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旗の先端の経
サーヴァッティーにおいて。そこで、まさに、世尊は、比丘たちに告げました。「比丘たちよ」と。「幸甚なる方よ」と、それらの比丘たちは、世尊に答えました。世尊は、こう言いました。
「比丘たちよ、過去の事ですが、天〔の神々〕たちと阿修羅たちが戦う合戦が有りました。比丘たちよ、そこで、まさに、天〔の神々〕たちのインダたる帝釈〔天〕は、三十三天〔の神々〕たちに告げました。
『敬愛なる者たちよ、それで、もし、戦場に赴いた天〔の神々〕たちに、あるいは、恐怖が、あるいは、驚愕が、あるいは、身の毛のよだちが、生起するなら、その時点において、まさしく、わたしの、旗の先端を見上げるのだ。まさに、あなたたちが、わたしの旗の先端を見上げていると、すなわち、〔あなたたちに〕有るであろう、あるいは、恐怖は、あるいは、驚愕は、あるいは、身の毛のよだちは、それは捨棄されるであろう。
もし、わたしの旗の先端を見上げられないなら、そこで、天〔の神々〕たちの王たるパジャーパティの旗の先端を見上げるのだ。まさに、あなたたちが、天〔の神々〕たちの王たるパジャーパティの旗の先端を見上げていると、すなわち、〔あなたたちに〕有るであろう、あるいは、恐怖は、あるいは、驚愕は、あるいは、身の毛のよだちは、それは捨棄されるであろう。
もし、天〔の神々〕たちの王たるパジャーパティの旗の先端を見上げられないなら、そこで、天〔の神々〕たちの王たるヴァルナの旗の先端を見上げるのだ。まさに、あなたたちが、天〔の神々〕たちの王たるヴァルナの旗の先端を見上げていると、すなわち、〔あなたたちに〕有るであろう、あるいは、恐怖は、あるいは、驚愕は、あるいは、身の毛のよだちは、それは捨棄されるであろう。
もし、天〔の神々〕たちの王たるヴァルナの旗の先端を見上げられないなら、そこで、天〔の神々〕たちの王たるイーサーナの旗の先端を見上げるのだ。まさに、あなたたちが、天〔の神々〕たちの王たるイーサーナの旗の先端を見上げていると、すなわち、〔あなたたちに〕有るであろう、あるいは、恐怖は、あるいは、驚愕は、あるいは、身の毛のよだちは、それは捨棄されるであろう』と。
比丘たちよ、また、まさに、それで、あるいは、天〔の神々〕たちのインダたる帝釈〔天〕の旗の先端を見上げていると、あるいは、天〔の神々〕たちの王たるパジャーパティの旗の先端を見上げていると、あるいは、天〔の神々〕たちの王たるヴァルナの旗の先端を見上げていると、あるいは、天〔の神々〕たちの王たるイーサーナの旗の先端を見上げていると、すなわち、〔彼らに〕有るであろう、あるいは、恐怖は、あるいは、驚愕は、あるいは、身の毛のよだちは、それは、捨棄されることもまたあるでしょうし、捨棄されないこともまたあるでしょう。
それは、何を因とするのですか。比丘たちよ、なぜなら、天〔の神々〕たちのインダたる帝釈〔天〕は、貪欲を離れていない者であり、憤怒を離れていない者であり、迷妄を離れていない者であり、恐怖し、驚愕し、恐懼し、逃げ去る者であるからです」と。
「比丘たちよ、そして、わたしは、まさに、このように説きます。比丘たちよ、それで、もし、あなたたちが、あるいは、林に赴き、あるいは、木の根元に赴き、あるいは、空家に赴き、あるいは、恐怖が、あるいは、驚愕が、あるいは、身の毛のよだちが、〔あなたたちに〕生起するなら、その時点において、まさしく、わたしを、随念するのです。『かくのごとくもまた、彼は、世尊は、阿羅漢であり、正等覚者であり、明知と行ないの成就者であり、善き至達者であり、世〔の一切〕を知る者であり、無上なる者であり、調御されるべき人の馭者であり、天〔の神々〕と人間たちの教師であり、覚者であり、世尊である』と。比丘たちよ、まさに、あなたたちが、わたしを随念していると、すなわち、〔あなたたちに〕有るであろう、あるいは、恐怖は、あるいは、驚愕は、あるいは、身の毛のよだちは、それは捨棄されるでしょう。
もし、わたしを随念できないなら、そこで、法(教え)を随念するのです。『法(教え)は、世尊によって見事に告げ知らされたものであり、現に見られるものであり、時を要さないものであり、来て見るものであり、導くものであり、識者たちによって各自それぞれに知られるべきものである』と。比丘たちよ、まさに、あなたたちが、法(教え)を随念していると、すなわち、〔あなたたちに〕有るであろう、あるいは、恐怖は、あるいは、驚愕は、あるいは、身の毛のよだちは、それは捨棄されるでしょう。
もし、法(教え)を随念できないなら、そこで、僧団を随念するのです。『世尊の弟子の僧団は、善き実践者であり、世尊の弟子の僧団は、真っすぐな実践者であり、世尊の弟子の僧団は、正理の実践者であり、世尊の弟子の僧団は、適正の実践者であり、すなわち、この、四つの人士の組(四双:預流・一来・不還・阿羅漢の各々における道にある者と果にある者の計四組)にして、八者の人士たる人(八輩:預流・一来・不還・阿羅漢の各々における道にある者と果にある者の計八人)であり、〔まさに〕この、世尊の弟子の僧団は、〔供物を〕捧げられるべき者であり、〔供物を〕贈られるべき者であり、〔供物を〕施与されるべき者であり、合掌を為されるべき者であり、世〔の人々〕にとって、無上なる功徳の田畑(福田)である』と。比丘たちよ、まさに、あなたたちが、僧団を随念していると、すなわち、〔あなたたちに〕有るであろう、あるいは、恐怖は、あるいは、驚愕は、あるいは、身の毛のよだちは、それは捨棄されるでしょう。
それは、何を因とするのですか。比丘たちよ、なぜなら、阿羅漢にして正等覚者たる如来は、貪欲を離れた者であり、憤怒を離れた者であり、迷妄を離れた者であり、恐怖せず、驚愕せず、恐懼せず、逃げ去らない者であるからです」と。世尊は、この〔言葉〕を言いました。善き至達者は、この〔言葉〕を言って、そこで、他にも、教師は、こう言いました。
〔世尊が、詩偈に言う〕「比丘たちよ、林において、あるいは、木の根元において、あるいは、空家において、正覚者を随念するがよい。あなたたちに、恐怖は、〔もはや〕存在しないであろう。
もし、世の最尊者にして人の雄牛たる覚者(仏:ブッダ)を思念できないなら、そこで、見事に説示された出脱〔の教え〕である法(法:ダンマ)を思念するがよい。
もし、見事に説示された出脱〔の教え〕である法(教え)を思念できないなら、そこで、無上なる功徳の田畑である僧団(僧:サンガ)を思念するがよい。
比丘たちよ、このように、〔あなたたちが〕覚者を思念しているなら、法(教え)を〔思念し〕、さらに、僧団を〔思念しているなら〕、あるいは、恐怖は、あるいは、驚愕は、身の毛のよだちは、〔もはや〕有ることなくあるであろう」と。
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