読み込み中

翻訳【20】

善き戒の経

まさに、このことが、世尊によって説かれ、阿羅漢によって説かれ、かくのごとく、わたしは聞きました。

「比丘たちよ、比丘は、善き戒ある者として、善き法(教え)ある者として、善き智慧ある者として、この法(教え)と律において、『全一者にして〔梵行の〕完成者たる最上の人士』と説かれます。

比丘たちよ、では、どのように、比丘は、善き戒ある者と成るのですか。比丘たちよ、ここに、比丘が、戒ある者として〔世に〕有り、戒条波羅提木叉:戒律条項)による統御によって統御された者として〔世に〕住み、〔正しい〕習行と〔正しい〕境涯を成就した者として、諸々の微量の罪過について恐怖を見る者として、〔戒を〕受持して、諸々の学びの境処(戒律)において学びます。比丘たちよ、このように、まさに、比丘は、善き戒ある者と成ります。かくのごとく、善き戒ある者として。

では、どのように、善き法(教え)ある者と成るのですか。比丘たちよ、ここに、比丘が、七つの覚りの項目の法菩提分法:四念処・四正勤・四神足・五根・五力・七覚支・八正道の三十七菩提分法)のために、修行への専念に専念する者として〔世に〕住みます。比丘たちよ、このように、まさに、比丘は、善き法(教え)ある者と成ります。かくのごとく、善き戒ある者として、善き法(教え)ある者として。

では、どのように、善き智慧ある者と成るのですか。比丘たちよ、ここに、比丘が、諸々の煩悩の滅尽あることから、煩悩なきものとして、〔止寂の〕心による解脱を、〔観察の〕智慧による解脱を、まさしく、所見の法(現世)において、自ら、証知して、実証して、成就して、〔世に〕住みます。比丘たちよ、このように、まさに、比丘は、善き智慧ある者と成ります。

かくのごとく、善き戒ある者として、善き法(教え)ある者として、善き智慧ある者として、この法(教え)と律において、『全一者にして〔梵行の〕完成者たる最上の人士』と説かれます」と、この義(道理)を、世尊は説きました。そこにおいて、このことは、かくのごとく説かれます。

「彼に、身体と言葉と意による悪行が存在しないなら、彼を、まさに、恥の意ある比丘を、〔賢者たちは〕『善き戒ある者』と言う。

彼に、七つの正覚に至る法(教え)が善く修められたなら、彼を、まさに、〔渇愛の〕増長なき比丘を、〔賢者たちは〕『善き法(教え)ある者』と言う。

彼が、まさしく、この〔世において〕、苦しみと自己の滅尽を覚知するなら、彼を、まさに、煩悩なき比丘を、〔賢者たちは〕『善き智慧ある者』と言う。

それらの法(性質)を成就し、煩悶なく、疑念を断ち、一切の世に依存なき者を、〔賢者たちは〕『一切を捨棄する者』と言う」と。

この義(道理)もまた、世尊によって説かれ、かくのごとく、わたしは聞きました。ということで、〔以上が〕第八となる。

注釈【1】