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翻訳【14】

第二の欲〔の思い〕と貪り〔の思い〕の経

サーヴァッティーの因縁となります。一方に坐った、まさに、尊者ラーダに、世尊は、こう言いました。「ラーダよ、形態にたいし、まさに、それが、欲〔の思い〕としてあるなら、それが、貪欲〔の思い〕としてあるなら、それが、愉悦〔の思い〕としてあるなら、それが、渇愛〔の思い〕としてあるなら、それらが、接近と執取としてあるなら、心の確立としてあるなら、固着と悪習としてあるなら、それらを捨棄しなさい。このように、その形態は〔すでに〕捨棄され、根が断ち切られ、基盤なきターラ〔樹〕のように作り為され、状態なきものに作り為され、未来に生起なき法(性質)と成るでしょう。感受〔作用〕にたいし、それが、欲〔の思い〕としてあるなら、それが、貪欲〔の思い〕としてあるなら、それが、愉悦〔の思い〕としてあるなら、それが、渇愛〔の思い〕としてあるなら、それらが、接近と執取としてあるなら、心の確立としてあるなら、固着と悪習としてあるなら、それらを捨棄しなさい。このように、その感受〔作用〕〔すでに〕捨棄され、根が断ち切られ、基盤なきターラ〔樹〕のように作り為され、状態なきものに作り為され、未来に生起なき法(性質)と成るでしょう。表象〔作用〕にたいし……。諸々の形成〔作用〕にたいし、それが、欲〔の思い〕としてあるなら、それが、貪欲〔の思い〕としてあるなら、それが、愉悦〔の思い〕としてあるなら、それが、渇愛〔の思い〕としてあるなら、それらが、接近と執取としてあるなら、心の確立としてあるなら、固着と悪習としてあるなら、それらを捨棄しなさい。このように、それらの形成〔作用〕〔すでに〕捨棄され、根が断ち切られ、基盤なきターラ〔樹〕のように作り為され、状態なきものに作り為され、未来に生起なき法(性質)と成るでしょう。識知〔作用〕にたいし、それが、欲〔の思い〕としてあるなら、それが、貪欲〔の思い〕としてあるなら、それが、愉悦〔の思い〕としてあるなら、それが、渇愛〔の思い〕としてあるなら、それらが、接近と執取としてあるなら、心の確立としてあるなら、固着と悪習としてあるなら、それらを捨棄しなさい。このように、その識知〔作用〕〔すでに〕捨棄され、根が断ち切られ、基盤なきターラ〔樹〕のように作り為され、状態なきものに作り為され、未来に生起なき法(性質)と成るでしょう」と。〔以上が〕第十となる。

〔以上が〕ラーダに相応するものの第一の章となる。

その〔章〕のための摂頌となる。

〔そこで、詩偈に言う〕「悪魔、有情、生存に導くもの、遍知されるべきもの、二つの沙門たち、預流たる者、そして、阿羅漢、他に、二つの欲〔の思い〕と貪り〔の思い〕があり、〔章となる〕」と。

注釈【0】