐色の衣をまとって、家から家なきへと出家しました。比丘たちよ、また、まさに、聖賢たる王が出家した七日後に、天の車輪の宝は消没しました。
比丘たちよ、そこで、まさに、或るひとりの家来が、即位灌頂した王たる士族のいるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、即位灌頂した王たる士族に、こう言いました。『陛下よ、どうか、お知りください。天の車輪の宝が消没したのです』と。比丘たちよ、そこで、まさに、即位灌頂した王たる士族は、天の車輪の宝が消没したとき、わが意を得ない者と成りました。そして、わが意を得ずにあることを得知しました。彼は、聖賢たる王のいるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、聖賢たる王に、こう言いました。『陛下よ、どうか、お知りください。天の車輪の宝が消没したのです』と。比丘たちよ、このように説かれたとき、聖賢たる王は、即位灌頂した王たる士族に、こう言いました。『息子よ、まさに、おまえは、天の車輪の宝が消没したとき、わが意を得ない者と成ってはいけない。そして、わが意を得ずにあることを得知してはいけない。息子よ、なぜなら、おまえにとって、天の車輪の宝は、父祖の遺産ではないからだ。息子よ、さあ、おまえは、聖なる転輪〔王〕の行持のもとに行持せよ。また、まさに、この状況は見出される。すなわち、おまえが、聖なる転輪〔王〕の行持のもとに行持していると、斎戒(布薩)のその日、十五〔日〕において、頭を洗い清め、斎戒者として、優美なる高楼の上に至った〔おまえ〕に、千の輻があり、外輪を有し、轂を有し、一切の行相の円満成就ある、天の車輪の宝が出現するであろう』と。
聖なる転輪〔王〕の行持
『陛下よ、また、どのようなものが、その聖なる転輪〔王〕の行持なのですか』と。『息子よ、まさに、それでは、おまえは、まさしく、法(正義)に依拠して、法(正義)を尊敬しながら、法(正義)を尊重しながら、法(正義)を思慕しながら、法(正義)を供養しながら、法(正義)を敬恭しながら、法(正義)を旗として、法(正義)を幟として、法(正義)を優位として、家人にたいし、軍隊の衆にたいし、随従する士族たちにたいし、婆羅門や家長たちにたいし、町や地方の者たちにたいし、沙門や婆羅門たちにたいし、獣や鳥たちにたいし、法(正義)にかなう守護と防護と保護を差配しなさい。息子よ、かつまた、あなたの領土において、法(正義)ならざることを為す者が転起してはならない。息子よ、かつまた、あなたの領土において、それらの者たちが、財なき者たちとして存するなら、そして、彼らに、財を供与するがよい。息子よ、かつまた、あなたの領土において、それらの沙門や婆羅門たちが、驕慢と放逸から離間した者たちであり、忍耐と温和において確立した者たちであり、一つのものとして自己を調御し、一つのものとして自己を平静ならしめ、一つのものとして自己を完全なる涅槃に到達させるなら、彼らに、〔その〕時〔その〕時に近づいて行って、遍く問い尋ねるべきであり、遍く収め取るべきである。「尊き方よ、何が、善なるものなのですか。何が、善ならざるものなのですか。何が、罪過を有するものなのですか。何が、罪過なきものなのですか。何が、慣れ親しむべきものなのですか。何が、慣れ親しむべきではないものなのですか。何が、わたしによって為されていると、長夜にわたり、利益ならざるもののために〔存し〕、苦痛のために存するのですか。また、あるいは、何が、わたしによって為されていると、長夜にわたり、利益のために〔存し〕、安楽のために存するのですか」と。彼らの〔言葉を〕聞いて、それが善ならざるものであるなら、それを回避するべきであり、それが善なるものであるなら、それを受持して転起させるべきである。息子よ、これが、まさに、その聖なる転輪〔王〕の行持である』と。
車輪の宝の出現
比丘たちよ、『陛下よ、わかりました』と、まさに、即位灌頂した王たる士族は、聖賢たる王に答えて、聖なる転輪〔王〕の行持のもとに行持しました。彼が、聖なる転輪〔王〕の行持のもとに行持していると、斎戒のその日、十五〔日〕において、頭を洗い清め、斎戒者として、優美なる高楼の上に至った〔彼〕に、千の輻があり、外輪を有し、轂を有し、一切の行相の円満成就ある、天の車輪の宝が出現しました。見て、即位灌頂した王たる士族に、この〔思い〕が有りました。『また、まさに、このことを、わたしは聞いた。「すなわち、斎戒のその日、十五〔日〕において、頭を洗い清め、斎戒者として、優美なる高楼の上に至った、即位灌頂した王たる士族に、千の輻があり、外輪を有し、轂を有し、一切の行相の円満成就ある、天の車輪の宝が出現するなら、彼は、転輪王と成る」と。いったい、まさに、わたしは、転輪王として〔世に〕存するのだろうか』と。
比丘たちよ、そこで、まさに、即位灌頂した王たる士族は、坐から立ち上がって、一つの肩に上衣を掛けて、左手で水差しを掴んで、右手で車輪の宝に降り注ぎました。『尊き車輪の宝は転起せよ。尊き車輪の宝は征圧せよ』と。
比丘たちよ、そこで、まさに、その車輪の宝は、東の方角に転起しました──まさしく、付き従って、転輪王も、四つの支分ある軍団と共に。比丘たちよ、また、まさに、その地域において、車輪の宝が止住したなら、そこにおいて、転輪王は、四つの支分ある軍団と共に、住居を構えました。比丘たちよ、また、まさに、すなわち、東の方角の敵王たちは、彼らは、近づいて行って、転輪王に、このように言いました。『大王よ、まさに、来たれ。大王よ、あなたにとって、善き訪問と〔成れ〕。大王よ、あなたにとって、自らのものと〔成れ〕。大王よ、統治したまえ』と。転輪王は、このように言いました。『命あるものは殺されるべきにあらず。与えられていないものは取られるべきにあらず。諸々の欲望〔の対象〕にたいし誤って行なわれるべきにあらず。虚偽は語られるべきにあらず。酔わせるものは飲まれるべきにあらず。そして、食べているとおりに食べよ』と。比丘たちよ、また、まさに、すなわち、東の方角の敵王たちは、彼らは、転輪王に従い行く者たちと成りました。
