サーヴァッティーの因縁となります。「比丘たちよ、では、〔何かに〕執取して、〔何かに〕思い悩むことを、そして、〔何も〕執取せずして、〔何も〕思い悩まないことを、あなたたちに説示しましょう。それを聞きなさい。善くしっかりと、意を為しなさい。〔では〕語ります」と。「尊き方よ、わかりました」と、まさに、それらの比丘たちは、世尊に答えました。世尊は、こう言いました。
「比丘たちよ、では、どのように、〔何かに〕執取して、〔何かに〕思い悩むことと成るのですか。比丘たちよ、ここに、無聞の凡夫が、聖者たちと会見しない者であり、聖者たちの法(教え)を熟知しない者であり、聖者たちの法(教え)において教導されず、正なる人士たちと会見しない者であり、正なる人士たちの法(教え)を熟知しない者であり、正なる人士たちの法(教え)において教導されず、形態を、自己〔の観点〕から等しく随観し、あるいは、形態あるものを、自己と〔等しく随観し〕、あるいは、自己のうちに、形態を〔等しく随観し〕、あるいは、形態のうちに、自己を〔等しく随観します〕。彼に、その形態が変化し他なる状態となります。彼に、形態の変化と他化の状態あることから、形態の変化に遍く随転する識知〔作用〕が有ります。形態の変化に遍く随転するものから生じる諸々の思い悩むことが、〔それらの〕法(性質)の生起が、彼の心を完全に奪い去って止住します。心を完全に奪い去ることから、そして、恐懼ある者と成り、かつまた、悩苦ある者と〔成り〕、さらに、期待ある者と〔成り〕、そして、〔何かに〕執取して、〔何かに〕思い悩みます。
感受〔作用〕を、自己〔の観点〕から等しく随観し、あるいは、感受〔作用〕あるものを、自己と〔等しく随観し〕、あるいは、自己のうちに、感受〔作用〕を〔等しく随観し〕、あるいは、感受〔作用〕のうちに、自己を〔等しく随観します〕。彼に、その感受〔作用〕が変化し他なる状態となります。彼に、感受〔作用〕の変化と他化の状態あることから、感受〔作用〕の変化に遍く随転する識知〔作用〕が有ります。感受〔作用〕の変化に遍く随転するものから生じる諸々の思い悩むことが、〔それらの〕法(性質)の生起が、彼の心を完全に奪い去って止住します。心を完全に奪い去ることから、そして、恐懼ある者と成り、かつまた、悩苦ある者と〔成り〕、さらに、期待ある者と〔成り〕、そして、〔何かに〕執取して、〔何かに〕思い悩みます。
表象〔作用〕を、自己〔の観点〕から等しく随観し……略……。諸々の形成〔作用〕を、自己〔の観点〕から等しく随観し、あるいは、諸々の形成〔作用〕あるものを、自己と〔等しく随観し〕、あるいは、自己のうちに、諸々の形成〔作用〕を〔等しく随観し〕、あるいは、諸々の形成〔作用〕のうちに、自己を〔等しく随観します〕。彼に、それらの形成〔作用〕が変化し他なる状態となります。彼に、諸々の形成〔作用〕の変化と他化の状態あることから、諸々の形成〔作用〕の変化に遍く随転する識知〔作用〕が有ります。諸々の形成〔作用〕の変化に遍く随転するものから生じる諸々の思い悩むことが、〔それらの〕法(性質)の生起が、彼の心を完全に奪い去って止住します。心を完全に奪い去ることから、そして、恐懼ある者と成り、かつまた、悩苦ある者と〔成り〕、さらに、期待ある者と〔成り〕、そして、〔何かに〕執取して、〔何かに〕思い悩みます。
識知〔作用〕を、自己〔の観点〕から等しく随観し、あるいは、識知〔作用〕あるものを、自己と〔等しく随観し〕、あるいは、自己のうちに、識知〔作用〕を〔等しく随観し〕、あるいは、識知〔作用〕のうちに、自己を〔等しく随観します〕。彼に、その識知〔作用〕が変化し他なる状態となります。彼に、識知〔作用〕の変化と他化の状態あることから、識知〔作用〕の変化に遍く随転する識知〔作用〕が有ります。識知〔作用〕の変化に遍く随転するものから生じる諸々の思い悩むことが、〔それらの〕法(性質)の生起が、彼の心を完全に奪い去って止住します。心を完全に奪い去ることから、そして、恐懼ある者と成り、かつまた、悩苦ある者と〔成り〕、さらに、期待ある者と〔成り〕、そして、〔何かに〕執取して、〔何かに〕思い悩みます。比丘たちよ、このように、まさに、〔何かに〕執取して、〔何かに〕思い悩むことと成ります。
