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翻訳【25】

ヴェーカナサの経

このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティーに住んでおられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の林園において。そこで、まさに、ヴェーカナサ遍歴遊行者が、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を相手に共に挨拶しました。共に挨拶し記憶されるべき話を交わして、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、ヴェーカナサ遍歴遊行者は、世尊の面前で、感興〔の言葉〕を唱えました。「これは、最高の色艶である。これは、最高の色艶である」と。

「カッチャーナ(ヴェーカナサ)よ、また、どうして、あなたは、このように説くのですか。『これは、最高の色艶である。これは、最高の色艶である』と。カッチャーナよ、どのようなものが、その最高の色艶なのですか」と。

「貴君ゴータマよ、その色艶より、他の色艶で、あるいは、より上なるものも、あるいは、より精妙なるものも、存在しないなら、それは、最高の色艶です」と。

「カッチャーナよ、また、どのようなものが、その最高の色艶なのですか——その色艶より、他の色艶で、あるいは、より上なるものも、あるいは、より精妙なるものも、存在しない、〔そのような色艶とは〕」と。

「貴君ゴータマよ、その色艶より、他の色艶で、あるいは、より上なるものも、あるいは、より精妙なるものも、存在しないなら、それは、最高の色艶です」と。

「カッチャーナよ、まさに、あなたのこの〔言葉〕は、さらに長きものとなり、充満するでしょう(切りがない)。『貴君ゴータマよ、その色艶より、他の色艶で、あるいは、より上なるものも、あるいは、より精妙なるものも、存在しないなら、それは、最高の色艶です』と、〔あなたは〕説きます。しかしながら、その色艶のことを、〔何も〕報知しません(具体的な説明がない)。カッチャーナよ、それは、たとえば、また、人が、このように説くとします。『わたしは、その者が、この地方における地方の美女であるなら、彼女を求め、彼女を欲する』と。〔まさに〕その、この者に、このように説くとします。『さて、人士たる者よ、あなたが、その地方の美女を、求め、欲するとして、その地方の美女のことを、〔あなたは〕知っているのか。「あるいは、士族である、あるいは、婆羅門である、あるいは、庶民である、あるいは、隷民である」』と。かくのごとく尋ねられ、『さにあらず』と説くとします。〔まさに〕その、この者に、このように説くとします。『さて、人士たる者よ、あなたが、その地方の美女を、求め、欲するとして、その地方の美女のことを、〔あなたは〕知っているのか。「あるいは、このような名の者である、このような姓の者である」』と。……略……。「あるいは、長身の者である、あるいは、短身の者である、あるいは、中身の者である。あるいは、黒き者である、あるいは、褐色の者である、あるいは、金色の表皮ある者である」』と。……。「何某の、あるいは、村にいる、あるいは、町にいる、あるいは、城市にいる」』と。かくのごとく尋ねられ、『さにあらず』と説くとします。〔まさに〕その、この者に、このように説くとします。『さて、人士たる者よ、あなたが、その者のことを、知らず、見ないとして、あなたは、その者を、求め、欲するのか』と。かくのごとく尋ねられ、『そのとおり』と説くとします。

カッチャーナよ、それを、どう思いますか。まさに、このように存しているとき、その人の語ったことは、理に適わない無用のものとして成就しないですか」と。「貴君ゴータマよ、まさに、たしかに、このように存しているとき、その人の語ったことは、理に適わない無用のものとして成就します」と。「カッチャーナよ、まさしく、このように、まさに、あなたは、『貴君ゴータマよ、その色艶より、他の色艶で、あるいは、より上なるものも、あるいは、より精妙なるものも、存在しないなら、それは、最高の色艶です』と説きます。しかしながら、その色艶のことを、〔何も〕報知しません」と。「貴君ゴータマよ、それは、たとえば、また、善く事前作業が為された八面体の、浄美にして天然の瑠璃の宝珠が、黄の毛布のうえに置かれたなら、そして、光り輝き、かつまた、照り輝き、さらに、遍照するように、このように、色艶あるものとして、無病のものとして、自己は〔世に〕有ります——死後においても」と。

「カッチャーナよ、それを、どう思いますか。あるいは、すなわち、善く事前作業が為された八面体の、浄美にして天然の瑠璃の宝珠が、黄の毛布のうえに置かれたなら、そして、光り輝き、かつまた、照り輝き、さらに、遍照するとします。あるいは、すなわち、漆黒の闇夜のなか、虫の蛍がいるとします。これらの二者の色艶のなかで、どちらの色艶が、かつまた、より崇高であり、かつまた、より精妙なのですか」と。「貴君ゴータマよ、すなわち、この、漆黒の闇夜のなかにいる虫の蛍ですが、これは、これらの二者の色艶のなかでは、かつまた、より崇高であり、かつまた、より精妙でもあります」と。

