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翻訳【19】

思量の遍知の経

まさに、このことが、世尊によって説かれ、阿羅漢によって説かれ、かくのごとく、わたしは聞きました。

「比丘たちよ、〔我想の〕思量(自我意識)を証知せず遍知せずにいる者は、そこにおいて、心を離貪させず捨棄せずにいる者であり、苦しみの滅尽の可能なき者です。比丘たちよ、しかしながら、まさに、〔我想の〕思量を証知し遍知している者は、そこにおいて、心を離貪させ捨棄している者であり、苦しみの滅尽の可能ある者です」と、この義(道理)を、世尊は説きました。そこにおいて、このことは、かくのごとく説かれます。

〔我想の〕思量を具した、この人々は、思量の拘束ある〔人々〕であり、〔迷いの〕生存を喜ぶ〔人々〕である。思量を遍知せずにいる者たちは、さらなる生存へと帰り来る者たちである。

しかしながら、すなわち、〔我想の〕思量を打破して、思量の消滅〔の境地〕(涅槃)において解脱した者たちは、彼らは、思量の拘束を征服する者たちであり、一切の苦しみを超え行ったのだ」と。

この義(道理)もまた、世尊によって説かれ、かくのごとく、わたしは聞きました。ということで、〔以上が〕第八となる。

注釈【0】