このように、わたしは聞きました。或る時のことです。尊者マハー・モッガッラーナは、バッガ〔国〕に住んでおられます。ススマーラギラ〔村〕のベーサカラー林の鹿園において。また、まさに、その時点にあって、尊者マハー・モッガッラーナは、野外において、歩行瞑想をします。また、まさに、その時点にあって、悪魔パーピマントは、尊者マハー・モッガッラーナの、腹に至り腹部に入り込んだ状態でいます。そこで、まさに、尊者マハー・モッガッラーナに、この〔思い〕が有りました。「いったい、まさに、どうして、わたしの腹は、重々しいのだ。思うに、豆が詰め込まれたかのように」と。そこで、まさに、尊者マハー・モッガッラーナは、歩行場から降りて、精舎に入って、設けられた坐に坐りました。坐って、まさに、尊者マハー・モッガッラーナは、各自に根源のままに意を為しました。まさに、尊者マハー・モッガッラーナは、悪魔パーピマントが、腹に至り腹部に入り込んでいるのを見ました。見て、悪魔パーピマントに、こう言いました。「パーピマントよ、出なさい。パーピマントよ、出なさい。如来を悩ませてはいけません。如来の弟子を〔悩ませては〕いけません。あなたにとって、長夜にわたり、利益ならざるもののために〔成り〕、苦痛のために成ってはいけません」と。そこで、まさに、悪魔パーピマントに、この〔思い〕が有りました。「まさに、わたしのことを、この沙門は、まさしく、知らずにいながら、見ずにいながら、このように言った。『パーピマントよ、出なさい。パーピマントよ、出なさい。如来を悩ませてはいけません。如来の弟子を〔悩ませては〕いけません。あなたにとって、長夜にわたり、利益ならざるもののために〔成り〕、苦痛のために成ってはいけません』と。すなわち、また、彼のその教師も、彼もまた、わたしのことを、まさしく、すみやかに知ることはない。また、どうして、わたしのことを、この沙門が知るというのだろう」と。そこで、まさに、尊者マハー・モッガッラーナは、悪魔パーピマントに、こう言いました。「パーピマントよ、このようにもまた、まさに、あなたのことを、わたしは知ります。あなたは、思い考えてはいけません。『わたしのことを、〔彼は〕知らない』と。パーピマントよ、〔あなたは〕存しています——悪魔として。パーピマントよ、まさに、あなたに、このような〔思いが〕有ります。『まさに、わたしのことを、この沙門は、まさしく、知らずにいながら、見ずにいながら、このように言った。「パーピマントよ、出なさい。パーピマントよ、出なさい。如来を悩ませてはいけません。如来の弟子を〔悩ませては〕いけません。あなたにとって、長夜にわたり、利益ならざるもののために〔成り〕、苦痛のために成ってはいけません」と。すなわち、また、彼のその教師も、彼もまた、わたしのことを、まさしく、すみやかに知ることはない。また、どうして、わたしのことを、この沙門が知るというのだろう』」と。
そこで、まさに、悪魔パーピマントに、まさに、この〔思い〕が有りました。「まさに、わたしのことを、この沙門は、まさしく、知りながら、見ながら、このように言った。『パーピマントよ、出なさい。パーピマントよ、出なさい。如来を悩ませてはいけません。如来の弟子を〔悩ませては〕いけません。あなたにとって、長夜にわたり、利益ならざるもののために〔成り〕、苦痛のために成ってはいけません』」と。そこで、まさに、悪魔パーピマントは、尊者マハー・モッガッラーナの口から飛び出して、喉のうえに立ちました。