比丘たちよ、そこで、まさに、その車輪の宝は、東の海に深く分け入って、〔海から〕上がって、南の方角に転起しました。……略……南の海に深く分け入って、〔海から〕上がって、西の方角に転起しました──まさしく、付き従って、転輪王も、四つの支分ある軍団と共に。比丘たちよ、また、まさに、その地域において、車輪の宝が止住したなら、そこにおいて、転輪王は、四つの支分ある軍団と共に、住居を構えました。比丘たちよ、また、まさに、すなわち、西の方角の敵王たちは、彼らは、近づいて行って、転輪王に、このように言いました。『大王よ、まさに、来たれ。大王よ、あなたにとって、善き訪問と〔成れ〕。大王よ、あなたにとって、自らのものと〔成れ〕。大王よ、統治したまえ』と。転輪王は、このように言いました。『命あるものは殺されるべきにあらず。与えられていないものは取られるべきにあらず。諸々の欲望〔の対象〕にたいし誤って行なわれるべきにあらず。虚偽は語られるべきにあらず。酔わせるものは飲まれるべきにあらず。そして、食べているとおりに食べよ』と。比丘たちよ、また、まさに、すなわち、西の方角の敵王たちは、彼らは、転輪王に従い行く者たちと成りました。
比丘たちよ、そこで、まさに、その車輪の宝は、西の海に深く分け入って、〔海から〕上がって、北の方角に転起しました──まさしく、付き従って、転輪王も、四つの支分ある軍団と共に。比丘たちよ、また、まさに、その地域において、車輪の宝が止住したなら、そこにおいて、転輪王は、四つの支分ある軍団と共に、住居を構えました。比丘たちよ、また、まさに、すなわち、北の方角の敵王たちは、彼らは、近づいて行って、転輪王に、このように言いました。『大王よ、まさに、来たれ。大王よ、あなたにとって、善き訪問と〔成れ〕。大王よ、あなたにとって、自らのものと〔成れ〕。大王よ、統治したまえ』と。転輪王は、このように言いました。『命あるものは殺されるべきにあらず。与えられていないものは取られるべきにあらず。諸々の欲望〔の対象〕にたいし誤って行なわれるべきにあらず。虚偽は語られるべきにあらず。酔わせるものは飲まれるべきにあらず。そして、食べているとおりに食べよ』と。比丘たちよ、また、まさに、すなわち、北の方角の敵王たちは、彼らは、転輪王に従い行く者たちと成りました。
比丘たちよ、そこで、まさに、その車輪の宝は、海を極限とする地を征圧して、まさしく、その王都に帰還して、転輪王の内宮の門において、裁きの場の玄関において、思うに、車軸に打たれているかのように〔地に〕立ちました──転輪王の内宮を美しく荘厳しながら。
第二の転輪〔王〕等の話
比丘たちよ、第二の転輪王もまた、まさに……略……。比丘たちよ、第三の転輪王もまた、まさに……。比丘たちよ、第四の転輪王もまた、まさに……。比丘たちよ、第五の転輪王もまた、まさに……。比丘たちよ、第六の転輪王もまた、まさに……。比丘たちよ、第七の転輪王もまた、まさに、数年、数百年、数千年が経過して、或るひとりの家来に告げました。『さて、家来よ、すなわち、あなたは、天の車輪の宝が後退し、〔その〕箇所から移行したのを見るとき、そこで、わたしに告げなさい』と。比丘たちよ、『陛下よ、わかりました』と、まさに、その家来は、転輪王に答えました。比丘たちよ、まさに、その家来は、数年、数百年、数千年が経過して、天の車輪の宝が後退し、〔その〕箇所から移行したのを見ました。見て、転輪王のいるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、転輪王に、こう言いました。『陛下よ、どうか、お知りください。あなたの天の車輪の宝が後退し、〔その〕箇所から移行したのです』と。
比丘たちよ、そこで、転輪王は、長子の王子を呼び寄せて、こう言いました。『息子よ、王子よ、どうやら、わたしの天の車輪の宝が後退し、〔その〕箇所から移行したらしい。また、まさに、このことを、わたしは聞いた。「その転輪王の天の車輪の宝が後退し、〔その〕箇所から移行するなら、今や、その王は、長きに生きるべきと成らず」と。また、まさに、諸々の人間の欲望〔の対象〕は、わたしの受益するところである。今や、わたしにとって、諸々の天の欲望〔の対象〕を遍く探し求めるための時である。息子よ、王子よ、さあ、おまえは、海を極限とする、この地を治めよ。いっぽう、わたしは、髪と髭を剃り落として、諸々の黄褐色の衣をまとって、家から家なきへと出家するであろう』と。
比丘たちよ、そこで、まさに、転輪王は、長子の王子に、善くしっかりと、王国のことについて正しく教示して、髪と髭を剃り落として、諸々の黄褐色の衣をまとって、家から家なきへと出家しました。比丘たちよ、また、まさに、聖賢たる王が出家した七日後に、天の車輪の宝は消没しました。
比丘たちよ、そこで、まさに、或るひとりの家来が、即位灌頂した王たる士族のいるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、即位灌頂した王たる士族に、こう言いました。『陛下よ、どうか、お知りください。天の車輪の宝が消没したのです』と。比丘たちよ、そこで、まさに、即位灌頂した王たる士族は、天の車輪の宝が消没したとき、わが意を得ない者と成りました。そして、わが意を得ずにあることを得知しました。しかしながら、まさに、近づいて行って、聖賢たる王に、聖なる転輪〔王〕の行持を尋ねませんでした。彼は、まさしく、自らの思うところのまま、まさに、地方を統治します。彼が、自らの思うところのまま、地方を統治していると、前のように、もはや、諸々の地方は繁栄しません。すなわち、過去の王たちが、聖なる転輪〔王〕の行持のもとに行持している、そのように。
