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翻訳【15】

コッティカと無常の経

そこで、まさに、尊者マハー・コッティカが、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。……略……。一方に坐った、まさに、尊者マハー・コッティカは、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、世尊は、どうか、わたしに、簡略〔の観点〕によって、法(教え)を説示してください。すなわち、世尊の法(教え)を聞いて、わたしが、独り、〔静所に〕隠棲し、〔気づきを〕怠らず、熱情ある者となり、自己を精励する者として〔世に〕住むべく」と。

「コッティカよ、まさに、それが、無常であるなら、そこで、あなたは、欲〔の思い〕を捨棄するべきです。コッティカよ、では、何が、無常なのですか。コッティカよ、まさに、眼は、無常です。そこで、あなたは、欲〔の思い〕を捨棄するべきです。諸々の形態は、無常です。そこで、あなたは、欲〔の思い〕を捨棄するべきです。眼の識知〔作用〕は、無常です。そこで、あなたは、欲〔の思い〕を捨棄するべきです。眼の接触は、無常です。そこで、あなたは、欲〔の思い〕を捨棄するべきです。すなわち、また、この、眼の接触という縁あることから生起する、感受されたものであるなら、あるいは、安楽も、あるいは、苦痛も、あるいは、苦でもなく楽でもないものも、それもまた、無常です。そこで、あなたは、欲〔の思い〕を捨棄するべきです。……略……。舌は、無常です。そこで、あなたは、欲〔の思い〕を捨棄するべきです。諸々の味感は、無常です。そこで、あなたは、欲〔の思い〕を捨棄するべきです。舌の識知〔作用〕は、無常です。そこで、あなたは、欲〔の思い〕を捨棄するべきです。舌の接触は、無常です。そこで、あなたは、欲〔の思い〕を捨棄するべきです。すなわち、また、この、舌の接触という縁あることから生起する、感受されたものであるなら、あるいは、安楽も、あるいは、苦痛も、あるいは、苦でもなく楽でもないものも、それもまた、無常です。そこで、あなたは、欲〔の思い〕を捨棄するべきです。……略……。意は、無常です。そこで、あなたは、欲〔の思い〕を捨棄するべきです。諸々の法(意の対象)は、無常です。そこで、あなたは、欲〔の思い〕を捨棄するべきです。意の識知〔作用〕は、無常です。そこで、あなたは、欲〔の思い〕を捨棄するべきです。意の接触は、無常です。そこで、あなたは、欲〔の思い〕を捨棄するべきです。すなわち、また、この、意の接触という縁あることから生起する、感受されたものであるなら、あるいは、安楽も、あるいは、苦痛も、あるいは、苦でもなく楽でもないものも、それもまた、無常です。そこで、あなたは、欲〔の思い〕を捨棄するべきです。コッティカよ、まさに、それが、無常であるなら、そこで、あなたは、欲〔の思い〕を捨棄するべきです」と。〔以上が〕第七となる。

注釈【1】