まさに、尊者マハー・モッガッラーナは、悪魔パーピマントが、喉のうえに立っているのを見ました。見て、悪魔パーピマントに、こう言いました。「パーピマントよ、ここにおいてもまた、まさに、あなたのことを、わたしは見ます。あなたは思い考えてはいけません。『わたしのことを、〔彼は〕見ない』と。パーピマントよ、〔まさに〕その、あなたは、喉のうえに立っています。パーピマントよ、過去の事(過去世)ですが、〔わたしは〕ドゥーシンという名の悪魔として〔世に〕有りました。〔まさに〕その、わたしには、カーリーという名の姉妹がいます。あなたは、彼女の子です。〔まさに〕その、あなたは、わたしの甥として〔世に〕有りました。パーピマントよ、また、まさに、その時点にあって、阿羅漢にして正等覚者たるカクサンダ世尊が、世に生起し、〔世に〕有ります。パーピマントよ、また、まさに、阿羅漢にして正等覚者たるカクサンダ世尊には、ヴィドゥラとサンジーヴァという名の、組なる弟子が有りました——至高の組なる賢人として。パーピマントよ、また、まさに、すなわち、阿羅漢にして正等覚者たるカクサンダ世尊の弟子たちとしてあるかぎり、そして、彼らのうちに、誰であれ、尊者ヴィドゥラと等しく同等の者は有りません。すなわち、この、法(教え)の説示において。パーピマントよ、まさに、このように、これを転機にして、尊者ヴィドゥラには、まさしく、『ヴィドゥラ(無比)』という呼称が生起しました。
パーピマントよ、また、尊者サンジーヴァは、林に赴くもまた、木の根元に赴くもまた、空家に赴くもまた、まさしく、難少なく、表象と感覚の止滅(想受滅)に入定します。パーピマントよ、過去の事ですが、尊者サンジーヴァは、或るどこかの木の根元において、表象と感覚の止滅に入定し、坐った状態でいます。パーピマントよ、まさに、牛飼いたちは、牧畜者たちは、耕作者たちは、道行く者たちは、尊者サンジーヴァが、或るどこかの木の根元において、表象と感覚の止滅に入定し、坐っているのを見ました。見て、彼らに、この〔思い〕が有りました。『ああ、まさに、めったにないことだ。ああ、まさに、はじめてのことだ。この沙門は、まさしく、坐った者でありながら、命を終えたのだ。さあ、彼を焼くのだ』と。パーピマントよ、そこで、まさに、それらの、牛飼いたちは、牧畜者たちは、耕作者たちは、道行く者たちは、そして、草を、かつまた、薪を、さらに、牛糞を、〔それらを〕寄せ集めて、尊者サンジーヴァの身体に積み上げて、火を点けて立ち去りました。パーピマントよ、そこで、まさに、尊者サンジーヴァは、その夜が明けると、その入定から出起して、諸々の衣料を打ち払って、早刻時に、着衣して鉢と衣料を取って、村に〔行乞の〕食のために入りました。パーピマントよ、まさに、それらの、牛飼いたちは、牧畜者たちは、耕作者たちは、道行く者たちは、尊者サンジーヴァが、〔行乞の〕食のために歩んでいるのを見ました。見て、彼らに、この〔思い〕が有りました。『ああ、まさに、めったにないことだ。ああ、まさに、はじめてのことだ。この沙門は、まさしく、坐った者でありながら、命を終えたのだ。〔まさに〕その、この者が、蘇生したのだ(パティサンジーヴィタ)』と。パーピマントよ、まさに、このように、これを転機にして、尊者サンジーヴァには、まさしく、『サンジーヴァ』という呼称が生起しました。
パーピマントよ、そこで、まさに、ドゥーシン悪魔に、この〔思い〕が有りました。『まさに、わたしは、戒ある者たちであり、善き法(性質)ある者たちである、これらの比丘たちの、あるいは、帰る所を、あるいは、赴く所を、まさしく、知らない。それなら、さあ、わたしは、婆羅門や家長たちに憑依するのだ。さあ、おまえたちは、戒ある者たちであり、善き法(性質)ある者たちである、比丘たちを、罵倒し、口撃し、困らせ、悩ませるのだ。まさしく、おそらく、まさに、おまえたちによって、罵倒され、口撃され、悩まされ、困らされていると、〔彼らに〕心の他化が存するであろう。すなわち、ドゥーシン悪魔が、侵入〔の機会〕を得るべく、そのとおりに』と。パーピマントよ、そこで、まさに、ドゥーシン悪魔は、それらの婆羅門や家長たちに憑依しました。『さあ、おまえたちは、戒ある者たちであり、善き法(性質)ある者たちである、比丘たちを、罵倒し、口撃し、困らせ、悩ませるのだ。まさしく、おそらく、まさに、おまえたちによって、罵倒され、口撃され、悩まされ、困らされていると、〔彼らに〕心の他化が存するであろう。すなわち、ドゥーシン悪魔が、侵入〔の機会〕を得るべく、そのとおりに』と。