比丘たちよ、そこで、まさに、智略を生計とする者たちである、家臣たちと侍臣たちと計算者たる大臣たちと親兵たちと門番たちは集まって、即位灌頂した王たる士族に、こう言いました。『陛下よ、まさに、あなたが、自らの思うところのまま、まさに、地方を統治していると、前のように、もはや、諸々の地方は繁栄しません。すなわち、過去の王たちが、聖なる転輪〔王〕の行持のもとに行持している、そのように。陛下よ、まさに、あなたの領土において、智略を生計とする者たちである、家臣たちと侍臣たちと計算者たる大臣たちと親兵たちと門番たちが等しく見出されます。まさしく、そして、わたしたちは、さらに、他の者たちも、すなわち、わたしたちは、聖なる転輪〔王〕の行持を保持しています。陛下よ、さあ、あなたは、わたしたちに、聖なる転輪〔王〕の行持を尋ねたまえ。〔まさに〕その、あなたに、わたしたちは、〔問いを〕尋ねられた者たちとして、聖なる転輪〔王〕の行持を説き明かすでしょう』と。
寿命と色艶等の遍き衰退の話
比丘たちよ、そこで、まさに、即位灌頂した王たる士族は、智略を生計とする者たちである、家臣たちと侍臣たちと計算者たる大臣たちと親兵たちと門番たちを集めて、聖なる転輪〔王〕の行持を尋ねました。彼に、彼らは、〔問いを〕尋ねられた者たちとして、聖なる転輪〔王〕の行持を説き明かしました。まさに、彼らの〔言葉を〕聞いて、まさに、法(正義)にかなう守護と防護と保護を差配しました。しかしながら、まさに、財なき者たちに、財を供与しませんでした。財なき者たちに、財が供与されずにいるとき、貧困が、広大に至りました。貧困が、広大に至ったとき、或るひとりの男が、他者たちのもので、〔誰にも〕与えられていない、〔取ると〕盗みと見なされるものを取りました。〔まさに〕その、この者を、〔人々は〕捕捉しました。捕捉して、即位灌頂した王たる士族に見せました。『陛下よ、この男は、他者たちのもので、〔誰にも〕与えられていない、〔取ると〕盗みと見なされるものを取りました』と。比丘たちよ、このように説かれたとき、即位灌頂した王たる士族は、その男に、こう言いました。『さて、人士たる者よ、本当に、まさに、あなたは、他者たちのもので、〔誰にも〕与えられていない、〔取ると〕盗みと見なされるものを取ったのですか』と。『陛下よ、本当です』と。『どのような動機から』と。『陛下よ、なぜなら、生きられないからです』と。比丘たちよ、そこで、まさに、即位灌頂した王たる士族は、その男に、財を供与しました。『さて、人士たる者よ、あなたは、この財によって、かつまた、自己を生かし、かつまた、母と父を養い、かつまた、子と妻を養い、かつまた、生業に従事し、沙門や婆羅門たちにたいし施物を確立させなさい──高所に至らせるものとして、天上に至らせるものとして、安楽の報いあるものとして、天上〔への再生〕を等しく転起させるものとして』と。比丘たちよ、『陛下よ、わかりました』と、まさに、その男は、即位灌頂した王たる士族に答えました。
比丘たちよ、まさに、或るひとりの男もまた、他者たちのもので、〔誰にも〕与えられていない、〔取ると〕盗みと見なされるものを取りました。〔まさに〕その、この者を、〔人々は〕捕捉しました。捕捉して、即位灌頂した王たる士族に見せました。『陛下よ、この男は、他者たちのもので、〔誰にも〕与えられていない、〔取ると〕盗みと見なされるものを取りました』と。比丘たちよ、このように説かれたとき、即位灌頂した王たる士族は、その男に、こう言いました。『さて、人士たる者よ、本当に、まさに、あなたは、他者たちのもので、〔誰にも〕与えられていない、〔取ると〕盗みと見なされるものを取ったのですか』と。『陛下よ、本当です』と。『どのような動機から』と。『陛下よ、なぜなら、生きられないからです』と。比丘たちよ、そこで、まさに、即位灌頂した王たる士族は、その男に、財を供与しました。『さて、人士たる者よ、あなたは、この財によって、かつまた、自己を生かし、かつまた、母と父を養い、かつまた、子と妻を養い、かつまた、生業に従事し、沙門や婆羅門たちにたいし施物を確立させなさい──高所に至らせるものとして、天上に至らせるものとして、安楽の報いあるものとして、天上〔への再生〕を等しく転起させるものとして』と。比丘たちよ、『陛下よ、わかりました』と、まさに、その男は、即位灌頂した王たる士族に答えました。
比丘たちよ、まさに、人間たちは、『君よ、どうやら、他者たちのもので、〔誰にも〕与えられていない、〔取ると〕盗みと見なされるものを取る、それらの者たちがいるなら、王は、彼らに、財を供与するらしい』と耳にしました。耳にして、彼らに、この〔思い〕が有りました。『それなら、さあ、わたしたちもまた、他者たちのもので、〔誰にも〕与えられていない、〔取ると〕盗みと見なされるものを取るのだ』と。比丘たちよ、そこで、まさに、或るひとりの男が、他者たちのもので、〔誰にも〕与えられていない、〔取ると〕盗みと見なされるものを取りました。〔まさに〕その、この者を、〔人々は〕捕捉しました。捕捉して、即位灌頂した王たる士族に見せました。『陛下よ、この男は、他者たちのもので、〔誰にも〕与えられていない、〔取ると〕盗みと見なされるものを取りました』と。比丘たちよ、このように説かれたとき、即位灌頂した王たる士族は、その男に、こう言いました。『さて、人士たる者よ、本当に、まさに、あなたは、他者たちのもので、〔誰にも〕与えられていない、〔取ると〕盗みと見なされるものを取ったのですか』と。『陛下よ、本当です』と。『どのような動機から』と。『陛下よ、なぜなら、生きられないからです』と。比丘たちよ、そこで、まさに、即位灌頂した王たる士族に、この〔思い〕が有りました。『その者、その者が、他者たちのもので、〔誰にも〕与えられていない、〔取ると〕盗みと見なされるものを取るとして、それで、もし、まさに、わたしが、その者、その者に、財を供与するなら、このように、この与えられていないものを取ることが増大するであろう。それなら、さあ、わたしは、この男を、善く制裁するべく制裁し、根絶やしと為し、彼の頭を断ち切るのだ』と。比丘たちよ、そこで、まさに、即位灌頂した王たる士族は、家来たちに命じました。『〔おまえたちに〕申し付ける。まさに、それでは、この男を、堅固な縄で後ろ手にきつく結縛を結び縛って、刈り上げ頭に為して、銅鼓の騒音とともに、道から道へ、十字路から十字路へと遍く導いて、南の門をとおり、城市の南から出て、善く制裁するべく制裁し、根絶やしと為し、彼の頭を断ち切りなさい』と。比丘たちよ、『陛下よ、わかりました』と、まさに、それらの家来たちは、即位灌頂した王たる士族に答えて、その男を、堅固な縄で後ろ手にきつく結縛を結び縛って、刈り上げ頭に為して、銅鼓の騒音とともに、道から道へ、十字路から十字路へと遍く導いて、南の門をとおり、城市の南から出て、善く制裁するべく制裁し、根絶やしと為し、彼の頭を断ち切りました。
