翻訳【16】
English
- Bhikkhu Bodhi (2000)
- Bhikkhu Sujato
繁體字
- 莊春江
日本語
- 関西パーリ語実習会 (2023)
Deutsch
- Dr. Hellmuth Hecker (1993)
- Sabbamitta (2019)
Español
- Isidatta (2011)
Русский
- SV theravada.ru (2013)
Norsk
- Kåre A. Lie (2018)
বাংলা
- জ্ঞানেন্দ্রিয় ভিক্ষু (2018)
Việt Ngữ
- Thích Minh Châu
Bahasa Indonesia
- Indra Anggara
සිංහල
- A.P. de Zoysa
ပြန်သွားရန်
- Pitaka Myanmar Translation
ภาษาไทย
- Siam Rath
पाळिभासा (Pāli)
- Mahāsaṅgīti Tipiṭaka
参照
- Sutta Central
内弟子の経
「比丘たちよ、この梵行は、内弟子なく師匠なきものとして住されます。比丘たちよ、内弟子を有し師匠を有する比丘は、苦痛のうちに、平穏ならずに、〔世に〕住みます。比丘たちよ、内弟子なく師匠なき比丘は、安楽のうちに、平穏に、〔世に〕住みます。比丘たちよ、では、どのように、内弟子を有し師匠を有する比丘は、苦痛のうちに、平穏ならずに、〔世に〕住むのですか。比丘たちよ、ここに、比丘に、眼によって、形態を見て、諸々の悪しき善ならざる法(性質)である思念や思惟が、束縛されるべきものとして生起します。それらは、彼の内に住します。諸々の悪しき善ならざる法(性質)が、彼の内に住する(アントーヴァサティ)、ということで、それゆえに、『内弟子(アンテーヴァーシカ)を有する者』と説かれます。それらは、彼に慣行となります。諸々の悪しき善ならざる法(性質)が、彼に慣行となる(サムダーチャラティ)、ということで、それゆえに、『師匠を有する者(アーチャリヤ)』と説かれます。……略……。
比丘たちよ、さらに、また、他に、比丘に、舌によって、味感を味わって、諸々の悪しき善ならざる法(性質)である思念や思惟が、束縛されるべきものとして生起します。それらは、彼の内に住します。諸々の悪しき善ならざる法(性質)が、彼の内に住する、ということで、それゆえに、『内弟子を有する者』と説かれます。それらは、彼に慣行となります。諸々の悪しき善ならざる法(性質)が、彼に慣行となる、ということで、それゆえに、『師匠を有する者』と説かれます。……略……。
比丘たちよ、さらに、また、他に、比丘に、意によって、法(意の対象)を識知して、諸々の悪しき善ならざる法(性質)である思念や思惟が、束縛されるべきものとして生起します。それらは、彼の内に住します。諸々の悪しき善ならざる法(性質)が、彼の内に住する、ということで、それゆえに、『内弟子を有する者』と説かれます。それらは、彼に慣行となります。諸々の悪しき善ならざる法(性質)が、彼に慣行となる、ということで、それゆえに、『師匠を有する者』と説かれます。比丘たちよ、このように、まさに、内弟子を有し師匠を有する比丘は、苦痛のうちに、平穏ならずに、〔世に〕住みます。
比丘たちよ、では、どのように、内弟子なく師匠なき比丘は、安楽のうちに、平穏に、〔世に〕住むのですか。比丘たちよ、ここに、比丘に、眼によって、形態を見て、諸々の悪しき善ならざる法(性質)である思念や思惟が、束縛されるべきものとして生起しません。それらは、彼の内に住しません。諸々の悪しき善ならざる法(性質)が、彼の内に住さない、ということで、それゆえに、『内弟子なき者』と説かれます。それらは、彼に慣行となりません。諸々の悪しき善ならざる法(性質)が、彼に慣行とならない、ということで、それゆえに、『師匠なき者』と説かれます。……略……。
比丘たちよ、さらに、また、他に、比丘に、舌によって、味感を味わって、諸々の悪しき善ならざる法(性質)である思念や思惟が、束縛されるべきものとして生起しません。それらは、彼の内に住しません。諸々の悪しき善ならざる法(性質)が、彼の内に住さない、ということで、それゆえに、『内弟子なき者』と説かれます。それらは、彼に慣行となりません。諸々の悪しき善ならざる法(性質)が、彼に慣行とならない、ということで、それゆえに、『師匠なき者』と説かれます。……略……。
比丘たちよ、さらに、また、他に、比丘に、意によって、法(意の対象)を識知して、諸々の悪しき善ならざる法(性質)である思念や思惟が、束縛されるべきものとして生起しません。それらは、彼の内に住しません。諸々の悪しき善ならざる法(性質)が、彼の内に住さない、ということで、それゆえに、『内弟子なき者』と説かれます。それらは、彼に慣行となりません。諸々の悪しき善ならざる法(性質)が、彼に慣行とならない、ということで、それゆえに、『師匠なき者』と説かれます。比丘たちよ、このように、まさに、内弟子なく師匠なき比丘は、安楽のうちに、平穏に、〔世に〕住みます。比丘たちよ、この梵行は、内弟子なく師匠なきものとして住されます。比丘たちよ、内弟子を有し師匠を有する比丘は、苦痛のうちに、平穏ならずに、〔世に〕住みます。比丘たちよ、内弟子なく師匠なき比丘は、安楽のうちに、平穏に、〔世に〕住みます」と。〔以上が〕第六となる。
翻訳【16】
English
- Bhikkhu Bodhi (2000)
- Bhikkhu Sujato
繁體字
- 莊春江
日本語
- 関西パーリ語実習会 (2023)
Deutsch
- Dr. Hellmuth Hecker (1993)
- Sabbamitta (2019)
Español
- Isidatta (2011)
Русский
- SV theravada.ru (2013)
Norsk
- Kåre A. Lie (2018)
বাংলা
- জ্ঞানেন্দ্রিয় ভিক্ষু (2018)
Việt Ngữ
- Thích Minh Châu
Bahasa Indonesia
- Indra Anggara
සිංහල
- A.P. de Zoysa
ပြန်သွားရန်
- Pitaka Myanmar Translation
ภาษาไทย
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पाळिभासा (Pāli)
- Mahāsaṅgīti Tipiṭaka
参照
- Sutta Central
内弟子の経
注釈【1】
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