読み込み中

翻訳【31】

犬の掟ある者の経

このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、コーリヤ〔国〕に住んでおられます。コーリヤ〔国〕には、ハリッダヴァサナという名の町があります。そこで、まさに、かつまた、牛の掟あるコーリヤ〔族〕の子息のプンナが、かつまた、犬の掟ある無衣行者のセーニヤが、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、牛の掟あるコーリヤ〔族〕の子息のプンナは、世尊を敬拝して、一方に坐りました。また、犬の掟ある無衣行者のセーニヤは、世尊を相手に共に挨拶しました。共に挨拶し記憶されるべき話を交わして、犬のようにかがんで、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、牛の掟あるコーリヤ〔族〕の子息のプンナは、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、この者は、犬の掟ある無衣行者のセーニヤです。為し難きことを為す者であり、地に置かれた食料を食べます。彼の、その犬の掟は、長夜にわたり、完全に受持されています。彼には、どのような〔死後の〕境遇()がありますか、どのような未来の運命がありますか」と。「プンナよ、十分です。このことは、ほうっておきなさい。わたしに、このことを尋ねてはいけません」と。再度また、まさに、牛の掟あるコーリヤ〔族〕の子息のプンナは……略……。三度また、まさに、牛の掟あるコーリヤ〔族〕の子息のプンナは、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、この犬の掟ある無衣行者のセーニヤは、為し難きことを為す者であり、地に置かれた食料を食べます。彼の、その犬の掟は、長夜にわたり、完全に受持されています。彼には、どのような〔死後の〕境遇がありますか、どのような未来の運命がありますか」と。

「プンナよ、たしかに、まさに、あなたの〔承諾を〕、わたしは得ません。『プンナよ、十分です。このことは、ほうっておきなさい。わたしに、このことを尋ねてはいけません』と〔言うも〕。ですが、ともあれ、あなたに、わたしは説き明かしましょう。プンナよ、ここに、一部の者は、円満成就した途切れなき犬の掟を修め、円満成就した途切れなき犬の戒を修め、円満成就した途切れなき犬の心を修め、円満成就した途切れなき犬の営為を修めます。彼は、円満成就した途切れなき犬の掟を修めて、円満成就した途切れなき犬の戒を修めて、円満成就した途切れなき犬の心を修めて、円満成就した途切れなき犬の営為を修めて、身体の破壊ののち、死後において、犬たちの同類として再生します。また、まさに、それで、もし、彼に、このような見解が有るなら、『わたしは、あるいは、この掟によって、あるいは、この戒によって、あるいは、この苦行によって、あるいは、この梵行によって、あるいは、天〔の神〕と成るのだ、あるいは、天〔の神々〕たちの或るひとり(天神の従者)と〔成るのだ〕』と、それは、彼にとって、誤った見解と成ります。プンナよ、まさに、わたしは、誤った見解ある者には、二つの境遇のなかのどちらか一つの境遇があると説きます。あるいは、地獄であり、あるいは、畜生の胎です。プンナよ、かくのごとく、まさに、犬の掟が成就しているなら、犬たちの同類へと導き、衰滅しているなら、地獄へと〔導きます〕」と。このように説かれたとき、犬の掟ある無衣行者のセーニヤは、泣き悲しみ、諸々の涙をこぼしました。

そこで、まさに、世尊は、牛の掟あるコーリヤ〔族〕の子息のプンナに、こう言いました。「プンナよ、このことを、まさに、あなたの〔承諾を〕、わたしは得ませんでした。『プンナよ、十分です。このことは、ほうっておきなさい。わたしに、このことを尋ねてはいけません』〔と言うも〕」と。〔そこで、セーニヤが言いました〕「尊き方よ、わたしは、このことを泣き叫ぶのではありません。すなわち、世尊が、わたしに、このように言った、〔そのことを〕。尊き方よ、ですが、また、わたしの、この犬の掟が、長夜にわたり、完全に受持されてきたことを〔泣き叫ぶのです〕。尊き方よ、この者は、牛の掟あるコーリヤ〔族〕の子息のプンナです。彼の、その牛の掟は、長夜にわたり、完全に受持されています。彼には、どのような〔死後の〕境遇がありますか、どのような未来の運命がありますか」と。「セーニヤよ、十分です。このことは、ほうっておきなさい。わたしに、このことを尋ねてはいけません」と。再度また、まさに、犬の掟ある無衣行者のセーニヤは……略……。三度また、まさに、犬の掟ある無衣行者のセーニヤは、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、この者は、牛の掟あるコーリヤ〔族〕の子息のプンナです。彼の、その牛の掟は、長夜にわたり、完全に受持されています。彼には、どのような〔死後の〕境遇がありますか、どのような未来の運命がありますか」と。