比丘たちよ、まさに、人間たちは、『君よ、どうやら、他者たちのもので、〔誰にも〕与えられていない、〔取ると〕盗みと見なされるものを取る、それらの者たちがいるなら、王は、彼らを、善く制裁するべく制裁し、根絶やしと為し、彼らの頭を断ち切るらしい』と耳にしました。耳にして、彼らに、この〔思い〕が有りました。『それなら、さあ、わたしたちもまた、諸々の鋭い刃を作らせるのだ。諸々の鋭い刃を作らせて、それらの者たちのもので、〔誰にも〕与えられていない、〔取ると〕盗みと見なされるものを取り、彼らを、善く制裁するべく制裁し、根絶やしと為し、彼らの頭を断ち切るのだ』と。彼らは、諸々の鋭い刃を作らせました。諸々の鋭い刃を作らせて、村の殲滅をもまた為すべく攻撃し、町の殲滅をもまた為すべく攻撃し、城市の殲滅をもまた為すべく攻撃し、辻強盗をもまた為すべく攻撃しました。彼らは、それらの者たちのもので、〔誰にも〕与えられていない、〔取ると〕盗みと見なされるものを取り、彼らを、善く制裁するべく制裁し、根絶やしと為し、彼らの頭を断ち切ります。
比丘たちよ、かくのごとく、まさに、財なき者たちに、財が供与されずにいるとき、貧困が、広大に至りました。貧困が、広大に至ったとき、与えられていないものを取ることが、広大に至りました。与えられていないものを取ることが、広大に至ったとき、刃が、広大に至りました。刃が、広大に至ったとき、命あるものを殺すことが、広大に至りました。命あるものを殺すことが、広大に至ったとき、それらの有情たちの、寿命もまた遍く衰退し、色艶もまた遍く衰退しました。彼らが、寿命〔の観点〕によってもまた遍く衰退し、色艶〔の観点〕によってもまた遍く衰退していると、八万年の寿命ある人間たちの子供たちは、四万年の寿命ある者たちと成りました。
比丘たちよ、四万年の寿命ある者たちとして、人間たちがあるとき、或るひとりの男が、他者たちのもので、〔誰にも〕与えられていない、〔取ると〕盗みと見なされるものを取りました。〔まさに〕その、この者を、〔人々は〕捕捉しました。捕捉して、即位灌頂した王たる士族に見せました。『陛下よ、この男は、他者たちのもので、〔誰にも〕与えられていない、〔取ると〕盗みと見なされるものを取りました』と。比丘たちよ、このように説かれたとき、即位灌頂した王たる士族は、その男に、こう言いました。『さて、人士たる者よ、本当に、まさに、あなたは、他者たちのもので、〔誰にも〕与えられていない、〔取ると〕盗みと見なされるものを取ったのですか』と。『陛下よ、まさに、さにあらず』と、正知の者として虚偽を語りました。
比丘たちよ、かくのごとく、まさに、財なき者たちに、財が供与されずにいるとき、貧困が、広大に至りました。貧困が、広大に至ったとき、与えられていないものを取ることが、広大に至りました。与えられていないものを取ることが、広大に至ったとき、刃が、広大に至りました。刃が、広大に至ったとき、命あるものを殺すことが、広大に至りました。命あるものを殺すことが、広大に至ったとき、虚偽を説くことが、広大に至りました。虚偽を説くことが、広大に至ったとき、それらの有情たちの、寿命もまた遍く衰退し、色艶もまた遍く衰退しました。彼らが、寿命〔の観点〕によってもまた遍く衰退し、色艶〔の観点〕によってもまた遍く衰退していると、四万年の寿命ある人間たちの子供たちは、二万年の寿命ある者たちと成りました。
比丘たちよ、二万年の寿命ある者たちとして、人間たちがあるとき、或るひとりの男が、他者たちのもので、〔誰にも〕与えられていない、〔取ると〕盗みと見なされるものを取りました。〔まさに〕その、この者のことを、〔他の〕或るひとりの男が、即位灌頂した王たる士族に告げました。『陛下よ、某名の男は、他者たちのもので、〔誰にも〕与えられていない、〔取ると〕盗みと見なされるものを取りました』と、中傷を為しました。
比丘たちよ、かくのごとく、まさに、財なき者たちに、財が供与されずにいるとき、貧困が、広大に至りました。貧困が、広大に至ったとき、与えられていないものを取ることが、広大に至りました。与えられていないものを取ることが、広大に至ったとき、刃が、広大に至りました。刃が、広大に至ったとき、命あるものを殺すことが、広大に至りました。命あるものを殺すことが、広大に至ったとき、虚偽を説くことが、広大に至りました。虚偽を説くことが、広大に至ったとき、中傷の言葉が、広大に至りました。中傷の言葉が、広大に至ったとき、それらの有情たちの、寿命もまた遍く衰退し、色艶もまた遍く衰退しました。彼らが、寿命〔の観点〕によってもまた遍く衰退し、色艶〔の観点〕によってもまた遍く衰退していると、二万年の寿命ある人間たちの子供たちは、一万年の寿命ある者たちと成りました。
比丘たちよ、一万年の寿命ある者たちとして、人間たちがあるとき、ここに、或る有情たちは、色艶ある者たちと成り、ここに、或る有情たちは、醜き色艶の者たちと〔成ります〕。そこにおいて、すなわち、それらの有情たちで、醜き色艶の者たちは、彼らは、色艶ある有情たちを貪り求めながら、他者たちの妻たちにたいし関係を持ちました。
比丘たちよ、かくのごとく、まさに、財なき者たちに、財が供与されずにいるとき、貧困が、広大に至りました。貧困が、広大に至ったとき……略……諸々の欲望〔の対象〕にたいする誤った行ない(邪淫)が、広大に至りました。諸々の欲望〔の対象〕にたいする誤った行ないが、広大に至ったとき、それらの有情たちの、寿命もまた遍く衰退し、色艶もまた遍く衰退しました。彼らが、寿命〔の観点〕によってもまた遍く衰退し、色艶〔の観点〕によってもまた遍く衰退していると、一万年の寿命ある人間たちの子供たちは、五千年の寿命ある者たちと成りました。
