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翻訳【18】

アーラヴァカの経

このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、アーラヴィーに住んでおられます。アーラヴァカ夜叉の居所において。そこで、まさに、アーラヴァカ夜叉が、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊に、こう言いました。「沙門よ、出て行け」と。「友よ、いいでしょう」と、世尊は出て行きました。「沙門よ、入れ」と。「友よ、いいでしょう」と、世尊は入りました。再度また、まさに、アーラヴァカ夜叉は、世尊に、こう言いました。「沙門よ、出て行け」と。「友よ、いいでしょう」と、世尊は出て行きました。「沙門よ、入れ」と。「友よ、いいでしょう」と、世尊は入りました。三度また、まさに、アーラヴァカ夜叉は、世尊に、こう言いました。「沙門よ、出て行け」と。「友よ、いいでしょう」と、世尊は出て行きました。「沙門よ、入れ」と。「友よ、いいでしょう」と、世尊は入りました。四度また、まさに、アーラヴァカ夜叉は、世尊に、こう言いました。「沙門よ、出て行け」と。「友よ、それでは、まさに、わたしは、〔もはや〕出て行くことはないでしょう。それが、あなたによって為されるべきであるなら、それを為しなさい」と。「沙門よ、おまえに、問いを尋ねよう。それで、もし、わたしに、〔答えを〕説き明かさないなら、あるいは、おまえの心を投げ放つ、あるいは、おまえの心臓を切り裂く、あるいは、〔両の〕足を掴んでガンガー〔川〕の彼岸に投げ放つ」と。「友よ、天を含み、魔を含み、梵を含み、沙門や婆羅門を含む、世において、天〔の神〕や人間を含む人々において、すなわち、あるいは、わたしの心を投げ放ち、あるいは、わたしの心臓を切り裂き、あるいは、〔両の〕足を掴んでガンガー〔川〕の彼岸に投げ放つであろう、その者を、まさに、わたしは見ません。友よ、ですが、ともあれ、あなたは尋ねなさい。それを、〔あなたが〕望むなら」と。

〔夜叉が、詩偈に言う〕「いったい、何が、この〔世において〕、人にとって、最勝の富となるのですか。いったい、何が、善く行なわれたなら、安楽をもたらすのですか。いったい、何が、諸々の味のなかでは、まさに、より美味なるものとなるのですか。どのように生きる生命を、〔賢者たちは〕最勝のものと言うのですか」と。

〔世尊が、詩偈に言う〕「信が、この〔世において〕、人にとって、最勝の富となります。法(教え)が、善く行なわれたなら、安楽をもたらします。真理が、諸々の味のなかでは、まさに、より美味なるものとなります。智慧によって生きる生命を、〔賢者たちは〕最勝のものと言います」と。

〔夜叉が、詩偈に言う〕「いったい、どのように、〔貪欲の〕激流を超えるのですか。いったい、どのように、〔輪廻の〕海を超えるのですか。いったい、どのように、苦しみを超え行くのですか。いったい、どのように、完全なる清浄となるのですか」と。

〔世尊が、詩偈に言う〕「信によって、〔貪欲の〕激流を超えます。〔気づきを〕怠らないこと不放逸によって、〔輪廻の〕海を〔超えます〕。精進によって、苦しみを超え行きます。智慧によって、完全なる清浄となります」と。

〔夜叉が、詩偈に言う〕「いったい、どのように、智慧を得るのですか。いったい、どのように、財を見出すのですか。いったい、どのように、名誉に至り得るのですか。どのように、朋友たちと〔交友を〕結ぶのですか。この世から他の世へと、どのように、死してのち、憂い悲しまないのですか」と。

〔世尊が、詩偈に言う〕「涅槃〔の境処〕に至り得るために、阿羅漢たちの法(教え)に信を置き、〔法を〕聞こうとしている、明眼で〔気づきを〕怠らない者は、智慧を得ます。

適切なることを為し、重荷をにない、奮起する者は、財を見出します。真理によって、名誉に至り得ます。〔常に〕与えている者は、朋友たちと〔交友を〕結びます。この世から他の世へと、このように、死してのち、憂い悲しみません。

すなわち、信ある〔在家の〕家主に、真理と調御と〔道心〕堅固と施捨が、これらの四つの法(性質)があるなら、彼は、まさに、死してのち、憂い悲しみません。

さあ、他の多々なる沙門や婆羅門たちにもまた、尋ねなさい。すなわち、この〔世において〕、真理と調御と施捨と忍耐よりも、より一層のものが見出されるなら」と。

〔アーラヴァカ夜叉が、詩偈に言う〕「いったい、どうして、今や、〔他の〕多々なる沙門や婆羅門たちに尋ねられましょう。すなわち、わたしは、今日、覚知します⸺それは、未来(来世)における義(利益)となります。

まさに、わたしの義(利益)のために、覚者は、アーラヴィーに住するべく、やってきたのです。すなわち、わたしは、今日、覚知します⸺そこにおいて、施されたものは、大いなる果となります。

〔まさに〕その、わたしは、村から村へ、都から都へと、渡り歩くでしょう⸺正覚者を礼拝しながら、そして、法(教え)が見事に法(教え)たることを〔礼拝しながら〕」と。

夜叉に相応するものは〔以上で〕完結となる。

その〔相応するもの〕のための摂頌となる。

〔そこで、詩偈に言う〕「インダカ、サッカ、そして、スーチ、そして、マニバッダ、そして、サーヌ、ピヤンカラとプナッバス、そして、スダッタ、二つのスッカー、チーラー、アーラヴィーがあり、〔それらの〕十二がある」と。

注釈【1】