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翻訳【17】

ローヒッチャの経

或る時のことです。尊者マハー・カッチャーナは、アヴァンティ〔国〕に住んでいます。マッカラカタの林の小屋において。そこで、まさに、ローヒッチャ婆羅門の大勢の内弟子たちである薪運びの学生たちが、尊者マハー・カッチャーナの林の小屋のあるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、小屋の周囲から周囲へと、こちらを歩いては、あちらを歩み、高い声をあげ大きな音をたて、あれやこれやと囃し立てを為します。「さてまた、これらの坊主頭の似非沙門たちは、卑俗の黒き者たちです。梵の足から生まれた者たちです。これらの扶養者たちにとっては、尊敬され、尊重され、思慕され、供養され、敬恭される者たちですが」と。そこで、まさに、尊者マハー・カッチャーナは、精舎から出て、それらの学生たちに、こう言いました。「学生たちよ、声を上げてはいけません。あなたたちに、法(教え)を語りましょう」と。このように説かれたとき、それらの学生たちは、沈黙の者たちと成りました。そこでまさに、尊者マハー・カッチャーナは、それらの学生たちに、諸々の詩偈をもって語りかけました。

〔そこで、詩偈に言う〕「より過去なる者たちは、戒を最上とする者たちとして〔世に〕有った⸺すなわち、過去を思念する、それらの婆羅門たちは。彼らの〔感官の〕門は守られ、善く守護されたものとして〔世に〕有った⸺忿激〔の思い〕を征服して〔そののち〕

そして、法(教え)を、さらに、瞑想を、喜ぶ者たちとして〔世に〕有った⸺すなわち、過去を思念する、それらの婆羅門たちは。しかしながら、これらの者たちは、〔道を〕外れて、『〔わたしたちは〕詠唱するのだ』と、氏姓に驕慢し、不正を歩む。

〔彼らは〕忿激〔の思い〕に征服され、多々に棒(武器)を取っている⸺渇愛を有する者や渇愛なき者たちにたいし、離貪していながら。〔感官の〕門が守られていない者には、諸々の無駄が有る⸺人にとって、夢のなかで得た富が〔無駄である〕ように。

諸々の断食、そして、諸々の野宿、かつまた、早朝の沐浴、さらに、三つのヴェーダ⸺

粗い鹿皮、結髪と泥、諸々の呪文、戒や掟、苦行、虚言、そして、諸々の湾曲の杖、さらに、諸々の水による洗浄⸺

これらのものが、婆羅門たちの栄誉とされ、微々たる修行として為された。しかしながら、心が善く定められ、清らかで意に混濁なく、一切の生類にたいし鬱積なくあるなら、それは、梵に至り得るための道である」と。

そこで、まさに、それらの学生たちは、激情し、わが意を得ない者たちとなり、ローヒッチャ婆羅門のいるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、ローヒッチャ婆羅門に、こう言いました。「どうか、尊き方は知りたまえ。沙門マハー・カッチャーナは、婆羅門たちの諸々の呪文を、一方的に排斥し弾劾します」と。このように説かれたとき、ローヒッチャ婆羅門は、激情し、わが意を得ない者と成りました。そこで、まさに、ローヒッチャ婆羅門に、この〔思い〕が有りました。「また、まさに、このことは、わたしにとって、適切なることではない。すなわち、わたしが、何はともあれ、まさしく、学生たちの〔言葉を〕聞いて、沙門マハー・カッチャーナを罵倒し口撃するであろうなら。それなら、さあ、わたしは、近づいて行って尋ねるのだ」と。

そこで、まさに、ローヒッチャ婆羅門は、それらの学生たちと共に、尊者マハー・カッチャーナのいるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、尊者マハー・カッチャーナを相手に共に挨拶しました。共に挨拶し記憶されるべき話を交わして、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、ローヒッチャ婆羅門は、尊者マハー・カッチャーナに、こう言いました。「貴君カッチャーナよ、いったい、まさに、ここに、わたしどもの大勢の内弟子たちである薪運びの学生たちがやってきましたか」と。「婆羅門よ、まさに、ここに、あなたの大勢の内弟子たちである薪運びの学生たちがやってきました」と。「また、貴君カッチャーナに、それらの学生たちを相手に、何らかの或る議論と談論が有りましたか」と。「婆羅門よ、まさに、わたしに、それらの学生たちを相手に、何らかの或る議論と談論が有りました」と。「また、すなわち、どのように、貴君カッチャーナに、それらの学生たちを相手に、何らかの或る議論と談論が有りましたか」と。「婆羅門よ、このように、まさに、わたしに、それらの学生たちを相手に、何らかの或る議論と談論が有りました。