パーピマントよ、そこで、まさに、それらの婆羅門や家長たちは、ドゥーシン悪魔に憑依され、戒ある者たちであり、善き法(性質)ある者たちである、比丘たちを、罵倒し、口撃し、困らせ、悩ませます。『さてまた、これらの坊主頭の似非沙門たちは、卑俗の黒き者たちであり、梵の足から生まれた者たちであり、「〔わたしたちは〕瞑想者として存している。〔わたしたちは〕瞑想者として存している」と、肩を落とし、顔を下に、魯鈍の類となり、瞑想し、凝思し、尋思し、沈思する。それは、たとえば、また、まさに、梟が、木の枝で、鼠を狙いながら、瞑想し、凝思し、尋思し、沈思するように、まさしく、このように、これらの坊主頭の似非沙門たちは、卑俗の黒き者たちであり、梵の足から生まれた者たちであり、「〔わたしたちは〕瞑想者として存している。〔わたしたちは〕瞑想者として存している」と、肩を落とし、顔を下に、魯鈍の類となり、瞑想し、凝思し、尋思し、沈思する。それは、たとえば、また、まさに、野狐が、川の岸で、魚たちを狙いながら、瞑想し、凝思し、尋思し、沈思するように、まさしく、このように、これらの坊主頭の似非沙門たちは、卑俗の黒き者たちであり、梵の足から生まれた者たちであり、「〔わたしたちは〕瞑想者として存している。〔わたしたちは〕瞑想者として存している」と、肩を落とし、顔を下に、魯鈍の類となり、瞑想し、凝思し、尋思し、沈思する。それは、たとえば、また、まさに、山猫が、隙間やどぶやごみためで、鼠を狙いながら、瞑想し、凝思し、尋思し、沈思するように、まさしく、このように、これらの坊主頭の似非沙門たちは、卑俗の黒き者たちであり、梵の足から生まれた者たちであり、「〔わたしたちは〕瞑想者として存している。〔わたしたちは〕瞑想者として存している」と、肩を落とし、顔を下に、魯鈍の類となり、瞑想し、凝思し、尋思し、沈思する。それは、たとえば、また、まさに、流水で〔道を〕断ち切られた驢馬が、隙間やどぶやごみためで、瞑想し、凝思し、尋思し、沈思するように、まさしく、このように、これらの坊主頭の似非沙門たちは、卑俗の黒き者たちであり、梵の足から生まれた者たちであり、「〔わたしたちは〕瞑想者として存している。〔わたしたちは〕瞑想者として存している」と、肩を落とし、顔を下に、魯鈍の類となり、瞑想し、凝思し、尋思し、沈思する』と。
パーピマントよ、また、まさに、その時点にあって、すなわち、人間たちが命を終えるなら、多くのところとして、身体の破壊ののち、死後において、悪所に、悪趣に、堕所に、地獄に、再生します。
パーピマントよ、そこで、まさに、阿羅漢にして正等覚者たるカクサンダ世尊は、比丘たちに告げました。『比丘たちよ、まさに、婆羅門や家長たちは、ドゥーシン悪魔に憑依されました。「さあ、おまえたちは、戒ある者たちであり、善き法(性質)ある者たちである、比丘たちを、罵倒し、口撃し、困らせ、悩ませるのだ。まさしく、おそらく、まさに、おまえたちによって、罵倒され、口撃され、悩まされ、困らされていると、〔彼らに〕心の他化が存するであろう。すなわち、ドゥーシン悪魔が、侵入〔の機会〕を得るべく、そのとおりに」と。比丘たちよ、さあ、あなたたちは、慈愛〔の思い〕を共具した心で、一つの方角を充満して、〔世に〕住みなさい。そのように、第二〔の方角〕を〔充満して、世に住みなさい〕。そのように、第三〔の方角〕を〔充満して、世に住みなさい〕。そのように、第四〔の方角〕を〔充満して、世に住みなさい〕。かくのごとく、上に、下に、横に、一切所に、一切において自己たることから、一切すべての世を、広大で莫大で無量にして怨念〔の思い〕なく憎悪〔の思い〕なく慈愛〔の思い〕を共具した心で充満して、〔世に〕住みなさい。慈悲〔の思い〕を共具した心で……略……。歓喜〔の思い〕を共具した心で……略……。放捨〔の思い〕を共具した心で、一つの方角を充満して、〔世に〕住みなさい。そのように、第二〔の方角〕を〔充満して、世に住みなさい〕。そのように、第三〔の方角〕を〔充満して、世に住みなさい〕。そのように、第四〔の方角〕を〔充満して、世に住みなさい〕。かくのごとく、上に、下に、横に、一切所に、一切において自己たることから、一切すべての世を、広大で莫大で無量にして怨念〔の思い〕なく憎悪〔の思い〕なく放捨〔の思い〕を共具した心で充満して、〔世に〕住みなさい』と。
