翻訳【16】
English
- Bhikkhu Sujato
繁體字
- 莊春江
日本語
- 関西パーリ語実習会 (2023)
Deutsch
- Nyanaponika Thera (1967)
- Sabbamitta (2019)
Español
- Anton P. Baron (2011)
Português
- Michael Beisert (2004)
Русский
- SV theravada.ru (2012)
Norsk
- Kåre A. Lie (2017)
বাংলা
- ইন্দ্রগুপ্ত ভিক্ষু, সুমন ভিক্ষু, আদিকল্যাণ ভিক্ষু, সীবক ভিক্ষু, রাহুল ভিক্ষু (2018)
Việt Ngữ
- Thích Minh Châu
Bahasa Indonesia
- Indra Anggara
සිංහල
- A.P. de Zoysa
ပြန်သွားရန်
- Pitaka Myanmar Translation
ภาษาไทย
- Siam Rath
पाळिभासा (Pāli)
- Mahāsaṅgīti Tipiṭaka
参照
- Sutta Central
感受〔作用〕について知なきことの経
サーヴァッティーの因縁となります。一方に坐った、まさに、ヴァッチャ姓の遍歴遊行者は、世尊に、こう言いました。「貴君ゴータマよ、いったい、まさに、何を因として、何を縁として、すなわち、これらの無数〔の流儀〕に関した悪しき見解が、世に生起するのですか⸺あるいは、『世〔界〕は、常久である』と、あるいは、『世〔界〕は、常久ではない』と……略……あるいは、『如来は、死後に、まさしく、有ることもなく、有ることがないこともない』と、〔これらの悪しき見解が〕」と。「ヴァッチャよ、まさに、感受〔作用〕について知なきことから、感受〔作用〕の集起について知なきことから、感受〔作用〕の止滅について知なきことから、感受〔作用〕の止滅に至る〔実践の〕道について知なきことから、このように、これらの無数〔の流儀〕に関した悪しき見解が、世に生起します⸺あるいは、『世〔界〕は、常久である』と、あるいは、『世〔界〕は、常久ではない』と……略……あるいは、『如来は、死後に、まさしく、有ることもなく、有ることがないこともない』と、〔これらの悪しき見解が〕。ヴァッチャよ、まさに、これを因として、これを縁として、すなわち、これらの無数〔の流儀〕に関した悪しき見解が、世に生起します⸺あるいは、『世〔界〕は、常久である』と、あるいは、『世〔界〕は、常久ではない』と……略……あるいは、『如来は、死後に、まさしく、有ることもなく、有ることがないこともない』と、〔これらの悪しき見解が〕」と。〔以上が〕第二となる。
翻訳【16】
English
- Bhikkhu Sujato
繁體字
- 莊春江
日本語
- 関西パーリ語実習会 (2023)
Deutsch
- Nyanaponika Thera (1967)
- Sabbamitta (2019)
Español
- Anton P. Baron (2011)
Português
- Michael Beisert (2004)
Русский
- SV theravada.ru (2012)
Norsk
- Kåre A. Lie (2017)
বাংলা
- ইন্দ্রগুপ্ত ভিক্ষু, সুমন ভিক্ষু, আদিকল্যাণ ভিক্ষু, সীবক ভিক্ষু, রাহুল ভিক্ষু (2018)
Việt Ngữ
- Thích Minh Châu
Bahasa Indonesia
- Indra Anggara
සිංහල
- A.P. de Zoysa
ပြန်သွားရန်
- Pitaka Myanmar Translation
ภาษาไทย
- Siam Rath
पाळिभासा (Pāli)
- Mahāsaṅgīti Tipiṭaka
参照
- Sutta Central
感受〔作用〕について知なきことの経
注釈【0】