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翻訳【19】

「何を義として、梵行が」の経

「比丘たちよ、それで、もし、〔教えを〕他にする異教の遍歴遊行者たちが、このように尋ねるとします。『友よ、何を義(目的)として、沙門ゴータマのもと、梵行が住されるのですか』と。比丘たちよ、このように尋ねられたなら、あなたたちは、それらの〔教えを〕他にする異教の遍歴遊行者たちに、このように説き明かすべきです。『友よ、まさに、苦しみの遍知のために、世尊のもと、梵行は住されます』と。比丘たちよ、また、それで、もし、〔教えを〕他にする異教の遍歴遊行者たちが、あなたたちに、このように尋ねるとします。『友よ、また、どのようなものが、苦しみなのですか。その〔苦しみ〕の遍知のために、沙門ゴータマのもと、梵行が住されるとして』と。比丘たちよ、このように尋ねられたなら、あなたたちは、それらの〔教えを〕他にする異教の遍歴遊行者たちに、このように説き明かすべきです。

『友よ、まさに、眼は、苦しみです。その〔苦しみ〕の遍知のために、世尊のもと、梵行は住されます。諸々の形態は、苦しみです。それら〔の苦しみ〕の遍知のために、世尊のもと、梵行は住されます。眼の識知〔作用〕は、苦しみです。その〔苦しみ〕の遍知のために、世尊のもと、梵行は住されます。眼の接触は、苦しみです。その〔苦しみ〕の遍知のために、世尊のもと、梵行は住されます。すなわち、また、この、眼の接触という縁あることから生起する、感受されたものであるなら、あるいは、安楽も、あるいは、苦痛も、あるいは、苦でもなく楽でもないものも、それもまた、苦しみです。その〔苦しみ〕の遍知のために、世尊のもと、梵行は住されます。……略……。舌は、苦しみです。……略……。意は、苦しみです。その〔苦しみ〕の遍知のために、世尊のもと、梵行は住されます。……略……。すなわち、また、この、意の接触という縁あることから生起する、感受されたものであるなら、あるいは、安楽も、あるいは、苦痛も、あるいは、苦でもなく楽でもないものも、それもまた、苦しみです。その〔苦しみ〕の遍知のために、世尊のもと、梵行は住されます。友よ、まさに、これが、苦しみです。その〔苦しみ〕の遍知のために、世尊のもと、梵行は住されます』と。比丘たちよ、このように尋ねられたなら、あなたたちは、それらの〔教えを〕他にする異教の遍歴遊行者たちに、このように説き明かすべきです」と。〔以上が〕第七となる。

注釈【0】