「カッチャーナよ、それを、どう思いますか。あるいは、すなわち、漆黒の闇夜のなか、虫の蛍がいるとします。あるいは、すなわち、漆黒の闇夜のなか、油の灯火があるとします。これらの二者の色艶のなかで、どちらの色艶が、かつまた、より崇高であり、かつまた、より精妙なのですか」と。「貴君ゴータマよ、すなわち、この、漆黒の闇夜のなかにある油の灯火ですが、これは、これらの二者の色艶のなかでは、かつまた、より崇高であり、かつまた、より精妙でもあります」と。

「カッチャーナよ、それを、どう思いますか。あるいは、すなわち、漆黒の闇夜のなか、油の灯火があるとします。あるいは、すなわち、漆黒の闇夜のなか、大いなる火の塊があるとします。これらの二者の色艶のなかで、どちらの色艶が、かつまた、より崇高であり、かつまた、より精妙なのですか」と。「貴君ゴータマよ、すなわち、この、漆黒の闇夜のなかにある大いなる火の塊ですが、これは、これらの二者の色艶のなかでは、かつまた、より崇高であり、かつまた、より精妙でもあります」と。

「カッチャーナよ、それを、どう思いますか。あるいは、すなわち、漆黒の闇夜のなか、大いなる火の塊があるとします。あるいは、すなわち、夜の早朝の時分に、晴朗にして黒雲を離れ去った天において、明けの明星があるとします。これらの二者の色艶のなかで、どちらの色艶が、かつまた、より崇高であり、かつまた、より精妙なのですか」と。「貴君ゴータマよ、すなわち、この、夜の早朝の時分に、晴朗にして黒雲を離れ去った天においてある明けの明星ですが、これは、これらの二者の色艶のなかでは、かつまた、より崇高であり、かつまた、より精妙でもあります」と。「カッチャーナよ、それを、どう思いますか。あるいは、すなわち、夜の早朝の時分に、晴朗にして黒雲を離れ去った天において、明けの明星があるとします。あるいは、すなわち、斎戒のその日、十五〔日〕において、晴朗にして黒雲を離れ去った天において、夜半近くの時分に、月があるとします。これらの二者の色艶のなかで、どちらの色艶が、かつまた、より崇高であり、かつまた、より精妙なのですか」と。「貴君ゴータマよ、すなわち、この、斎戒のその日、十五〔日〕において、晴朗にして黒雲を離れ去った天において、夜半近くの時分にある月ですが、これは、これらの二者の色艶のなかでは、かつまた、より崇高であり、かつまた、より精妙でもあります」と。「カッチャーナよ、それを、どう思いますか。あるいは、すなわち、斎戒のその日、十五〔日〕において、晴朗にして黒雲を離れ去った天において、夜半近くの時分に、月があるとします。あるいは、すなわち、〔四つの〕雨期〔の月〕の最後の月となり、秋の時分、晴朗にして黒雲を離れ去った天において、日中近くの時分に、日があるとします。これらの二者の色艶のなかで、どちらの色艶が、かつまた、より崇高であり、かつまた、より精妙なのですか」と。「貴君ゴータマよ、すなわち、この、〔四つの〕雨期〔の月〕の最後の月となり、秋の時分、晴朗にして黒雲を離れ去った天において、日中近くの時分にある日ですが、これは、これらの二者の色艶のなかでは、かつまた、より崇高であり、かつまた、より精妙でもあります」と。「カッチャーナよ、まさに、これよりもより多い、まさに、それらの多くの天〔の神々〕たちがいます。すなわち、これらの月と日の輝きを受領せず、〔自ら輝く天の神々たちです〕。彼らを、わたしは覚知します。そこで、また、そして、わたしは、『その色艶より、他の色艶で、あるいは、より上なるものも、あるいは、より精妙なるものも、存在しません』と説きません。カッチャーナよ、そこで、また、しかしながら、あなたは、すなわち、この色艶が、虫の蛍より、そして、より劣り、さらに、より劣等であるのに、『それは、最高の色艶です』と説き、かつまた、その色艶のことを、〔何も〕報知しません。

カッチャーナよ、五つのものがあります。まさに、これらの欲望の属性(妙欲)です。どのようなものが、五つのものなのですか。眼によって識知されるべき諸々の形態で、好ましく愛らしく意に適い、愛しい形態にして欲望を伴った貪るべきものであり、耳によって識知されるべき諸々の音声で……略……鼻によって識知されるべき諸々の臭気で……舌によって識知されるべき諸々の味感で……身によって識知されるべき諸々の感触で、好ましく愛らしく意に適い、愛しい形態にして欲望を伴った貪るべきものです。カッチャーナよ、まさに、これらの五つの欲望の属性があります。カッチャーナよ、それが、まさに、これらの五つの欲望の属性を縁として生起する、安楽であり、悦意であるなら、これは、欲望の安楽と説かれます。かくのごとく、諸々欲望〔の対象〕から欲望の安楽があり、欲望の安楽より、至高の欲望の安楽(涅槃)が、そこにおいて、至高のものと告げ知らされます」と。

