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翻訳【14】

「そのものとして生命があり、そのものとして肉体がある」の経

サーヴァッティーの因縁となります。「比丘たちよ、いったい、まさに、何が存しているとき、何に執取して、何に固着して、このような見解が生起するのですか。『そのものとして生命があり、そのものとして肉体がある(生命と肉体は同じものである)』」と。「尊き方よ、わたしたちにとって、諸々の法(教え)は、世尊を根元とするものであり……略……。決定の者であり、正覚を行き着く所とする者である』〔と〕説かれます」と。〔以上が〕第十三となる。

注釈【0】