比丘たちよ、では、どのように、〔何も〕執取せずして、〔何も〕思い悩まないことと成るのですか。比丘たちよ、ここに、有聞の聖なる弟子が、聖者たちと会見する者であり、聖者たちの法(教え)を熟知する者であり、聖者たちの法(教え)において善く教導され、正なる人士たちと会見する者であり、正なる人士たちの法(教え)を熟知する者であり、正なる人士たちの法(教え)において善く教導され、形態を、自己〔の観点〕から等しく随観せず、あるいは、形態あるものを、自己と〔等しく随観せ〕ず、あるいは、自己のうちに、形態を〔等しく随観せ〕ず、あるいは、形態のうちに、自己を〔等しく随観し〕ません。彼に、その形態が変化し他なる状態となります。彼に、形態の変化と他化の状態あることから、形態の変化に遍く随転する識知〔作用〕が有ることはありません。形態の変化に遍く随転するものから生じる諸々の思い悩むことが、〔それらの〕法(性質)の生起が、彼の心を完全に奪い去って止住することはありません。心を完全に奪い去らないことから、そして、恐懼ある者と成らず、かつまた、悩苦ある者と〔成ら〕ず、さらに、期待ある者と〔成ら〕ず、そして、〔何も〕執取せずして、〔何も〕思い悩みません。
感受〔作用〕を、自己〔の観点〕から等しく随観せず、あるいは、感受〔作用〕あるものを、自己と〔等しく随観せ〕ず、あるいは、自己のうちに、感受〔作用〕を〔等しく随観せ〕ず、あるいは、感受〔作用〕のうちに、自己を〔等しく随観し〕ません。彼に、その感受〔作用〕が変化し他なる状態となります。彼に、感受〔作用〕の変化と他化の状態あることから、感受〔作用〕の変化に遍く随転する識知〔作用〕が有ることはありません。感受〔作用〕の変化に遍く随転するものから生じる諸々の思い悩むことが、〔それらの〕法(性質)の生起が、彼の心を完全に奪い去って止住することはありません。心を完全に奪い去らないことから、そして、恐懼ある者と成らず、かつまた、悩苦ある者と〔成ら〕ず、さらに、期待ある者と〔成ら〕ず、そして、〔何も〕執取せずして、〔何も〕思い悩みません。
表象〔作用〕を、自己〔の観点〕から等しく随観せず……略……。諸々の形成〔作用〕を、自己〔の観点〕から等しく随観せず、あるいは、諸々の形成〔作用〕あるものを、自己と〔等しく随観せ〕ず、あるいは、自己のうちに、諸々の形成〔作用〕を〔等しく随観せ〕ず、あるいは、諸々の形成〔作用〕のうちに、自己を〔等しく随観し〕ません。彼に、それらの形成〔作用〕が変化し他なる状態となります。彼に、諸々の形成〔作用〕の変化と他化の状態あることから、諸々の形成〔作用〕の変化に遍く随転する識知〔作用〕が有ることはありません。諸々の形成〔作用〕の変化に遍く随転するものから生じる諸々の思い悩むことが、〔それらの〕法(性質)の生起が、彼の心を完全に奪い去って止住することはありません。心を完全に奪い去らないことから、そして、恐懼ある者と成らず、かつまた、悩苦ある者と〔成ら〕ず、さらに、期待ある者と〔成ら〕ず、そして、〔何も〕執取せずして、〔何も〕思い悩みません。
識知〔作用〕を、自己〔の観点〕から等しく随観せず、あるいは、識知〔作用〕あるものを、自己と〔等しく随観せ〕ず……略……。彼に、その識知〔作用〕が変化し他なる状態となります。彼に、識知〔作用〕の変化と他化の状態あることから、識知〔作用〕の変化に遍く随転する識知〔作用〕が有ることはありません。識知〔作用〕の変化に遍く随転するものから生じる諸々の思い悩むことが、〔それらの〕法(性質)の生起が、彼の心を完全に奪い去って止住することはありません。心を完全に奪い去らないことから、そして、恐懼ある者と成らず、かつまた、悩苦ある者と〔成ら〕ず、さらに、期待ある者と〔成ら〕ず、そして、〔何も〕執取せずして、〔何も〕思い悩みません。比丘たちよ、このように、まさに、〔何も〕執取せずして、〔何も〕思い悩まないことと成ります」と。〔以上が〕第七となる。
注釈【1】
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