「セーニヤよ、たしかに、まさに、あなたの〔承諾を〕、わたしは得ません。『セーニヤよ、十分です。このことは、ほうっておきなさい。わたしに、このことを尋ねてはいけません』と〔言うも〕。ですが、ともあれ、あなたに、わたしは説き明かしましょう。セーニヤよ、ここに、一部の者は、円満成就した途切れなき牛の掟を修め、円満成就した途切れなき牛の戒を修め、円満成就した途切れなき牛の心を修め、円満成就した途切れなき牛の営為を修めます。彼は、円満成就した途切れなき牛の掟を修めて、円満成就した途切れなき牛の戒を修めて、円満成就した途切れなき牛の心を修めて、円満成就した途切れなき牛の営為を修めて、身体の破壊ののち、死後において、牛たちの同類として再生します。また、まさに、それで、もし、彼に、このような見解が有るなら、『わたしは、あるいは、この掟によって、あるいは、この戒によって、あるいは、この苦行によって、あるいは、この梵行によって、あるいは、天〔の神〕と成るのだ、あるいは、天〔の神々〕たちの或るひとりと〔成るのだ〕』と、それは、彼にとって、誤った見解と成ります。セーニヤよ、まさに、わたしは、誤った見解ある者には、二つの境遇のなかのどちらか一つの境遇があると説きます。あるいは、地獄であり、あるいは、畜生の胎です。セーニヤよ、かくのごとく、まさに、牛の掟が成就しているなら、牛たちの同類へと導き、衰滅しているなら、地獄へと〔導きます〕」と。このように説かれたとき、牛の掟あるコーリヤ〔族〕の子息のプンナは、泣き悲しみ、諸々の涙をこぼしました。

そこで、まさに、世尊は、犬の掟ある無衣行者のセーニヤに、こう言いました。「セーニヤよ、このことを、まさに、あなたの〔承諾を〕、わたしは得ませんでした。『セーニヤよ、十分です。このことは、ほうっておきなさい。わたしに、このことを尋ねてはいけません』〔と言うも〕」と。〔そこで、プンナが言いました〕「尊き方よ、わたしは、このことを泣き叫ぶのではありません。すなわち、世尊が、わたしに、このように言った、〔そのことを〕。尊き方よ、ですが、また、わたしの、この牛の掟が、長夜にわたり、完全に受持されてきたことを〔泣き叫ぶのです〕。尊き方よ、世尊にたいし、このように清信した者として、わたしはあります。『世尊は、すなわち、まさしく、そして、わたしが、この牛の掟を捨棄できるように、まさしく、さらに、この犬の掟ある無衣行者のセーニヤが、その犬の掟を捨棄できるように、そのように、法(教え)を説示することができる』」と。「プンナよ、まさに、それでは、聞きなさい。善くしっかりと、意を為しなさい。〔では〕語ります」と。「尊き方よ、わかりました」と、まさに、牛の掟あるコーリヤ〔族〕の子息のプンナは、世尊に答えました。世尊は、こう言いました。

「プンナよ、四つのものがあります。これらの行為が、自ら、証知して、実証して、わたしによって知らされました。どのようなものが、四つのものなのですか。プンナよ、黒の報いある、黒の行為が存在します。プンナよ、白の報いある、白の行為が存在します。プンナよ、黒と白の報いある、黒と白の行為が存在します。プンナよ、黒でもなく白でもない報いある、黒でもなく白でもない行為が存在し、行為の滅尽のために等しく転起します。

