翻訳【23】
English
- Bhikkhu Bodhi (2000)
- Bhikkhu Sujato
繁體字
- 莊春江
日本語
- 関西パーリ語実習会 (2023)
Deutsch
- Sabbamitta (2019)
- Wilhelm Geiger (1925)
Italiano
- Enzo Alfano
Español
- Anton P. Baron (2011)
Português
- Michael Beisert (2004)
Русский
- SV theravada.ru (2015)
Norsk
- Kåre A. Lie (2016)
Magyar
- Sándor Ildikó (2010)
Srpski
- Branislav Kovačević (2023)
Čeština
- Bhikkhu Gavésakó, Štěpán Chromovský
Polski
- Piotr Jagodziński (2024)
Lietuvių Kalba
- Sayalay Piyadassi (2022)
বাংলা
- ইন্দ্রগুপ্ত ভিক্ষু, বঙ্গীস ভিক্ষু, অজিত ভিক্ষু (2018)
Việt Ngữ
- Thích Minh Châu
Bahasa Indonesia
- Indra Anggara
සිංහල
- A.P. de Zoysa
ပြန်သွားရန်
- Pitaka Myanmar Translation
ภาษาไทย
- Siam Rath
पाळिभासा (Pāli)
- Mahāsaṅgīti Tipiṭaka
参照
- Sutta Central
世の経
サーヴァッティーに住んでおられます。……略……。「比丘たちよ、世の、そして、集起を、さらに、滅至を、説示しましょう。それを聞きなさい。善くしっかりと、意を為しなさい。〔では〕語ります」と。「尊き方よ、わかりました」と、まさに、それらの比丘たちは、世尊に答えました。世尊は、こう言いました。
「比丘たちよ、では、どのようなものが、世の集起なのですか。かつまた、眼を縁として、かつまた、諸々の形態を〔縁として〕、眼の識知〔作用〕が生起します。三つのものの接合は、接触です。接触という縁あることから、感受があり、感受という縁あることから、渇愛があります。渇愛という縁あることから、執取があります。執取という縁あることから、生存があります。生存という縁あることから、生があります。生という縁あることから、老と死が〔発生し〕、諸々の憂いと嘆きと苦痛と失意と葛藤が発生します。比丘たちよ、これは、まさに、世の集起です。
かつまた、耳を縁として、かつまた、諸々の音声を〔縁として〕、耳の識知〔作用〕が……略……。かつまた、鼻を縁として、かつまた、諸々の臭気を〔縁として〕、鼻の識知〔作用〕が……略……。かつまた、舌を縁として、かつまた、諸々の味感を〔縁として〕、舌の識知〔作用〕が……略……。かつまた、身を縁として、かつまた、諸々の感触を〔縁として〕、身の識知〔作用〕が……略……。かつまた、意を縁として、かつまた、諸々の法(意の対象)を〔縁として〕、意の識知〔作用〕が生起します。三つのものの接合は、接触です。接触という縁あることから、感受があり、感受という縁あることから、渇愛があります。渇愛という縁あることから、執取があります。執取という縁あることから、生存があります。生存という縁あることから、生があります。生という縁あることから、老と死が〔発生し〕、諸々の憂いと嘆きと苦痛と失意と葛藤が発生します。比丘たちよ、これは、まさに、世の集起です。
比丘たちよ、では、どのようなものが、世の滅至なのですか。かつまた、眼を縁として、かつまた、諸々の形態を〔縁として〕、眼の識知〔作用〕が生起します。三つのものの接合は、接触です。接触という縁あることから、感受があります。感受という縁あることから、渇愛があります。まさしく、その渇愛の、残りなき離貪と止滅あることから、執取の止滅があります。執取の止滅あることから、生存の止滅があります。……略……。このように、この全部の苦しみの範疇の止滅が有ります。比丘たちよ、これは、まさに、世の滅至です。
かつまた、耳を縁として、かつまた、諸々の音声を〔縁として〕、耳の識知〔作用〕が……略……。かつまた、鼻を縁として、かつまた、諸々の臭気を〔縁として〕、鼻の識知〔作用〕が……略……。かつまた、舌を縁として、かつまた、諸々の味感を〔縁として〕、舌の識知〔作用〕が……略……。かつまた、身を縁として、かつまた、諸々の感触を〔縁として〕、身の識知〔作用〕が……略……。かつまた、意を縁として、かつまた、諸々の法(意の対象)を〔縁として〕、意の識知〔作用〕が生起します。三つのものの接合は、接触です。接触という縁あることから、感受があります。感受という縁あることから、渇愛があります。まさしく、その渇愛の、残りなき離貪と止滅あることから、執取の止滅があります。執取の止滅あることから、生存の止滅があります。……略……。このように、この全部の苦しみの範疇の止滅が有ります。比丘たちよ、これは、まさに、世の滅至です」と。〔以上が〕第四となる。
翻訳【23】
English
- Bhikkhu Bodhi (2000)
- Bhikkhu Sujato
繁體字
- 莊春江
日本語
- 関西パーリ語実習会 (2023)
Deutsch
- Sabbamitta (2019)
- Wilhelm Geiger (1925)
Italiano
- Enzo Alfano
Español
- Anton P. Baron (2011)
Português
- Michael Beisert (2004)
Русский
- SV theravada.ru (2015)
Norsk
- Kåre A. Lie (2016)
Magyar
- Sándor Ildikó (2010)
Srpski
- Branislav Kovačević (2023)
Čeština
- Bhikkhu Gavésakó, Štěpán Chromovský
Polski
- Piotr Jagodziński (2024)
Lietuvių Kalba
- Sayalay Piyadassi (2022)
বাংলা
- ইন্দ্রগুপ্ত ভিক্ষু, বঙ্গীস ভিক্ষু, অজিত ভিক্ষু (2018)
Việt Ngữ
- Thích Minh Châu
Bahasa Indonesia
- Indra Anggara
සිංහල
- A.P. de Zoysa
ပြန်သွားရန်
- Pitaka Myanmar Translation
ภาษาไทย
- Siam Rath
पाळिभासा (Pāli)
- Mahāsaṅgīti Tipiṭaka
参照
- Sutta Central
世の経
注釈【0】