パーピマントよ、そこで、まさに、それらの比丘たちは、阿羅漢にして正等覚者たるカクサンダ世尊によって、このように教諭され、このように教示されつつ、林に赴いた者たちもまた、木の根元に赴いた者たちもまた、空家に赴いた者たちもまた、慈愛〔の思い〕を共具した心で、一つの方角を充満して、〔世に〕住みました。そのように、第二〔の方角〕を〔充満して、世に住みました〕。そのように、第三〔の方角〕を〔充満して、世に住みました〕。そのように、第四〔の方角〕を〔充満して、世に住みました〕。かくのごとく、上に、下に、横に、一切所に、一切において自己たることから、一切すべての世を、広大で莫大で無量にして怨念〔の思い〕なく憎悪〔の思い〕なく慈愛〔の思い〕を共具した心で充満して、〔世に〕住みました。慈悲〔の思い〕を共具した心で……略……。歓喜〔の思い〕を共具した心で……略……。放捨〔の思い〕を共具した心で、一つの方角を充満して、〔世に〕住みました。そのように、第二〔の方角〕を〔充満して、世に住みました〕。そのように、第三〔の方角〕を〔充満して、世に住みました〕。そのように、第四〔の方角〕を〔充満して、世に住みました〕。かくのごとく、上に、下に、横に、一切所に、一切において自己たることから、一切すべての世を、広大で莫大で無量にして怨念〔の思い〕なく憎悪〔の思い〕なく放捨〔の思い〕を共具した心で充満して、〔世に〕住みました。
パーピマントよ、そこで、まさに、ドゥーシン悪魔に、この〔思い〕が有りました。『このようにもまた、まさに、わたしは、為しつつあるも、戒ある者たちであり、善き法(性質)ある者たちである、これらの比丘たちの、あるいは、帰る所を、あるいは、赴く所を、まさしく、知らない。それなら、さあ、わたしは、婆羅門や家長たちに憑依するのだ。さあ、おまえたちは、戒ある者たちであり、善き法(性質)ある者たちである、比丘たちを、尊敬し、尊重し、思慕し、供養するのだ。まさしく、おそらく、まさに、おまえたちによって、尊敬され、尊重され、思慕され、供養されていると、〔彼らに〕心の他化が存するであろう。すなわち、ドゥーシン悪魔が、侵入〔の機会〕を得るべく、そのとおりに』と。パーピマントよ、そこで、まさに、ドゥーシン悪魔は、それらの婆羅門や家長たちに憑依しました。『さあ、おまえたちは、戒ある者たちであり、善き法(性質)ある者たちである、比丘たちを、尊敬し、尊重し、思慕し、供養するのだ。まさしく、おそらく、まさに、おまえたちによって、尊敬され、尊重され、思慕され、供養されていると、〔彼らに〕心の他化が存するであろう。すなわち、ドゥーシン悪魔が、侵入〔の機会〕を得るべく、そのとおりに』と。パーピマントよ、そこで、まさに、それらの婆羅門や家長たちは、ドゥーシン悪魔に憑依され、戒ある者たちであり、善き法(性質)ある者たちである、比丘たちを、尊敬し、尊重し、思慕し、供養します。
パーピマントよ、また、まさに、その時点にあって、すなわち、人間たちが命を終えるなら、多くのところとして、身体の破壊ののち、死後において、善き境遇に、天上の世に、再生します。
パーピマントよ、そこで、まさに、阿羅漢にして正等覚者たるカクサンダ世尊は、比丘たちに告げました。『比丘たちよ、まさに、婆羅門や家長たちは、ドゥーシン悪魔に憑依されました。「さあ、おまえたちは、戒ある者たちであり、善き法(性質)ある者たちである、比丘たちを、尊敬し、尊重し、思慕し、供養するのだ。まさしく、おそらく、まさに、おまえたちによって、尊敬され、尊重され、思慕され、供養されていると、〔彼らに〕心の他化が存するであろう。すなわち、ドゥーシン悪魔が、侵入〔の機会〕を得るべく、そのとおりに」と。比丘たちよ、さあ、あなたたちは、身体についての不浄の随観ある者たちとして、食についての嫌悪の表象ある者たちとして、一切の世についての歓楽なき表象ある者たちとして、一切の形成〔作用〕についての無常の表象ある者たちとして、〔世に〕住みなさい』と。
