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翻訳【17】

苦しみの経

サーヴァッティーの因縁となります。「比丘たちよ、では、苦しみを、そして、苦しみの集起を、かつまた、苦しみの止滅を、さらに、苦しみの止滅に至る〔実践の〕道を、あなたたちに説示しましょう。それを聞きなさい。比丘たちよ、では、どのようなものが、苦しみなのですか。『五つの〔心身を構成する〕執取の範疇』と説かれるべきものが存在します。どのようなものが、五つのものなのですか。それは、すなわち、この、形態という〔心身を構成する〕執取の範疇であり……略……識知〔作用〕という〔心身を構成する〕執取の範疇です。比丘たちよ、これは、苦しみと説かれます。比丘たちよ、では、どのようなものが、苦しみの集起なのですか。すなわち、この、さらなる生存あるものであり……略……欲望の渇愛であり、生存の渇愛であり、非生存の渇愛です。比丘たちよ、これは、苦しみの集起と説かれます。比丘たちよ、では、どのようなものが、苦しみの止滅なのですか。すなわち、まさしく、その渇愛の、残りなき離貪と止滅であり、施捨であり、放棄であり、解放であり、〔生存の〕基底なき〔状態〕です。比丘たちよ、これは、苦しみの止滅と説かれます。比丘たちよ、では、どのようなものが、苦しみの止滅に至る〔実践の〕道なのですか。まさしく、この、聖なる八つの支分ある道です。それは、すなわち、この、正しい見解であり……略……正しい禅定です。比丘たちよ、これは、苦しみの止滅に至る〔実践の〕道と説かれます」と。〔以上が〕第二となる。

注釈【0】