比丘たちよ、五千年の寿命ある者たちとして、人間たちがあるとき、二つの法(性質)が、広大に至りました。粗暴な言葉であり、そして、雑駁な虚論です。二つの法(性質)が、広大に至ったとき、それらの有情たちの、寿命もまた遍く衰退し、色艶もまた遍く衰退しました。彼らが、寿命〔の観点〕によってもまた遍く衰退し、色艶〔の観点〕によってもまた遍く衰退していると、五千年の寿命ある人間たちの子供たちは、一部の者たちはまた、二千五百年の寿命ある者たちと〔成り〕、一部の者たちはまた、二千年の寿命ある者たちと成りました。
比丘たちよ、二千五百年の寿命ある者たちとして、人間たちがあるとき、強欲〔の思い〕と憎悪〔の思い〕が、広大に至りました。強欲〔の思い〕と憎悪〔の思い〕が、広大に至ったとき、それらの有情たちの、寿命もまた遍く衰退し、色艶もまた遍く衰退しました。彼らが、寿命〔の観点〕によってもまた遍く衰退し、色艶〔の観点〕によってもまた遍く衰退していると、二千五百年の寿命ある人間たちの子供たちは、千年の寿命ある者たちと成りました。
比丘たちよ、千年の寿命ある者たちとして、人間たちがあるとき、誤った見解が、広大に至りました。誤った見解が、広大に至ったとき、それらの有情たちの、寿命もまた遍く衰退し、色艶もまた遍く衰退しました。彼らが、寿命〔の観点〕によってもまた遍く衰退し、色艶〔の観点〕によってもまた遍く衰退していると、千年の寿命ある人間たちの子供たちは、五百年の寿命ある者たちと成りました。
比丘たちよ、五百年の寿命ある者たちとして、人間たちがあるとき、三つの法(性質)が、広大に至りました。法(正義)ならざるものへの貪り〔の思い〕(異常愛)であり、正常ならざる貪欲(異常欲)であり、誤った法(同性愛)です。三つの法(性質)が、広大に至ったとき、それらの有情たちの、寿命もまた遍く衰退し、色艶もまた遍く衰退しました。彼らが、寿命〔の観点〕によってもまた遍く衰退し、色艶〔の観点〕によってもまた遍く衰退していると、五百年の寿命ある人間たちの子供たちは、一部の者たちはまた、二百五十年の寿命ある者たちと〔成り〕、一部の者たちはまた、二百年の寿命ある者たちと成りました。
比丘たちよ、二百五十年の寿命ある者たちとして、人間たちがあるとき、これらの法(性質)が、広大に至りました。母を敬わないことであり、父を敬わないことであり、沙門を敬わないことであり、婆羅門を敬わないことであり、家における最尊者を敬ないことです。
比丘たちよ、かくのごとく、まさに、財なき者たちに、財が供与されずにいるとき、貧困が、広大に至りました。貧困が、広大に至ったとき、与えられていないものを取ることが、広大に至りました。与えられていないものを取ることが、広大に至ったとき、刃が、広大に至りました。刃が、広大に至ったとき、命あるものを殺すことが、広大に至りました。命あるものを殺すことが、広大に至ったとき、虚偽を説くことが、広大に至りました。虚偽を説くことが、広大に至ったとき、中傷の言葉が、広大に至りました。中傷の言葉が、広大に至ったとき、諸々の欲望〔の対象〕にたいする誤った行ないが、広大に至りました。諸々の欲望〔の対象〕にたいする誤った行ないが、広大に至ったとき、二つの法(性質)が、広大に至りました。粗暴な言葉であり、そして、雑駁な虚論です。二つの法(性質)が、広大に至ったとき、強欲〔の思い〕と憎悪〔の思い〕が、広大に至りました。強欲〔の思い〕と憎悪〔の思い〕が、広大に至ったとき、誤った見解が、広大に至りました。誤った見解が、広大に至ったとき、三つの法(性質)が、広大に至りました。法(正義)ならざるものへの貪り〔の思い〕(異常愛)であり、正常ならざる貪欲(異常欲)であり、誤った法(同性愛)です。三つの法(性質)が、広大に至ったとき、これらの法(性質)が、広大に至りました。母を敬わないことであり、父を敬わないことであり、沙門を敬わないことであり、婆羅門を敬わないことであり、家における最尊者を敬ないことです。これらの法(性質)が、広大に至ったとき、それらの有情たちの、寿命もまた遍く衰退し、色艶もまた遍く衰退しました。彼らが、寿命〔の観点〕によってもまた遍く衰退し、色艶〔の観点〕によってもまた遍く衰退していると、二百五十年の寿命ある人間たちの子供たちは、百年の寿命ある者たちと成りました。
十年の寿命ある者たちの時
比丘たちよ、すなわち、これらの百年の寿命ある人間たちの子供たちが、十年の寿命ある者たちと成る、その時が有るでしょう。比丘たちよ、十年の寿命ある者たちとして、人間たちがあるとき、五歳の少女たちが結婚できる者たちと成るでしょう。比丘たちよ、十年の寿命ある者たちとして、人間たちがあるとき、これらの味が消没するでしょう。それは、すなわち、この、酥であり、生酥であり、油であり、蜜であり、糖であり、塩です。比丘たちよ、十年の寿命ある者たちとして、人間たちがあるとき、諸々の食料のなかでは、稗が、至高のものと成るでしょう。比丘たちよ、それは、たとえば、また、今現在、諸々の食料のなかでは、米と肉の飯が、至高のものであるように、比丘たちよ、まさしく、このように、まさに、十年の寿命ある者たちとして、人間たちがあるとき、諸々の食料のなかでは、稗が、至高のものと成るでしょう。
比丘たちよ、十年の寿命ある者たちとして、人間たちがあるとき、十の善なる行為の道が、一切によって一切にわたり、消没するでしょうし、十の善ならざる行為の道が、極度に燃え盛るでしょう。比丘たちよ、十年の寿命ある者たちとして、人間たちがあるとき、『善なるもの』という〔言葉〕さえも有りはしないでしょう。また、どうして、善なるものを為す者がいるというのでしょう。比丘たちよ、十年の寿命ある者たちとして、人間たちがあるとき、すなわち、母を敬わない者たちであり、父を敬わない者たちであり、沙門を敬わない者たちであり、婆羅門を敬わない者たちであり、家における最尊者を敬ない者たちである、それらの者たちが、〔世に〕有るなら、彼らは、かつまた、供養されるべき者たちと成るでしょうし、かつまた、賞賛されるべき者たちと〔成るでしょう〕。比丘たちよ、それは、たとえば、また、今現在、母を敬う者たちが、父を敬う者たちが、沙門を敬う者たちが、婆羅門を敬う者たちが、家における最尊者を敬う者たちが、かつまた、供養されるべき者たちであり、かつまた、賞賛されるべき者たちであるように、比丘たちよ、まさしく、このように、まさに、十年の寿命ある者たちとして、人間たちがあるとき、すなわち、母を敬わない者たちであり、父を敬わない者たちであり、沙門を敬わない者たちであり、婆羅門を敬わない者たちであり、家における最尊者を敬ない者たちである、それらの者たちが、〔世に〕有るなら、彼らは、かつまた、供養されるべき者たちと成るでしょうし、かつまた、賞賛されるべき者たちと〔成るでしょう〕。