パーピマントよ、そこで、まさに、それらの比丘たちは、阿羅漢にして正等覚者たるカクサンダ世尊によって、このように教諭され、このように教示されつつ、林に赴いた者たちもまた、木の根元に赴いた者たちもまた、空家に赴いた者たちもまた、身体についての不浄の随観ある者たちとして、食についての嫌悪の表象ある者たちとして、一切の世についての歓楽なき表象ある者たちとして、一切の形成〔作用〕についての無常の表象ある者たちとして、〔世に〕住みました。
パーピマントよ、そこで、まさに、阿羅漢にして正等覚者たるカクサンダ世尊は、早刻時に、着衣して鉢と衣料を取って、尊者ヴィドゥラを随伴の沙門として、村に〔行乞の〕食のために入りました。パーピマントよ、そこで、まさに、ドゥーシン悪魔は、或るひとりの童子に憑依して、小石を掴んで、尊者ヴィドゥラの頭に、打撃を与えました。頭は破れ裂けました。パーピマントよ、そこで、まさに、尊者ヴィドゥラは、破断し血が滴り出る頭で、背後から背後へと、阿羅漢にして正等覚者たるカクサンダ世尊に付き従いました。パーピマントよ、そこで、まさに、阿羅漢にして正等覚者たるカクサンダ世尊は、象が観照するように観照しました。『この者は、ドゥーシン悪魔は、量を了知しなかった』と。パーピマントよ、また、そして、観照すると共に、ドゥーシン悪魔は、そして、その地から死滅し、さらに、大いなる地獄に再生しました。
パーピマントよ、また、まさに、その大いなる地獄には、三つの命名が有ります。『六つの接触ある〔認識の〕場所あるもの』ともまた、『杭が打たれたもの』ともまた、『各自それぞれに感受されるべきもの』ともまた。パーピマントよ、そこで、まさに、わたしに、地獄の番人たちは、近づいて行って、こう言いました。『おまえさんよ、すなわち、まさに、おまえの心臓において、杭と杭が出会うとき、そこで、おまえは、それを知るであろう。「千年のあいだ、わたしは、地獄において煮られている」』と。パーピマントよ、それで、まさに、わたしは、幾年、幾百年、幾千年のあいだ、その地獄において煮られました。まさしく、その大いなる地獄の、増長〔地獄〕においては、一万年のあいだ、出起という名の感受を感受しながら煮られました。パーピマントよ、〔まさに〕その、わたしには、このような形態の、それは、すなわち、また、人間のような身体が有り、このような形態の、それは、すなわち、また、魚のような頭が有ります。
〔そこで、詩偈に言う〕『〔覚者の〕弟子のヴィドゥラを襲って、さらに、婆羅門のカクサンダを〔襲って〕、そこにおいて、〔悪魔の〕ドゥーシンが〔大釜で〕煮られた地獄は、どのようなものとして存していたのか。
百の鉄杭は、〔それらの〕全てが、各自それぞれに〔苦痛の〕感受あるものとして存していた。〔覚者の〕弟子のヴィドゥラを襲って、さらに、婆羅門のカクサンダを〔襲って〕、そこにおいて、〔悪魔の〕ドゥーシンが〔大釜で〕煮られた地獄は、このようなものとして存していた。
彼は、このことを証知する、覚者の弟子たる比丘である。黒き者(悪魔)よ、そのような比丘を襲って、〔おまえは〕苦を受けるのだ。
カッパ(劫:時間の単位・極めて長い時間)のあいだ止住する諸々の宮殿が、海の中に立つ——瑠璃色の好ましき〔諸々の宮殿〕が、火炎の光輝ある〔諸々の宮殿〕が。そこにおいて、種々なる色艶ある仙女たちが多々に舞う。
彼は、このことを証知する、覚者の弟子たる比丘である。黒き者よ、そのような比丘を襲って、〔おまえは〕苦を受けるのだ。
彼は、まさに、覚者に促され、比丘の僧団が見ているところで、ミガーラマータルの高楼(鹿母講堂)を、足の親指で動かした。
彼は、このことを証知する、覚者の弟子たる比丘である。黒き者よ、そのような比丘を襲って、〔おまえは〕苦を受けるのだ。