このように説かれたとき、ヴェーカナサ遍歴遊行者は、世尊に、こう言いました。「貴君ゴータマよ、めったにないことです。貴君ゴータマよ、はじめてのことです。さてまた、すなわち、貴君ゴータマによって、これほどまでに、見事に語られたのは。『かくのごとく、諸々欲望〔の対象〕から欲望の安楽があり、欲望の安楽より、至高の欲望の安楽(涅槃)が、そこにおいて、至高のものと告げ知らされます』」と。「カッチャーナよ、まさに、このことは、他なる見解があり、他なる受認があり、他なる嗜好があり、他なるものに専念し、他なるものを師匠とする、あなたによっては知り難いことなのです——あるいは、諸々の欲望〔の対象〕も、あるいは、欲望の安楽も、あるいは、至高の欲望の安楽も。カッチャーナよ、すなわち、まさに、それらの比丘たちが、阿羅漢たちであり、煩悩の滅尽者たちであり、〔梵行の〕完成者たちであり、為すべきことを為した者たちであり、〔生の〕重荷を置いた者たちであり、自らの義(目的)に至り得た者たちであり、〔迷いの〕生存に束縛するものの完全なる滅尽者たちであり、正しい了知による解脱者たちであるなら、彼らは、まさに、このことを知るでしょう——あるいは、諸々の欲望〔の対象〕も、あるいは、欲望の安楽も、あるいは、至高の欲望の安楽も」と。

このように説かれたとき、ヴェーカナサ遍歴遊行者は、激情し、わが意を得ない者となり、まさしく、世尊を責めながら、まさしく、世尊を誹りながら、まさしく、世尊に、「沙門ゴータマは、悪しき者と成るであろう」と説きながら、世尊に、こう言いました。「いっぽう、まさしく、このように、ここに、一部の沙門や婆羅門たちは、過去の極(前際:過去の種々相)のことを知らずにいながら、未来の極(後際:未来の種々相)のことを知らずにいながら、そこで、また、しかしながら、『「生は滅尽し、梵行は完成された。為すべきことは為された。〔もはや〕他に、この場へと〔赴くことは〕ない」と覚知する』と明言する。彼らが語った、このことは、まさしく、笑い話として成就し、まさしく、名ばかりのものとして成就し、まさしく、空虚なこととして成就し、まさしく、虚妄なこととして成就する」と。「カッチャーナよ、すなわち、まさに、それらの沙門や婆羅門たちが、過去の極のことを知らずにいながら、未来の極のことを知らずにいながら、そこで、また、しかしながら、『「生は滅尽し、梵行は完成された。為すべきことは為された。〔もはや〕他に、この場へと〔赴くことは〕ない」と覚知する』と明言するなら、彼らには、まさしく、その、法(真理)を共にする糾弾が有ります。カッチャーナよ、ですが、ともあれ、過去の極のことはさておき、未来の極のことはさておき、識者たる人は——狡猾〔の性行〕なく、幻惑〔の策略〕なく、真っすぐな生まれの者は——来たれ。わたしは、教示します。わたしは、法(教え)を説示します。すなわち、教示されたとおり、そのとおりに実践していると、まさしく、長からずして、まさしく、自ら知るでしょうし、まさしく、自ら見るでしょう。このように、まさに、正しく、結縛からの解脱が有ります。すなわち、この、無明という結縛から。カッチャーナよ、それは、たとえば、また、愚鈍で上向きに臥す年少の童子が、諸々の糸の結縛で——〔両の手足に加えて〕首を第五とする〔五つの〕結縛で——結縛された者として存するとします。彼の、〔身体の〕増大に従って、諸々の〔感官の〕機能の円熟に従って、それらの結縛は解き放たれ、彼は、『解脱者として、〔わたしは〕存している』と、まさに、知るでしょうし、かつまた、結縛するものはありません。カッチャーナよ、まさしく、このように、まさに、識者たる人は——狡猾〔の性行〕なく、幻惑〔の策略〕なく、真っすぐな生まれの者は——来たれ。わたしは、教示します。わたしは、法(教え)を説示します。すなわち、教示されたとおり、そのとおりに実践していると、まさしく、長からずして、まさしく、自ら知るでしょうし、まさしく、自ら見るでしょう。このように、まさに、正しく、結縛からの解脱が有ります。すなわち、この、無明という結縛から」と。

このように説かれたとき、ヴェーカナサ遍歴遊行者は、世尊に、こう言いました。「貴君ゴータマよ、すばらしいことです。……略……。貴君ゴータマは、わたしを、在俗信者として認めてください——今日以後、命ある限り、帰依所に赴いた者として」と。

ヴェーカナサの経は終了となり、〔以上が〕第十となる。

遍歴遊行者の章は終了となり、〔以上が〕第三となる。

その〔章〕のための摂頌となる。

〔そこで、詩偈に言う〕「プンダリーと火と議論を共にする者という名のものがあり、ディーガナカ、さらに、バーラドヴァージャ姓の者、サンダカとウダーインとムンディカーの子、瓶、そのように、カッチャーナがあり、優れた章となる」〔と〕

注釈【4】