〔すなわち〕『より過去なる者たちは、戒を最上とする者たちとして〔世に〕有った⸺すなわち、過去を思念する、それらの婆羅門たちは。……略……。

……一切の生類にたいし鬱積なくあるなら、それは、梵に至り得るための道である』と。

婆羅門よ、このように、まさに、わたしに、それらの学生たちを相手に、何らかの或る議論と談論が有りました」と。

「『〔感官の〕門が守られていない者』と、貴君カッチャーナは言いました。貴君カッチャーナよ、いったい、まさに、どのようなことから、〔感官の〕門が守られていない者と成るのですか」と。「婆羅門よ、ここに、一部の者は、眼によって、形態を見て、愛しい形態の形態に耽溺し、愛しくない形態の形態に憎悪し、さらに、身体の気づきが現起されていない者として〔世に〕住みます⸺微小なる心の者となり。そして、そこにおいて、彼の、それらの生起した悪しき善ならざる法(性質)が完全に残りなく止滅する、〔まさに〕その、〔止寂の〕心による解脱を、〔観察の〕智慧による解脱を、事実のとおりに覚知しません。耳によって、音声を聞いて……。鼻によって、臭気を嗅いで……。舌によって、味感を味わって……。身によって、感触と接触して……。意によって、法(意の対象)を識知して、愛しい形態の法(意の対象)に耽溺し、愛しくない形態の法(意の対象)に憎悪し、さらに、身体の気づきが現起されていない者として〔世に〕住みます⸺微小なる心の者となり。そして、そこにおいて、彼の、それらの生起した悪しき善ならざる法(性質)が完全に残りなく止滅する、〔まさに〕その、〔止寂の〕心による解脱を、〔観察の〕智慧による解脱を、事実のとおりに覚知しません。婆羅門よ、このように、まさに、〔感官の〕門が守られていない者と成ります」と。「貴君カッチャーナよ、めったにないことです。貴君カッチャーナよ、はじめてのことです。さてまた、すなわち、貴君カッチャーナによって、これほどまでに、〔見事に〕告げ知らされたのは⸺まさしく、〔感官の〕門が守られていない者が、〔そのように〕存しつつ、『〔感官の〕門が守られていない者』と。

〔感官の〕門が守られている者』と、貴君カッチャーナは言いました。貴君カッチャーナよ、いったい、まさに、どのようなことから、〔感官の〕門が守られている者と成るのですか」と。「婆羅門よ、ここに、一部の者は、眼によって、形態を見て、愛しい形態の形態に耽溺せず、愛しくない形態の形態に憎悪せず、さらに、身体の気づきが現起された者として〔世に〕住みます⸺無量なる心の者となり。そして、そこにおいて、彼の、それらの生起した悪しき善ならざる法(性質)が完全に残りなく止滅する、〔まさに〕その、〔止寂の〕心による解脱を、〔観察の〕智慧による解脱を、事実のとおりに覚知します。耳によって、音声を聞いて……。鼻によって、臭気を嗅いで……。舌によって、味感を味わって……。身によって、感触と接触して……。意によって、法(意の対象)を識知して、愛しい形態の法(意の対象)に耽溺せず、愛しくない形態の法(意の対象)に憎悪せず、さらに、身体の気づきが現起された者として〔世に〕住みます⸺無量なる心の者となり。そして、そこにおいて、彼の、それらの生起した悪しき善ならざる法(性質)が完全に残りなく止滅する、〔まさに〕その、〔止寂の〕心による解脱を、〔観察の〕智慧による解脱を、事実のとおりに覚知します。婆羅門よ、このように、まさに、〔感官の〕門が守られている者と成ります」と。

「貴君カッチャーナよ、めったにないことです。貴君カッチャーナよ、はじめてのことです。さてまた、すなわち、貴君カッチャーナによって、これほどまでに、〔見事に〕告げ知らされたのは⸺まさしく、〔感官の〕門が守られている者が、〔そのように〕存しつつ、『〔感官の〕門が守られている者』と。貴君カッチャーナよ、すばらしいことです。貴君カッチャーナよ、すばらしいことです。貴君カッチャーナよ、それは、たとえば、また、あるいは、倒れたものを起こすかのように、あるいは、覆われたものを開くかのように、あるいは、迷う者に道を告げ知らせるかのように、あるいは、暗黒のなかで油の灯火を保つかのように、『眼ある者たちは、諸々の形態を見る』と、まさしく、このように、貴君カッチャーナによって、無数の教相によって、法(真理)が明示されました。貴君カッチャーナよ、〔まさに〕この、わたしは、彼を、世尊を帰依所に赴きます⸺そして、法(教え)を、さらに、比丘の僧団を。貴君カッチャーナは、わたしを、在俗信者として認めてください⸺今日以後、命ある限り、帰依所に赴いた者として。そして、すなわち、貴君カッチャーナが、マッカラカタにおいて、在俗信者の家々に近づいて行くように、まさしく、このように、ローヒッチャの家に近づいて行きたまえ。そこにおいて、それらの、あるいは、学生たちが、あるいは、女学生たちが、貴君カッチャーナを敬拝し、立礼し、あるいは、坐を〔与え〕、あるいは、水を与えるなら、それは、彼らにとって、長夜にわたり、利益のために〔成り〕、安楽のために成るでしょう」と。〔以上が〕第九となる。

注釈【1】