比丘たちよ、十年の寿命ある者たちとして、人間たちがあるとき、あるいは、『母である』と、あるいは、『叔母である』と、あるいは、『叔父の妻である』と、あるいは、『師匠の妻である』と、あるいは、『導師たちの妻たちである』と、〔そのような思いさえも〕有りはしないでしょう。すなわち、山羊と羊のように、鶏と豚のように、犬と野狐(ジャッカル)のように、世〔の人々〕は、混合〔の状態〕に赴くでしょう。
比丘たちよ、十年の寿命ある者たちとして、人間たちがあるとき、それらの有情たちに、互いに他にたいし、強き憤懣〔の思い〕が、強き憎悪〔の思い〕が、強き意の憤怒が、強き殺戮の心が、現起するところと成るでしょう。母にもまた、子にたいし、子にもまた、母にたいし、父にもまた、子にたいし、子にもまた、父にたいし、兄弟にもまた、姉妹にたいし、姉妹にもまた、兄弟にたいし、強き憤懣〔の思い〕が、強き憎悪〔の思い〕が、強き意の憤怒が、強き殺戮の心が、現起するところと成るでしょう。比丘たちよ、それは、たとえば、また、獣を見て、猟師に、強き憤懣〔の思い〕が、強き憎悪〔の思い〕が、強き意の憤怒が、強き殺戮の心が、現起するところと成るように、比丘たちよ、まさしく、このように、まさに、十年の寿命ある者たちとして、人間たちがあるとき、それらの有情たちに、互いに他にたいし、強き憤懣〔の思い〕が、強き憎悪〔の思い〕が、強き意の憤怒が、強き殺戮の心が、現起するところと成るでしょう。母にもまた、子にたいし、子にもまた、母にたいし、父にもまた、子にたいし、子にもまた、父にたいし、兄弟にもまた、姉妹にたいし、姉妹にもまた、兄弟にたいし、強き憤懣〔の思い〕が、強き憎悪〔の思い〕が、強き意の憤怒が、強き殺戮の心が、現起するところと成るでしょう。
比丘たちよ、十年の寿命ある者たちとして、人間たちがあるとき、七日のあいだ、刃の合間のカッパ(中劫:壊劫に至らない中間における世界の滅亡)と成るでしょう。彼らは、互いに他にたいし、獣の表象(想)を獲得するでしょう。彼らの手のうえに、諸々の鋭い刃が出現するでしょう。彼らは、鋭い刃によって、『この者は、獣だ』『この者は、獣だ』と、互いに他の生命を奪うでしょう。
比丘たちよ、そこで、まさに、それらの有情たちの一部に、このような〔思いが〕有るでしょう。『では、わたしたちは、誰をも〔殺しては〕ならず、かつまた、誰であれ、わたしたちを〔殺しては〕ならない。それなら、さあ、わたしたちは、あるいは、草の茂みに、あるいは、林の茂みに、あるいは、木の茂みに、あるいは、川の難所に、あるいは、山の凹凸に、入って、林の根や果を食する者たちとなり、〔身を〕保ち行くのだ』と。彼らは、あるいは、草の茂みに、あるいは、林の茂みに、あるいは、木の茂みに、あるいは、川の難所に、あるいは、山の凹凸に、入って、七日のあいだ、林の根や果を食する者たちとなり、〔身を〕保ち行くでしょう。彼は、その七日が経過して、草の茂みから、林の茂みから、木の茂みから、川の難所から、山の凹凸から、出て、互いに他と抱き合って、一体となり、等しく安堵するでしょう。『ああ、有情たちよ、見たことか、〔あなたは〕生きている』『ああ、有情たちよ、見たことか、〔あなたは〕生きている』と。
寿命と色艶等の増大の話
比丘たちよ、そこで、まさに、それらの有情たちに、このような〔思いが〕有るでしょう。『わたしたちは、まさに、善ならざる法(性質)の受持を因として、このような形態の長大なる親族の滅尽に至り得たのだ。それなら、さあ、わたしたちは、善を為すのだ。どのような善を為すべきなのか。それなら、さあ、わたしたちは、命あるものを殺すことから離れるのだ。この善なる法(性質)を受持して行持するのだ』と。彼らは、命あるものを殺すことから離れるでしょう。この善なる法(性質)を受持して行持するでしょう。彼らは、諸々の善なる法(性質)の受持を因として、寿命〔の観点〕によってもまた増大するでしょうし、色艶〔の観点〕によってもまた増大するでしょう。彼らが、寿命〔の観点〕によってもまた増大し、色艶〔の観点〕によってもまた増大していると、十年の寿命ある人間たちの子供たちは、二十年の寿命ある者たちと成るでしょう。
比丘たちよ、そこで、まさに、それらの有情たちに、このような〔思いが〕有るでしょう。『わたしたちは、まさに、諸々の善なる法(性質)の受持を因として、寿命〔の観点〕によってもまた増大し、色艶〔の観点〕によってもまた増大する。それなら、さあ、わたしたちは、より一層しっかりと、善を為すのだ。どのような善を為すべきなのか。それなら、さあ、わたしたちは、与えられていないものを取ることから離れるのだ。……。諸々の欲望〔の対象〕にたいする誤った行ないから離れるのだ。……。虚偽を説くことから離れるのだ。……。中傷の言葉から離れるのだ。……。粗暴な言葉から離れるのだ。……。雑駁な虚論から離れるのだ。……。強欲〔の思い〕を捨棄するのだ。……。憎悪〔の思い〕を捨棄するのだ。……。誤った見解を捨棄するのだ。……。三つの法(性質)を──法(正義)ならざるものへの貪り〔の思い〕(異常愛)を、正常ならざる貪欲(異常欲)を、誤った法(同性愛)を──捨棄するのだ。……。それなら、さあ、わたしたちは、母を敬う者たちとして、父を敬う者たちとして、沙門を敬う者たちとして、婆羅門を敬う者たちとして、家における最尊者を敬う者たちとして、〔世に〕存するのだ。この善なる法(性質)を受持して行持するのだ』と。彼らは、母を敬う者たちとして、父を敬う者たちとして、沙門を敬う者たちとして、婆羅門を敬う者たちとして、家における最尊者を敬う者たちとして、〔世に〕有るでしょう。この善なる法(性質)を受持して行持するでしょう。
