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翻訳【21】

愚者と賢者の経

サーヴァッティーに住んでおられます。……略……。「比丘たちよ、〔過去において〕無明の妨害があり渇愛と結び付いた愚者には、このように、生まれ来たものとして、この身体があります。かくのごとく、まさしく、そして、この身体があり、さらに、外に、名前と形態があります。ここにおいて、この二つのものがあり、二つのものを縁として、接触があり、まさしく、六つの〔接触の〕場所があります。それらに接触された、〔その〕愚者は、楽と苦を得知します⸺あるいは、これらのなかのどれか一つに〔接触されたなら〕

比丘たちよ、〔過去において〕無明の妨害があり渇愛と結び付いた賢者には、このように、生まれ来たものとして、この身体があります。かくのごとく、まさしく、そして、この身体があり、さらに、外に、名前と形態があります。ここにおいて、この二つのものがあり、二つのものを縁として、接触があり、まさしく、六つ〔の接触〕ある〔認識の〕場所があります。それらに接触された、〔その〕賢者は、楽と苦を得知します⸺あるいは、これらのなかのどれか一つに〔接触されたなら〕

比丘たちよ、そこで、愚者と賢者には、どのような差異があり、どのような格差があり、どのような多様性があるのですか」と。「尊き方よ、わたしたちにとって、諸々の法(教え)は、世尊を根元とするものであり、世尊を導きとするものであり、世尊を帰依所とするものです。尊き方よ、どうか、まさに、まさしく、世尊に、この語られたことの義(意味)が明白となれ(世尊みずから答えてください)。世尊の〔言葉を〕聞いて、比丘たちは、〔それを〕保持するでしょう」と。

「比丘たちよ、まさに、それでは、聞きなさい。善くしっかりと、意を為しなさい。〔では〕語ります」と。「尊き方よ、わかりました」と、まさに、それらの比丘たちは、世尊に答えました。世尊は、こう言いました。

「比丘たちよ、そして、すなわち、〔過去において〕無明の妨害があり、さらに、すなわち、渇愛と結び付いた、〔その〕愚者には、生まれ来たものとして、この身体があり、〔その〕愚者の、まさしく、そして、その無明は〔いまだ〕捨棄されていないものとしてあり、さらに、その渇愛も〔いまだ〕完全に滅尽していないものとしてあります。それは、何を因とするのですか。比丘たちよ、愚者は、梵行を歩まなかったからです⸺正しく苦しみの滅尽のために。それゆえに、愚者は、身体の破壊ののち、身体を具す者と成ります。彼は、身体を具す者として〔世に〕存しつつ、生から、老から、死から、諸々の憂いから、諸々の嘆きから、諸々の苦痛から、諸々の失意から、諸々の葛藤から、完全に解き放たれません。『〔彼は〕苦しみから完全に解き放たれない』と、〔わたしは〕説きます。

比丘たちよ、そして、すなわち、〔過去において〕無明の妨害があり、さらに、すなわち、渇愛と結び付いた、〔その〕賢者には、生まれ来たものとして、この身体があり、〔その〕賢者の、まさしく、そして、その無明は〔すでに〕捨棄されたものとしてあり、さらに、その渇愛も〔すでに〕完全に滅尽したものとしてあります。それは、何を因とするのですか。比丘たちよ、賢者は、梵行を歩んだからです⸺正しく苦しみの滅尽のために。それゆえに、賢者は、身体の破壊ののち、身体を具す者と成りません。彼は、身体を具すことなき者として〔世に〕存しつつ、生から、老から、死から、諸々の憂いから、諸々の嘆きから、諸々の苦痛から、諸々の失意から、諸々の葛藤から、完全に解き放たれます。『〔彼は〕苦しみから完全に解き放たれる』と、〔わたしは〕説きます。比丘たちよ、愚者と賢者には、まさに、この差異があり、この格差があり、この多様性があります⸺すなわち、この、梵行の住が」と。〔以上が〕第九となる。

注釈【2】