プンナよ、では、どのようなものが、黒の報いある、黒の行為なのですか。プンナよ、ここに、一部の者は、加害〔の思い〕を有する身体の形成〔作用〕を行作し、加害〔の思い〕を有する言葉の形成〔作用〕を行作し、加害〔の思い〕を有する意の形成〔作用〕を行作します。彼は、加害〔の思い〕を有する身体の形成〔作用〕を行作して、加害〔の思い〕を有する言葉の形成〔作用〕を行作して、加害〔の思い〕を有する意の形成〔作用〕を行作して、加害〔の思い〕を有する世に再生します。加害〔の思い〕を有する世に再生し、〔そのように〕存している、〔まさに〕その、この者に、諸々の加害〔の思い〕を有する〔苦痛の〕接触が接触します。彼は、諸々の加害〔の思い〕を有する〔苦痛の〕接触によって接触され、〔そのように〕存しつつ、加害〔の思い〕を有する感受を、一方的な苦痛を、感受します。それは、たとえば、また、地獄にある有情たちのように。プンナよ、かくのごとく、まさに、生類から生類への再生が有ります。それを為すなら、それによって再生します。この者が再生したなら、諸々の接触が接触します。プンナよ、このようにもまた、『行為を相続する者たちとして、有情たちはある』と、わたしは説きます。プンナよ、これは、黒の報いある、黒の行為と説かれます。

プンナよ、では、どのようなものが、白の報いある、白の行為なのですか。プンナよ、ここに、一部の者は、加害〔の思い〕なき身体の形成〔作用〕を行作し、加害〔の思い〕なき言葉の形成〔作用〕を行作し、加害〔の思い〕なき意の形成〔作用〕を行作します。彼は、加害〔の思い〕なき身体の形成〔作用〕を行作して、加害〔の思い〕なき言葉の形成〔作用〕を行作して、加害〔の思い〕なき意の形成〔作用〕を行作して、加害〔の思い〕なき世に再生します。加害〔の思い〕なき世に再生し、〔そのように〕存している、〔まさに〕その、この者に、諸々の加害〔の思い〕なき〔安楽の〕接触が接触します。彼は、諸々の加害〔の思い〕なき〔安楽の〕接触によって接触され、〔そのように〕存しつつ、加害〔の思い〕なき感受を、一方的な安楽を、感受します。それは、たとえば、また、遍浄天〔の神々〕たちのように。プンナよ、かくのごとく、まさに、生類から生類への再生が有ります。それを為すなら、それによって再生します。この者が再生したなら、諸々の接触が接触します。プンナよ、このようにもまた、『行為を相続する者たちとして、有情たちはある』と、わたしは説きます。プンナよ、これは、白の報いある、白の行為と説かれます。

プンナよ、では、どのようなものが、黒と白の報いある、黒と白の行為なのですか。プンナよ、ここに、一部の者は、加害〔の思い〕を有する〔身体の形成作用〕をもまた〔行作し〕、加害〔の思い〕なき身体の形成〔作用〕をもまた行作し、加害〔の思い〕を有する〔言葉の形成作用〕をもまた〔行作し〕、加害〔の思い〕なき言葉の形成〔作用〕をもまた行作し、加害〔の思い〕を有する〔意の形成作用〕をもまた〔行作し〕、加害〔の思い〕なき意の形成〔作用〕をもまた行作します。彼は、加害〔の思い〕を有する〔身体の形成作用〕をもまた〔行作して〕、加害〔の思い〕なき身体の形成〔作用〕をもまた行作して、加害〔の思い〕を有する〔言葉の形成作用〕をもまた〔行作して〕、加害〔の思い〕なき言葉の形成〔作用〕をもまた行作して、加害〔の思い〕を有する〔意の形成作用〕をもまた〔行作して〕、加害〔の思い〕なき意の形成〔作用〕をもまた行作して、加害〔の思い〕を有する〔世〕にもまた〔再生し〕、加害〔の思い〕なき世にもまた再生します。加害〔の思い〕を有する〔世〕にもまた〔再生し〕、加害〔の思い〕なき世にもまた再生し、〔そのように〕存している、〔まさに〕その、この者に、諸々の加害〔の思い〕を有する〔苦痛の接触〕もまた〔接触し〕、諸々の加害〔の思い〕なき〔安楽の〕接触もまた接触します。彼は、諸々の加害〔の思い〕を有する〔苦痛の接触〕によってもまた〔接触され〕、諸々の加害〔の思い〕なき〔安楽の〕接触によってもまた接触され、〔そのように〕存しつつ、加害〔の思い〕を有する〔感受〕をもまた〔感受し〕、加害〔の思い〕なき感受をもまた〔感受し〕、混在した安楽と苦痛を感受します。それは、たとえば、また、人間たちのように、そして、一部の天〔の神々〕たちのように、さらに、一部の堕所にある者たちのように。プンナよ、かくのごとく、まさに、生類から生類への再生が有ります。それを為すなら、それによって再生します。この者が再生したなら、諸々の接触が接触します。プンナよ、このようにもまた、『行為を相続する者たちとして、有情たちはある』と、わたしは説きます。プンナよ、これは、黒と白の報いある、黒と白の行為と説かれます。

