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翻訳【16】

苦痛と涅槃のための正当なるものの経

「比丘たちよ、涅槃のための正当なる〔実践の〕道を、あなたたちに説示しましょう。それを聞きなさい。……略……。比丘たちよ、では、どのようなものが、その、涅槃のための正当なる〔実践の〕道なのですか。比丘たちよ、ここに、比丘が、『眼は、苦痛である』と見ます。『諸々の形態は、苦痛である』と見ます。『眼の識知〔作用〕は、苦痛である』と見ます。『眼の接触は、苦痛である』と見ます。『すなわち、また、この、眼の接触という縁あることから生起する、感受されたものであるなら、あるいは、安楽も、あるいは、苦痛も、あるいは、苦でもなく楽でもないものも、それもまた苦痛である』と見ます。……略……。『舌は、苦痛である』と見ます。……略……。『意は、苦痛である』と見ます。『諸々の法(意の対象)は、苦痛である』と見ます。『意の識知〔作用〕は、苦痛である』と見ます。『意の接触は、苦痛である』と見ます。『すなわち、また、この、意の接触という縁あることから生起する、感受されたものであるなら、あるいは、安楽も、あるいは、苦痛も、あるいは、苦でもなく楽でもないものも、それもまた苦痛である』と見ます。比丘たちよ、これは、まさに、その、涅槃のための正当なる〔実践の〕道です」と。〔以上が〕第三となる。

注釈【0】