彼らは、諸々の善なる法(性質)の受持を因として、寿命〔の観点〕によってもまた増大するでしょうし、色艶〔の観点〕によってもまた増大するでしょう。彼らが、寿命〔の観点〕によってもまた増大し、色艶〔の観点〕によってもまた増大していると、二十年の寿命ある人間たちの子供たちは、四十年の寿命ある者たちと成るでしょう。……四十年の寿命ある人間たちの子供たちは、八十年の寿命ある者たちと成るでしょう。……八十年の寿命ある人間たちの子供たちは、百六十年の寿命ある者たちと成るでしょう。……百六十年の寿命ある人間たちの子供たちは、三百二十年の寿命ある者たちと成るでしょう。……三百二十年の寿命ある人間たちの子供たちは、六百四十年の寿命ある者たちと成るでしょう。……六百四十年の寿命ある人間たちの子供たちは、二千年の寿命ある者たちと成るでしょう。……二千年の寿命ある人間たちの子供たちは、四千年の寿命ある者たちと成るでしょう。……四千年の寿命ある人間たちの子供たちは、八千年の寿命ある者たちと成るでしょう。……八千年の寿命ある人間たちの子供たちは、二万年の寿命ある者たちと成るでしょう。二万年の寿命ある人間たちの子供たちは、四万年の寿命ある者たちと成るでしょう。四万年の寿命ある人間たちの子供たちは、八万年の寿命ある者たちと成るでしょう。……。比丘たちよ、八万年の寿命ある者たちとして、人間たちがあるとき、五百歳の少女たちが結婚できる者たちと成るでしょう。
サンカ王の生起
比丘たちよ、八万年の寿命ある者たちとして、人間たちがあるとき、三つの病苦が有るでしょう。欲求(本能)であり、飢餓(空腹になること)であり、老化です。比丘たちよ、八万年の寿命ある者たちとして、人間たちがあるとき、このジャンブ洲(閻浮提:インド大陸)は、まさしく、そして、繁栄し、さらに、興隆するものと成るでしょう──鶏たちが群集する、諸々の村と町と王都あるものとなり。比丘たちよ、八万年の寿命ある者たちとして、人間たちがあるとき、このジャンブ洲は、思うに、間隔なく人間たちで充満したものと成るでしょう。それは、たとえば、また、あるいは、ナラ〔葦〕の林のように、サラ〔葦〕の林のように。比丘たちよ、八万年の寿命ある者たちとして、人間たちがあるとき、このバーラーナシーは、ケートゥマティーという名の王都と成るでしょう──まさしく、そして、繁栄し、さらに、興隆し、かつまた、多くの人々がいて、かつまた、人間たちで満ち溢れ、かつまた、作物が豊富なところとなり。比丘たちよ、八万年の寿命ある者たちとして、人間たちがあるとき、このジャンブ洲において、ケートゥマティー王都を筆頭とする、八万四千の城市が有るでしょう。比丘たちよ、八万年の寿命ある者たちとして、人間たちがあるとき、ケートゥマティー王都において、サンカという名の王が、転輪〔王〕として、法(正義)にかなう法(正義)の王として、四辺の征圧者として、地方の安定に至り得た者として、七つの宝を具備した者として、生起するでしょう。彼には、これらの七つの宝が有るでしょう。それは、すなわち、この、車輪の宝であり、象の宝であり、馬の宝であり、宝珠の宝であり、婦女の宝であり、家長の宝であり、第七のものとして、まさしく、参謀の宝が。また、まさに、彼には、千を超える子たちが有るでしょう──勇者の肢体と形姿があり、他軍を撃破する、勇士たちが。彼は、海洋を極限とする、この地を、棒によらず、刃によらず、法(正義)によって征圧して、〔家に〕居住するでしょう。
メッテイヤ覚者の生起
比丘たちよ、八万年の寿命ある者たちとして、人間たちがあるとき、メッテイヤという名の世尊が、阿羅漢として、正等覚者として、明知と行ないの成就者として、善き至達者として、世〔の一切〕を知る者として、無上なる者として、調御されるべき人の馭者として、天〔の神々〕と人間たちの教師として、覚者として、世尊として、世に生起するでしょう。それは、たとえば、また、わたしが、今現在、阿羅漢として、正等覚者として、明知と行ないの成就者として、善き至達者として、世〔の一切〕を知る者として、無上なる者として、調御されるべき人の馭者として、天〔の神々〕と人間たちの教師として、覚者として、世尊として、世に生起したように。彼は、天を含み、魔を含み、梵を含み、沙門や婆羅門を含む、この世〔の人々〕に、天〔の神〕や人間を含む人々に、自ら、証知して、実証して、〔法を〕知らせるでしょう。それは、たとえば、また、わたしが、今現在、天を含み、魔を含み、梵を含み、沙門や婆羅門を含む、この世〔の人々〕に、天〔の神〕や人間を含む人々に、自ら、証知して、実証して、〔法を〕知らせるように。彼は、法(教え)を説示するでしょう──最初が善きものとして、中間において善きものとして、結末が善きものとして、義(意味)を有するものとして、文(文型)を有するものとして、全一にして円満成就した完全なる清浄の梵行を明示するでしょう。それは、たとえば、また、わたしが、今現在、法(教え)を説示するように──最初が善きものとして、中間において善きものとして、結末が善きものとして、義(意味)を有するものとして、文(文型)を有するものとして、全一にして円満成就した完全なる清浄の梵行を明示するように。彼は、幾千の比丘の僧団を維持するでしょう。それは、たとえば、また、わたしが、今現在、幾百の比丘の僧団を維持するように。
比丘たちよ、そこで、まさに、サンカという名の王が、すなわち、その、〔かつて〕マハー・パナーダ王が作らせた宮殿があり、その宮殿を興起して、居住して〔そののち〕、それを布施して捨て放って、沙門や婆羅門や困窮者や放浪者や乞食者や乞い求める者たちに、布施を施して、阿羅漢にして正等覚者たるメッテイヤ世尊の現前において、髪と髭を剃り落として、諸々の黄褐色の衣をまとって、家から家なきへと出家するでしょう。彼は、このように出家者として〔世に〕存しながら、独り、〔静所に〕隠棲し、〔気づきを〕怠らず、熱情ある者となり、自己を精励する者として〔世に〕住んでいると、まさしく、長からずして──その義(目的)のために、良家の子息たちが、まさしく、正しく、家から家なきへと出家する、〔まさに〕その、梵行の結末という無上なるものを、まさしく、所見の法(現世)において、自ら、証知して、実証して、成就して、〔世に〕住むでしょう。