彼は、〔天の〕ヴェージャヤンタの高楼(最勝講堂)を、足の親指で動かした。神通の力に支えられ、そして、天神たちを畏怖させた。
彼は、このことを証知する、覚者の弟子たる比丘である。黒き者よ、そのような比丘を襲って、〔おまえは〕苦を受けるのだ。
すなわち、彼は、〔天の〕ヴェージャヤンタの高楼において、帝釈〔天〕に遍く尋ねる。「さて、ヴァーサヴァ(帝釈天)よ、〔あなたは〕渇愛の滅尽という諸々の解脱〔の境地〕を知りますか」〔と〕。彼に、帝釈〔天〕は説き明かした——問いを尋ねられた者として、真実のとおりに。
彼は、このことを証知する、覚者の弟子たる比丘である。黒き者よ、そのような比丘を襲って、〔おまえは〕苦を受けるのだ。
彼は、スダンマー〔の集会場〕(善法講堂)の集会のただなかで、梵〔天〕に遍く尋ねる。「友よ、〔まさに〕その、かつて有った、あなたの見解ですが、〔その〕見解は、今日もまた、あなたに〔有りますか〕(あなたの見解は以前のままですか)。梵の世(梵天界)における光り輝きが離転しつつあるのを、〔あなたは〕見ますか(あなたの光輝が徐々に消滅するのを認めますか)」〔と〕。
梵〔天〕は、彼に説き明かした——順次に、真実のとおりに。「敬愛なる方よ、〔まさに〕その、かつて有った、わたしの見解ですが、その見解は、わたしに〔有り〕ません。
梵の世における光り輝きが離転しつつあるのを、〔わたしは〕見ます。〔まさに〕その、わたしが、今日、どうして、〔かつてのように〕『わたしは、常住にして常久なる者として〔世に〕存している』〔と〕説くというのでしょう」〔と〕。
彼は、このことを証知する、覚者の弟子たる比丘である。黒き者よ、そのような比丘を襲って、〔おまえは〕苦を受けるのだ。
彼は、解脱〔の神知〕によって、大いなるネール(須弥山)の峰に触れた——プッバヴィデーハ(東勝身:須弥山の東方に位置する大陸)の者たちの林に、さらに、すなわち、人として、地に臥す者たちであるなら、〔彼らの全てに〕。
彼は、このことを証知する、覚者の弟子たる比丘である。黒き者よ、そのような比丘を襲って、〔おまえは〕苦を受けるのだ。
火は、まさに、思わない——「わたしは、愚者を焼く」と。そして、愚者は、その燃える火を襲って、彼は焼かれるのだ。
悪魔よ、まさしく、このように、おまえは、如来である彼を襲って、火に触れる愚者のように、自ら、自己を焼くであろう。
悪魔は、如来である彼を襲って、善ならざる〔報い〕を生んだ。パーピマントよ、「わたしに、悪〔の報い〕は実らない」〔と〕、いったい、何を、思いなすのだ。
死神よ、長夜にわたり、〔悪を〕為していると、〔その〕悪は蓄積される。悪魔よ、覚者から厭い離れよ。比丘たちにたいし、〔悪しき〕願望を為してはならない』」〔と〕。
〔そこで、詩偈に言う〕「かくのごとく、比丘は、ベーサカラー林において、悪魔を一喝した。そののち、その夜叉(悪魔)は、失意の者となり、まさしく、その場において、消没した」と。
責め咎められるべき悪魔の経は終了となり、〔以上が〕第十となる。
小なる対なるものの章は終了となり、〔以上が〕第五となる。
その〔章〕のための摂頌となる。
〔そこで、詩偈に言う〕「そして、サーラー〔村〕の者たちとヴェーランジャ〔村〕の者たちと二つの満足、さらに、小なると大いなる法(教え)の受持、そして、審査者とコーサンビーの者たちと婆羅門、さらに、第十のものとして、そして、ドゥーシン悪魔があり、章となる」〔と〕。
サーラー〔村〕の者たちの章は終了となり、〔以上が〕第五となる。
これが、〔五つの〕章のための摂頌となる。
〔そこで、詩偈に言う〕「まさしく、そして、根元の教相、さらに、最上の獅子吼、まさしく、そして、鋸、ゴーシンガ、さらに、サーラー〔村〕の者たちがあり、これらの五つがある」〔と〕。
根元の五十なるものは〔以上で〕完結となる。
注釈【4】
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