プンナよ、では、どのようなものが、黒でもなく白でもない報いある、黒でもなく白でもない行為であり、行為の滅尽のために等しく転起するのですか。プンナよ、そこで、すなわち、この、黒の報いある、黒の行為があるなら、その〔行為〕を捨棄するための、〔まさに〕その、思欲です。すなわち、この、白の報いある、白の行為があるなら、その〔行為〕を捨棄するための、〔まさに〕その、思欲です。すなわち、この、黒と白の報いある、黒と白の行為があるなら、その〔行為〕を捨棄するための、〔まさに〕その、思欲です。プンナよ、これは、黒でもなく白でもない報いある、黒でもなく白でもない行為と説かれ、行為の滅尽のために等しく転起します。プンナよ、まさに、これらの四つの行為が、自ら、証知して、実証して、わたしによって知らされました」と。

このように説かれたとき、牛の掟あるコーリヤ〔族〕の子息のプンナは、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、すばらしいことです。尊き方よ、すばらしいことです。尊き方よ、それは、たとえば、また……略……。世尊は、わたしを、在俗信者として認めてください——今日以後、命ある限り、帰依所に赴いた者として」と。また、犬の掟ある無衣行者のセーニヤは、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、すばらしいことです。尊き方よ、すばらしいことです。尊き方よ、それは、たとえば、また……略……明示されました。尊き方よ、〔まさに〕この、わたしは、世尊を帰依所に赴きます——そして、法(教え)を、さらに、比丘の僧団を。尊き方よ、わたしが、世尊の現前において、出家を得られますように——〔戒の〕成就を得られますように」と。「セーニヤよ、すなわち、まさに、〔教えを〕他にする異教の過去ある者が、この法(教え)と律において、出家を望み、〔戒の〕成就を望むなら、彼は、四月のあいだ別住します(試験期間を設ける)。四月が経過して、勉励心ある比丘たちが、〔彼を〕出家させ、比丘の状態となるために、〔戒を〕成就させます。しかしながら、また、ここにおいて、人によって相違あることが、わたしによって見出されました(あなたは例外である)」と。

「尊き方よ、それで、もし、〔教えを〕他にする異教の過去ある者たちが、この法(教え)と律において、出家を望み、〔戒の〕成就を望みながら、四月のあいだ別住し、四月が経過して、勉励心ある比丘たちが、〔彼らを〕出家させ、比丘の状態となるために、〔戒を〕成就させるなら(そのような決まりがあるなら)、わたしは、四年のあいだ別住します。四年が経過して、勉励心ある比丘たちが、〔わたしを〕出家させたまえ、比丘の状態となるために、〔戒を〕成就させたまえ」と。まさに、犬の掟ある無衣行者のセーニヤは、世尊の現前において、出家を得ました——〔戒の〕成就を得ました。また、まさに、〔戒を〕成就したばかりの尊者セーニヤは、独り、〔静所に〕隠棲し、〔気づきを〕怠らず、熱情ある者となり、自己を精励する者として〔世に〕住んでいると、まさしく、長からずして——その義(目的)のために、良家の子息たちが、まさしく、正しく、家から家なきへと出家する、〔まさに〕その、梵行の結末という無上なるものを、まさしく、所見の法(現世)において、自ら、証知して、実証して、成就して、〔世に〕住みました。「生は滅尽し、梵行は完成された。為すべきことは為された。〔もはや〕他に、この場へと〔赴くことは〕ない」と証知しました。また、まさに、尊者セーニヤは、阿羅漢たちのなかの或るひとりと成った、ということです。

犬の掟ある者の経は終了となり、〔以上が〕第七となる。

注釈【4】