翻訳【19】
English
- Bhikkhu Bodhi (2000)
- Bhikkhu Sujato
繁體字
- 莊春江
日本語
- 関西パーリ語実習会 (2023)
Deutsch
- Sabbamitta (2019)
- Wilhelm Geiger (1925)
Español
- Anton P. Baron (2010)
Português
- Michael Beisert (2013)
Русский
- SV theravada.ru (2015)
Norsk
- Kåre A. Lie (2016)
Srpski
- Branislav Kovačević (2023)
Čeština
- Bhikkhu Gavésakó, Štěpán Chromovský
বাংলা
- ইন্দ্রগুপ্ত ভিক্ষু, বঙ্গীস ভিক্ষু, অজিত ভিক্ষু (2018)
Việt Ngữ
- Thích Minh Châu
Bahasa Indonesia
- Indra Anggara
සිංහල
- A.P. de Zoysa
ပြန်သွားရန်
- Pitaka Myanmar Translation
ภาษาไทย
- Siam Rath
पाळिभासा (Pāli)
- Mahāsaṅgīti Tipiṭaka
参照
- Sutta Central
因縁の経
或る時のことです。世尊は、クル〔国〕に住んでおられます。クル〔国〕には、カンマーサダンマという名の町があります。そこで、まさに、尊者アーナンダが、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、尊者アーナンダは、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、めったにないことです。尊き方よ、はじめてのことです。尊き方よ、それほどまでに、この、縁によって〔物事が〕生起する〔道理〕(縁起:因果の道理)が、そして、深遠なるものであり、さらに、深遠なる暗示あるものであるとは。そこで、また、そして、わたしには、明瞭のうえにも明瞭であるように思えます」と。
「アーナンダよ、まさに、このように〔言っては〕いけません。アーナンダよ、まさに、このように〔言っては〕いけません。アーナンダよ、この、縁によって〔物事が〕生起する〔道理〕は、そして、深遠なるものであり、さらに、深遠なる暗示あるものです。アーナンダよ、この法(性質)の随覚なく理解なきことから、このように、この〔世の〕人々は、絡んだ紐の類の者たちとなり、縺れた〔糸〕玉の類の者たちとなり、ムンジャ〔草〕やパッバジャ〔草〕の生類たちとなり、悪所と悪趣と堕所への輪廻を超克しません。
アーナンダよ、諸々の執取されるべき法(性質)において、悦楽を随観する者として〔世に〕住んでいると、渇愛〔の思い〕が増大します。渇愛という縁あることから、執取があります。執取という縁あることから、生存があります。生存という縁あることから、生があります。生という縁あることから、老と死が〔発生し〕、諸々の憂いと嘆きと苦痛と失意と葛藤が発生します。このように、この全部の苦しみの範疇の集起が有ります。
アーナンダよ、それは、たとえば、また、大木があるとして、その〔大木〕の、まさしく、そして、それらの根が下に赴き、さらに、それら〔の根〕が横に赴くなら、それら〔の根〕の全てが、上に、滋養を運ぶでしょう。アーナンダよ、まさに、このように、その大木は、それを食として、それを燃料として、長きにわたり、長時のあいだ、止住するでしょう。アーナンダよ、まさしく、このように、まさに、諸々の執取されるべき法(性質)において、悦楽を随観する者として〔世に〕住んでいると、渇愛〔の思い〕が増大します。渇愛という縁あることから、執取があります。執取という縁あることから、生存があります。……略……。このように、この全部の苦しみの範疇の集起が有ります。
アーナンダよ、諸々の執取されるべき法(性質)において、危険を随観する者として〔世に〕住んでいると、渇愛〔の思い〕が止滅します。渇愛の止滅あることから、執取の止滅があります。執取の止滅あることから、生存の止滅があります。……略……。このように、この全部の苦しみの範疇の止滅が有ります。
アーナンダよ、それは、たとえば、また、大木があるとして、そこで、人が、鋤と籠を携えて、やってくるとします。彼は、その木を、根において断ち切ります。根において断ち切って、掘り尽くします。掘り尽くして、諸々の根を引き上げます。もしくは、諸々の細根や繊維ほどのものをもまた〔引き上げます〕。彼は、その木を、切れ切れに断ち切ります。切れ切れに断ち切って、切り裂きます。切り裂いて、片々と為します。片々と為して、熱風において干上がらせます。熱風において干上がらせて、火で焼きます。火で焼いて、煤と為します。煤と為して、あるいは、大風のなかに吹き放ち、あるいは、川の激しい流れのなかに流し去るとします。比丘たちよ、まさに、このように、その大木は、根が断ち切られ、基盤なきターラ〔樹〕のように作り為され、状態なきものに作り為され、未来に生起なき法(性質)として存するでしょう。アーナンダよ、まさしく、このように、諸々の執取されるべき法(性質)において、危険を随観する者として〔世に〕住んでいると、渇愛〔の思い〕が止滅します。渇愛の止滅あることから、執取の止滅があります。……略……。このように、この全部の苦しみの範疇の止滅が有ります」と。〔以上が〕第十となる。
苦しみの章が第六となる。
その〔章〕のための摂頌となる。
〔そこで、詩偈に言う〕「遍き考察と燃料、そして、二つの束縛するもの、さらに、大木によって、二つのものが説かれ、そして、第七のものとして、若木とともに、さらに、名前と形態、識知〔作用〕があり、そして、因縁とともに、それらの十がある」と。
翻訳【19】
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参照
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因縁の経
注釈【1】
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