翻訳【16】
English
- Bhikkhu Bodhi (2000)
- Bhikkhu Sujato
繁體字
- 莊春江
日本語
- 関西パーリ語実習会 (2023)
Deutsch
- Dr. Hellmuth Hecker (1993)
- Sabbamitta (2019)
Español
- Isidatta (2011)
Русский
- SV theravada.ru (2012)
Norsk
- Kåre A. Lie (2018)
বাংলা
- জ্ঞানেন্দ্রিয় ভিক্ষু (2018)
Việt Ngữ
- Thích Minh Châu
Bahasa Indonesia
- Indra Anggara
සිංහල
- A.P. de Zoysa
ပြန်သွားရန်
- Pitaka Myanmar Translation
ภาษาไทย
- Siam Rath
पाळिभासा (Pāli)
- Mahāsaṅgīti Tipiṭaka
参照
- Sutta Central
苦痛と涅槃のための正当なるものの経
「比丘たちよ、涅槃のための正当なる〔実践の〕道を、あなたたちに説示しましょう。それを聞きなさい。……略……。比丘たちよ、では、どのようなものが、その、涅槃のための正当なる〔実践の〕道なのですか。比丘たちよ、ここに、比丘が、『眼は、苦痛である』と見ます。『諸々の形態は、苦痛である』と見ます。『眼の識知〔作用〕は、苦痛である』と見ます。『眼の接触は、苦痛である』と見ます。『すなわち、また、この、眼の接触という縁あることから生起する、感受されたものであるなら、あるいは、安楽も、あるいは、苦痛も、あるいは、苦でもなく楽でもないものも、それもまた苦痛である』と見ます。……略……。『舌は、苦痛である』と見ます。……略……。『意は、苦痛である』と見ます。『諸々の法(意の対象)は、苦痛である』と見ます。『意の識知〔作用〕は、苦痛である』と見ます。『意の接触は、苦痛である』と見ます。『すなわち、また、この、意の接触という縁あることから生起する、感受されたものであるなら、あるいは、安楽も、あるいは、苦痛も、あるいは、苦でもなく楽でもないものも、それもまた苦痛である』と見ます。比丘たちよ、これは、まさに、その、涅槃のための正当なる〔実践の〕道です」と。〔以上が〕第三となる。
翻訳【16】
English
- Bhikkhu Bodhi (2000)
- Bhikkhu Sujato
繁體字
- 莊春江
日本語
- 関西パーリ語実習会 (2023)
Deutsch
- Dr. Hellmuth Hecker (1993)
- Sabbamitta (2019)
Español
- Isidatta (2011)
Русский
- SV theravada.ru (2012)
Norsk
- Kåre A. Lie (2018)
বাংলা
- জ্ঞানেন্দ্রিয় ভিক্ষু (2018)
Việt Ngữ
- Thích Minh Châu
Bahasa Indonesia
- Indra Anggara
සිංහල
- A.P. de Zoysa
ပြန်သွားရန်
- Pitaka Myanmar Translation
ภาษาไทย
- Siam Rath
पाळिभासा (Pāli)
- Mahāsaṅgīti Tipiṭaka
参照
- Sutta Central
苦痛と涅槃のための正当なるものの経
注釈【0】