翻訳【19】
English
- Bhikkhu Sujato
- John D. Ireland (1997)
日本語
- 関西パーリ語実習会 (2023)
Français
- Canonpali.org
Deutsch
- Karl Seidenstücker (1922)
- Sabbamitta
Italiano
- Enzo Alfano
Català
- Albert Biayna Gea
Português
- Michael Beisert (2014)
Русский
- SV theravada.ru (2014)
Nederlands
- Guy Eugène Dubois
Norsk
- Kåre A. Lie
Srpski
- Branislav Kovačević (2022)
Čeština
- Bhikkhu Gavésakó, Štěpán Chromovský
Lietuvių Kalba
- Sayalay Piyadassi (2023)
Việt Ngữ
- Thích Minh Châu
සිංහල
- A.P. de Zoysa
ပြန်သွားရန်
- Pitaka Myanmar Translation
पाळिभासा (Pāli)
- Mahāsaṅgīti Tipiṭaka
参照
- Sutta Central
明知の経
まさに、このことが、世尊によって説かれ、阿羅漢によって説かれ、かくのごとく、わたしは聞きました。
「比丘たちよ、無明を先行として、諸々の善ならざる法(性質)への入定あることから、まさしく、ただちに、恥〔の思い〕なき〔生き方〕(無慚)があり、〔良心の〕咎めなき〔生き方〕(無愧)があります。比丘たちよ、しかしながら、まさに、明知を先行として、諸々の善なる法(性質)への入定あることから、まさしく、ただちに、恥〔の思い〕と〔良心の〕咎め(慚愧)があります」と、この義(道理)を、世尊は説きました。そこにおいて、このことは、かくのごとく説かれます。
「この世において、さらに、他〔の世〕において、これらの悪しき境遇は、それらが何であれ、一切が、無明を根元とするものであり、〔悪しき〕欲求と貪欲〔の思い〕の積み重ねとなるものである。
そして、すなわち、悪しき欲求ある者と〔成り〕、恥〔の思い〕なき者と〔成り〕、礼を欠く者と成ることから、そののち、〔彼は〕悪を生み出し、それによって、悪所(地獄)に赴く。
それゆえに、そして、欲〔の思い〕を、かつまた、貪欲〔の思い〕を、さらに、無明を、〔常に〕離貪させながら、〔常に〕明知を生起させている比丘は、一切の悪しき境遇を捨棄するであろう」と。
この義(道理)もまた、世尊によって説かれ、かくのごとく、わたしは聞きました。ということで、〔以上が〕第三となる。
翻訳【19】
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- John D. Ireland (1997)
日本語
- 関西パーリ語実習会 (2023)
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සිංහල
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ပြန်သွားရန်
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पाळिभासा (Pāli)
- Mahāsaṅgīti Tipiṭaka
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明知の経
注釈【0】