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翻訳【20】

第一の探し求めの経

まさに、このことが、世尊によって説かれ、阿羅漢によって説かれ、かくのごとく、わたしは聞きました。

「比丘たちよ、三つのものがあります。これらの探し求めです。どのようなものが、三つのものなのですか。欲望〔の対象〕の探し求めであり、〔迷いの〕生存の探し求めであり、〔利得のための〕梵行の探し求めです。比丘たちよ、まさに、これらの三つの探し求めがあります」と、この義(道理)を、世尊は説きました。そこにおいて、このことは、かくのごとく説かれます。

〔心が〕定められた者にして、正知と気づきの者たる、覚者の弟子は、そして、諸々の探し求め(貪欲の思い)を、さらに、諸々の探し求めの発生を、〔あるがままに〕覚知する。

そして、そこにおいて、これら〔の探し求め〕が止滅するところ⸺〔すなわち、涅槃の境処を〕、さらに、滅尽に至る道を、〔あるがままに覚知する〕。諸々の探し求めの滅尽あることから、比丘は、無欲の者となり、完全なる涅槃に到達した者となる」と。

この義(道理)もまた、世尊によって説かれ、かくのごとく、わたしは聞きました。ということで、〔以上が〕第五となる。

注釈【0】