比丘たちよ、〔あなたたちは〕自己を洲とする者たちとして、自己を帰依所とする者たちとして、他のものを帰依所としない者たちとして、法(教え)を洲とする者たちとして、法(教え)を帰依所とする者たちとして、他のものを帰依所としない者たちとして、〔世に〕住みなさい。比丘たちよ、では、どのように、比丘は、自己を洲とする者として、自己を帰依所とする者として、他のものを帰依所としない者として、法(教え)を洲とする者として、法(教え)を帰依所とする者として、他のものを帰依所としない者として、〔世に〕住むのですか。比丘たちよ、ここに、比丘が、身体における身体の随観ある者として〔世に〕住みます──熱情ある者となり、正知の者となり、気づきある者となり、世における強欲〔の思い〕と失意〔の思い〕を取り除いて。諸々の感受における……略……。心における……略……。諸々の法(性質)における法(性質)の随観ある者として〔世に〕住みます──熱情ある者となり、正知の者となり、気づきある者となり、世における強欲〔の思い〕と失意〔の思い〕を取り除いて。比丘たちよ、このように、まさに、比丘は、自己を洲とする者として、自己を帰依所とする者として、他のものを帰依所としない者として、法(教え)を洲とする者として、法(教え)を帰依所とする者として、他のものを帰依所としない者として、〔世に〕住みます。
比丘の寿命と色艶等の増大の話
比丘たちよ、〔自己の〕境涯である自らの父祖の境域を歩みなさい。比丘たちよ、〔自己の〕境涯である自らの父祖の境域を歩んでいるなら、寿命〔の観点〕によってもまた増大するでしょうし、色艶〔の観点〕によってもまた増大するでしょうし、安楽〔の観点〕によってもまた増大するでしょうし、財物〔の観点〕によってもまた増大するでしょうし、活力〔の観点〕によってもまた増大するでしょう。
比丘たちよ、では、何が、比丘の寿命における〔増大となるのですか〕。比丘たちよ、ここに、比丘が、欲〔の思い〕(意欲)の禅定(定)と精励の形成〔作用〕(行)を具備した神通の足場(神足)を修めます。精進の禅定と精励の形成〔作用〕を具備した神通の足場を修めます。心(専心)の禅定と精励の形成〔作用〕を具備した神通の足場を修めます。考察の禅定と精励の形成〔作用〕を具備した神通の足場を修めます。彼は、これらの四つの神通の足場が、修められ、多く為されたことから、望んでいるなら、あるいは、命数のあいだ、あるいは、命数と残余のあいだ、〔世に〕止住できます。比丘たちよ、これが、まさに、比丘の寿命における〔増大となります〕。
比丘たちよ、では、何が、比丘の色艶における〔増大となるのですか〕。比丘たちよ、ここに、比丘が、戒ある者として〔世に〕有り、戒条(波羅提木叉:戒律条項)による統御によって統御された者として〔世に〕住み、〔正しい〕習行と〔正しい〕境涯を成就した者として、諸々の微量の罪過について恐怖を見る者として、〔戒を〕受持して、諸々の学びの境処(戒律)において学びます。比丘たちよ、これが、まさに、比丘の色艶における〔増大となります〕。
比丘たちよ、では、何が、比丘の安楽における〔増大となるのですか〕。比丘たちよ、ここに、比丘が、まさしく、諸々の欲望〔の対象〕から離れて、諸々の善ならざる法(性質)から離れて、〔粗雑なる〕思考を有し、〔微細なる〕想念を有し、遠離から生じる喜悦と安楽がある、第一の瞑想(初禅・第一禅)を成就して〔世に〕住みます。……略……第二の瞑想(第二禅)を……略……第三の瞑想(第三禅)を……略……第四の瞑想(第四禅)を成就して〔世に〕住みます。比丘たちよ、これが、まさに、比丘の安楽における〔増大となります〕。
比丘たちよ、では、何が、比丘の財物における〔増大となるのですか〕。比丘たちよ、ここに、比丘が、慈愛〔の思い〕を共具した心で、一つの方角を充満して、〔世に〕住みます。そのように、第二〔の方角〕を〔充満して、世に住みます〕。そのように、第三〔の方角〕を〔充満して、世に住みます〕。そのように、第四〔の方角〕を〔充満して、世に住みます〕。かくのごとく、上に、下に、横に、一切所に、一切において自己たることから、一切すべての世を、広大で莫大で無量にして怨念〔の思い〕なく憎悪〔の思い〕なく慈愛〔の思い〕を共具した心で充満して、〔世に〕住みます。慈悲〔の思い〕を共具した心で……略……。歓喜〔の思い〕を共具した心で……略……。放捨〔の思い〕を共具した心で、一つの方角を充満して、〔世に〕住みます。そのように、第二〔の方角〕を〔充満して、世に住みます〕。そのように、第三〔の方角〕を〔充満して、世に住みます〕。そのように、第四〔の方角〕を〔充満して、世に住みます〕。かくのごとく、上に、下に、横に、一切所に、一切において自己たることから、一切すべての世を、広大で莫大で無量にして怨念〔の思い〕なく憎悪〔の思い〕なく放捨〔の思い〕を共具した心で充満して、〔世に〕住みます。比丘たちよ、これが、まさに、比丘の財物における〔増大となります〕。
比丘たちよ、では、何が、比丘の活力における〔増大となるのですか〕。比丘たちよ、ここに、比丘が、諸々の煩悩の滅尽あることから、煩悩なきものとして、〔止寂の〕心による解脱を、〔観察の〕智慧による解脱を、まさしく、所見の法(現世)において、自ら、証知して、実証して、成就して、〔世に〕住みます。比丘たちよ、これが、まさに、比丘の活力における〔増大となります〕。
比丘たちよ、わたしは、すなわち、このように、打ち負かし難きものとして、〔これより〕他に、一つ活力でさえも、等しく随観することがありません。比丘たちよ、すなわち、この、悪魔の活力です(それをも凌駕するのが比丘の活力である)。比丘たちよ、諸々の善なる法(性質)の受持を因として、このように、この功徳は増大します」と。世尊は、この〔言葉〕を言いました。わが意を得たそれらの比丘たちは、世尊の語ったことを大いに喜んだ、ということです。
転輪〔王〕の経は終了となり、〔以上が〕第三となる。
注釈【2】
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